――あれは、お兄ちゃん…!?


 金髪なのは変わりないが、来神学園の制服を身に着けている静雄の姿がそこにはあった。9歳のときに見る制服姿と、16歳のときに見る制服姿はまた違うものだと思いつつも、その静雄が手に持っているポールには驚きを隠すことは出来なかった。
 持ち手の部分は力が入りすぎているのか、ぐにゃりと歪な形になっている。の隣にいる臨也は、何故かの腕をがっしりと掴んでいた。――嫌な予感がするとの背筋に悪寒が走った。


「何をそんなに怒ってるのか俺にはわからないなぁ。ただ『暴れてますよ』って言っただけなんだけど」

「それがありもしねぇことだろうが」

「あれ、そうだっけ?でもさ、現に暴れようとしてるから『ありもしないこと』じゃないよね」

「黙れ。今日と言う今日はぶっ殺してやる」

「そればっかりだなぁ、シズちゃんは」

「シズちゃんって呼ぶなっつってんだろ!」


 ――この二人って…学生のときからこんなやりとりしてたんだ…。


 静雄と臨也は高校のときに知り合ったと言うのは、以前に新羅から聞いたことがあった。そして、そのときから二人は仲が悪かったと。


 ――何が原因で仲が悪くなったのかな。


 二人のやりとりを見つつ呑気に考えていると、隣にいた臨也の腕を掴む力が強くなった。その痛みには臨也のほうを向くと、挑発的な笑みを浮かべていた。
 嫌な予感が当たったかもしれないと急いで静雄を見ると、すでに元いた場所に静雄の姿は無かった。
 それはそうだ、静雄は達の近くに来ていたのだから。


「死ね臨也ぁぁぁぁあああああ!」

「ごめん、無理」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 ぐいっと引っ張られ、は臨也の前に移動することになった。眼前には静雄が振り上げているポール。


 ――あ、当たる…!


 ぎゅっと目を瞑り、次にやってくるであろう痛みを覚悟した。
 しかし、に痛みがやってくることはなかった。ただ、横で大きな音が鳴り、ものすごい風が襲ってきたが。


「臨也ぁ…女を盾にするってどういうことだ?」

「こうでもしないと、俺が死ぬことになるからね。俺、死にたくないし」


 ――だからって私を盾に使うなんて…!


「さてシズちゃん。これはなーんだ」


 金属が擦れた音が耳元で鳴ったと思えば、それは静雄に向けて出された。銀色に輝くそれに、は目を丸くした。学生時代から常備していたのかと。


「あ、あの…それ、ナイフ…」

「安心して、君には使わないよ。君にはね。目の前にいる化け物に使うだけだから」


 まぁ刺さるかわからないけど、と笑う臨也の声は冷たい。を横によけ、臨也は静雄と向かい合う。いつ終わるのだろうかと考えているとき、とても小さいが下から複数の声が聴こえて来た。どうやら目的地はここ、屋上らしい。いがみ合っている静雄と臨也を止めに来たと考えるのが妥当だろう。
 そんな中で真っ先に動いたのは臨也だった。この声に気付いたのだろう。静雄に目もくれず、一直線に出入り口へと向かった。


「逃げんな臨也ぁ!」

「おー、怖い怖い」


 ――わざと挑発してるよね、うん…。何て言うか、臨也さんらしいと言うか…。


「そうそう。今度話聞くからね!それじゃ」


 ここから逃げ出したのは、教師が来ると出入り口が塞がれてしまう可能性があるからだろう。そして、去り際にはに『今度話を聞く』と言い残した。
 静雄は臨也の後を追うように行ってしまった。先程まではうるさかった屋上は、一人になったことで極端なまでに静かになる。その静けさが、の心に寂しさを生んだ。


 ――確かに私は『もしタイムリープ出来るならお兄ちゃんの高校時代に行きたい』って言ったけど、実際に来ると七年前の世界では、今の私のことを知ってる人なんていない。この世界のお兄ちゃんも知ってるのは9歳の私で、16歳の私なんて知らないんだよね。


「って暗い…暗すぎるよ私!」


 気持ちを切り替えようと、ぱんっと両手を頬に当てる。暗い気持ちのままでは、元の世界に帰る方法など見つかるはずがないと言い聞かせて。


「…あの人達も下りてきたお兄ちゃん達を追いかけて行ったみたいだし、時間潰すのにはこの屋上がちょうどいいかも」


 ――下手に動いて見つかりたくないし。もう怒鳴られるのは疲れた。


 出入り口からは見えない場所に移動し、はそこに腰を下ろした。空を見上げ、時間が経つのを待った――。




 ――これで何回目のチャイムだろうと思った。
 ぼんやりと校門を見ていると、生徒達が校舎から出てきた。どうやら今のチャイムはHR終了を告げるものだったようだ。
 腰を上げ、伸びをする。さて、これからどうしようかと考えながら。


「ん…っ!っとぉ…そうだね、とりあえず、ここから出よう」


 今なら生徒に紛れて出ることが出来ると踏んだは、屋上を出る。階段を下りる生徒に紛れても一緒に靴箱まで下りた。途中であの教師を見かけ、嫌な汗が伝うが見つかることは無かった。しかし、校門を出るまでは気が抜けない。なるべく気配を消し、見つからないように校門へ向かう。


「ふはぁっ」


 無事出ることに成功したは、壁にもたれて息を吐きだした。緊張も解けたようで一安心するが、にとって問題はこれからのほうが大きい。


「…さてと、ここからどうしよう」


 ――どこに行こう。


 今はまだ明るいが、これから徐々に暗くなり、やがては夜になるだろう。


「とりあえず…歩く…?」


 ここにいても仕方がないとは歩き出した。その間も夜をどうやって過ごすか考えていたが、まったくもって良い考えが浮かばない。お金さえあれば何とかなるかもしれないが、そのお金が入った財布すら持っていないのだ。何故この時代に飛ばすときに、手ぶらのまま飛ばせたんだと苛立つが、今更な話だとため息をつく。
 とりあえず、本当に過ごす場所が無かったときは、どこかのビルの屋上を借りようと決めた。


「本当はしちゃいけないけどね…」


 意外と自分はサバイバル精神があるのかもしれないと思いつつ池袋の街を歩いていると、来神学園の制服を着た生徒数人がの目の前で行く手を阻んだ。が動こうとする方向に身体を動かしてくる。


「おぉっと偶然だなぁ!ここで来神の女の子に会えるなんてぇ!」

「は?」

「俺らも来神なんだよなぁ。うんうん」


 ――ノリが気持ち悪い…。


 そう思っていると、を囲むかのようにして男達は円になった。嘲笑うような笑い声を響かせ、リーダー格のような男がの肩に触れる。は即座に嫌悪感を露わにするが、男達は無駄な行為だとでも言うかのように笑った。その笑い声も耳について気持ち悪い。


「これも何かの縁だしぃ?遊びに行こうぜぇ!」


 ――何の縁かさっぱりわからないんだけど。


「お断りします」

「お断りします、だってぇ!ぎゃははははは!大丈夫だって、俺ら紳士だから。ジェントルマンだから」


 ここでの苛立ちはピークに達した。男の手を振り払い、少しその男に近づく。


「お、お?何だよ、その気に――」


 男のみぞおちに蹴りを入れ、倒れた瞬間その男の顔を踏んで逃げた。追いかけろとの声が響き、男達はを追いかけ始める。どうやら仲間は他にもいたようで、路地からたくさん出てきてはを追いかけてきた。


「一体何人いるんだろ」


 ちらりと後ろを確認すると、とりあえず先程の倍以上の人数になっていることだけはわかった。大通りに出てしまおうかと角を左に曲がるが、が真正面を見たときにはすでに視界が青と白で埋め尽くされていた。頭の中で『来神学園の生徒』だと言うことはわかったが、前へ行こうとしている身体を止めることは出来なかった。


「うわっ」


 来神学園の生徒にぶつかり、は後ろに倒れてしりもちをつく。お尻からくるじんわりとした痛みに耐えていると、頭の上から声をかけられた。


「あれ…お前、屋上でいた奴じゃねぇか」

「へ?屋上で?」


 その声にも聞き覚えがあり、は急いで顔を上げた。大丈夫かと心配そうな表情を浮かべてくれている人物に、の涙腺は緩む。話しかけようとしたとき、それを邪魔するかのように例の男達が後ろから現れた。


「あれあれぇ?最近調子にのってるって噂の平和島静雄君じゃないですかぁ」

「あぁ?何だてめぇら」

「その子ぉ、俺らの彼女なんだよぅ。あ、ここで重要なのは『俺』じゃなくて『俺ら』ってとこね」

「なっ…!勝手なこと言わないで下さい!」

「さぁ帰ろうかぁ、ホテルにぃ。あははははは!」


 いまだ地面に座っているの腕を掴み、無理矢理立たせようとする。その手を振り払おうとしたとき、の近くに静雄が立った。


「嫌がってんだろ。離せよ」

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?」

「泣きそうになってんのに、それでもかよ」

「え、あ、こ、これは」


 ――お兄ちゃんにまた会えて、それに話しかけてもらえて…それで涙腺が緩んだだけなんだけど…。


「…で?結局、平和島静雄君は何が言いたいのでしょーか?」

「ここから、消えろって言いてぇんだよ…!」


 近くに立ててあった看板を片手でもぎ取り、そのまま横に振った。もちろん、それは男達に当たり、勢いよく飛んで行く。飛んで行った男達の後ろから再び数人の男達が静雄に向かって飛び出していくが、看板を振り下ろされ、地面に叩きつけられた。


「くっそ…覚えてろよ!」


 ものの数分で大人数の男達を倒し、追い払ってしまった。しばらく逃げて行く男達の後姿を見てると、隣で立っていた静雄は、無言で看板を元の位置に戻していた。


 ――お礼、言わなきゃ。


 の鼓動が早くなる。23歳の静雄に話しかけるような感じで話しかけてもいいのだろうか。
 どのようにして話しかければいいのか迷っているとき、静雄がの方を振り向いた。は急いで立ち上がるが、静雄が浮かべている表情に疑問を抱いた。


 ――どうして、気まずそうな顔してるんだろ…?


 少しだけ、胸が締め付けられたような気がした。








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