ぼんやりと休憩時間を過ごしているときだった。折原臨也の『暴れていますよ』と言う嘘の情報を信じた数人の教師が静雄を探しに教室に入って来たのは。
 暴れていない静雄を見た教師はそそくさと教室を後にする。

 ――また折原臨也に騙されたと口にしながら。

 その言葉をしっかりと耳にした静雄は、新羅が止めるのも聞かずに臨也を探しに教室を出た。いろんな個所を探し、その際グラウンドで見つけたポールを力任せに抜いた。そして、探していなかった屋上へと向かう。階段を上がっている途中、静雄の周りに近づかないでおこうと離れた生徒は何人もいた。
 屋上に着き、扉が疎ましくなって蹴り飛ばす。大きな音が響いたが、気にする余裕などない。静雄は屋上へと足を踏み出す。


「いーざーやぁぁぁぁあああああああああ!」


 ――殺す。今日と言う今日は殺す。


 臨也を殺すことで静雄の頭はいっぱいになっていたが、視界にある女子生徒が目に入って少し落ち着く。


 ――誰だ?見たことねぇ。


 もちろんそうだ。その女子生徒は、この世界の人間ではないのだから。だが、その女子生徒を見てある少女の面影が過ぎった。
 そう、数年前から一緒に住んでいる現在9歳の少女――だ。訝しげな表情を浮かべていると、臨也がにやりと笑みを浮かべて話しかけてきた。


「おおっとシズちゃん。そんなに怒ってどうしたのさ?」

「臨也…てめぇ、またありもしねぇこと言っただろ…。殺す、今すぐ殺す」

「何をそんなに怒ってるのか俺にはわからないなぁ。ただ『暴れてますよ』って言っただけなんだけど」

「それがありもしねぇことだろうが」

「あれ、そうだっけ?でもさ、現に暴れようとしてるから『ありもしないこと』じゃないよね」

「黙れ。今日と言う今日はぶっ殺してやる」


 そればっかりだと笑う臨也に、ぎりっと奥歯を噛み締めた。臨也に『シズちゃん』と呼ばれることも気に食わない。挑発するためにそうやって呼んでいるのはわかっている。わかっているからこそ、こうして簡単にその挑発に乗ってしまう自分が嫌だった。
 ポールを握り締める力が強くなる。足に力を入れ、走り出した。もちろん、臨也をポールで殴るためだ。おもいきり振り上げ、力いっぱい振り下ろす準備をする。


「死ね臨也ぁぁぁぁあああああ!」

「ごめん、無理」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 ――こいつ…!


 このまま振り下ろせば、臨也の目の前にいる女子生徒に当たる――。静雄は何とかして当たらないようにしなければと思い、無理矢理ベクトルをずらした。臨也と少女の横に振り下ろされ、地面に穴が開く。


 ――こいつはどこまで腐ってんだ…!


 女を盾にすることを何とも思わない臨也に食ってかかるが、臨也は死にたくないから盾にしたと自分勝手なことを言って笑った。そして、ポケットからあるものと取り出して静雄に掲げる。臨也がよく使用するナイフだ。静雄自身、何度かそのナイフで切られたことがある。
 警戒していると、臨也はそのナイフを折りたたみ、出入り口へと向かった。静雄は舌打ちをし、臨也を睨んだ。


「逃げんな臨也ぁ!」

「おー、怖い怖い」


 臨也は階段を走って下りていく。それに続こうと身体を動かしたが、少しだけ気になって視線だけを向けた。目を丸くしているその人物に――。


 ――怖かったよな。まぁ、あと少しで死ぬところだったわけだし。…あとで謝らねぇと。


 申し訳ない事をしたと思いつつ、静雄は臨也を追いかけるために階段を下りた。しばらく追いかけたが、結局うまいこと逃げられてしまい、今日も目的を果たせなかったと静雄はため息をついた。
 そして、屋上でいた女子生徒に謝ろうと他クラスや他学年の教室を見に行くが、姿が見えない。謝ることすら出来ないのかと更に気が沈んだ。




 そんな帰り道でぶつかった女子生徒。探しても見つからなかった女子生徒は、今までどこにいたのか。不思議に思っているとき、ぞろぞろと来神学園の生徒と思わしき男達が出てくる。


「あれあれぇ?最近調子にのってるって噂の平和島静雄君じゃないですかぁ」

「あぁ?何だてめぇら」

「その子ぉ、俺らの彼女なんだよぅ。あ、ここで重要なのは『俺』じゃなくて『俺ら』ってとこね」

「なっ…!勝手なこと言わないで下さい!」


 ――大人しそうに見えて、結構強く言えるんだな。


 意外だと驚いていると、男達は地面に座り込んでいる女子生徒の腕を取って無理矢理立たせようとしている。よく見れば、女子生徒は少し涙目になっていた。
 苛立った静雄は、その女子生徒の隣まで歩を進めた。


「嫌がってんだろ。離せよ」

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?」

「泣きそうになってんのに、それでもかよ」

「え、あ、こ、これは」


 ――今日は災難だな、本当。俺に殺されかけるわ、こいつらに追いかけまわされるわ。…せめて、こいつらだけでも追っ払ってやらねぇと。


「…で?結局、平和島静雄君は何が言いたいのでしょーか?」

「ここから、消えろって言いてぇんだよ…!」


 男達は簡単に去って行った。覚えてろと捨て台詞を吐いて逃げるのなら、最初から突っかかってくるなとため息をついた。
 武器として手に取った看板を元の位置に戻してから、深呼吸をして女子生徒のほうを振り向く。静雄には一つやらなければいけないことがあるのだ。


 ――けどよ、こんな『力』を目の当たりにして、俺のこと、怖いって思ってんだろうし、会話なんかしてくれんのか。


 不安が、静雄の中にはあった。




「あの、本当にありがとう!」


 女子生徒――は、静雄にお礼を言った。不安そうな表情を浮かべていた静雄だが、からお礼を言われ表情を一変させた。


「やっぱりすごいよね!見た?簡単にふっ飛んでたよ」


 本当にすっきりしたと言うような表情を浮かべて、は静雄に話しかけた。


 ――怖くねぇのか?この俺が。


 このような反応は初めてだった。怖がられるとばかり思っていた静雄は、少し顔を赤らめる。素直に、の言葉が嬉しかった。今まで、静雄の『力』を見てきた人間は怖がるばかりで、静雄に助けられたとしてもお礼など言わずに怯えて逃げるだけだった。
 そんな中でのの反応は新鮮で、そして、とてもとても嬉しいものだった。だからこそ、早く謝らなければと強く思った。


「…昼間は、ごめん。怖かったよな」

「え?昼間…あ、あぁ!」

「ごめん」

「気にしてないから謝らないで?それにほら、助けてもらったし」


 気にしていないと言うのは本当だった。死ぬかもしれないと言う恐怖心が無かったと言えば嘘にはなるのだが、それでも間近で静雄の『力』を体感出来たことに感動したのだ。


 ――やっぱり私はお兄ちゃんに敵わない。かっこいいよ、お兄ちゃん。


「ふふっ」

「何がおかしいんだよ」

「本当にかっこいいなって、思っ――」


 ――何言ってるんだろ私。


 徐々に顔が熱くなってきたのがわかった。恥ずかしくなり、静雄から視線を逸らす。


「あー、まぁ、何て言うか、お世辞でも嬉しい。ありがとな」

「お、お世辞じゃないよ!」


 照れくさそうに頭に手をやっていた静雄は驚いた。そこまでむきになることなのかと。
 そこでまた9歳の少女を思い出した。その少女もよくむきになって怒るのだ。それも、静雄に関係することで。以前も『静雄お兄ちゃんみたいになりたい』と言われ、先程のように答えたことがある。すると、少女は怒ってしまった。


『また静雄お兄ちゃん嘘だと思ってる…。嘘じゃないもん、本当だもん!』


 ――だから、似てるとか思うのか?わかんねぇ。いや、でも微妙に顔とか似てるような…。そういや、こいつの名前知らねぇな。


「いつもそうだよ、本気だと思ってくれない」


 考え事をしていると、拗ねたような声で指摘される。だが、静雄には身に覚えが無い。


 ――は?いつも…って?


 何を言っているのかと思った。当たり前だ、静雄は目の前にいるが9歳の少女と同一人物だと思っていないのだ。しかしは止まらない。そして、ついにある言葉を口に出してしまう。


「私、お世辞とか言わないのにさ、お兄ちゃんはいつ…も…」


 ――わ、私、今何て…?


 時すでに遅し。おそるおそる静雄の顔を見ると、目を丸くしている静雄がそこにはいた。


「お兄ちゃんって?」








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