「お兄ちゃんって?」
静雄の質問に、は答えることが出来ない。と言うよりも、あれだけ気をつけなければと思っていたことをやってしまったショックで、頭の中が真っ白になっていた。
ここは、七年前の世界だ。この世界では、はもちろん、静雄や他の人達も七年前の姿をしている。だからこそ、気をつけようと思っていたことがあった。
――臨也さんや門田さんはともかく、お兄ちゃんに会って話すとしても、絶対に『お兄ちゃん』って呼ばないようにしないとって…思ってたのに。
呼び方も考えていた。同級生らしく『平和島君』と呼ぼうと。それならば、自身のことはバレないだろうと考えてのことだった。臨也に関しては、さすがと言うべきか、そんな簡単にいく相手ではなかったのだが、自身が話さなければ何の問題もない。データが無い以上、調べるにしても限界がある。
問題なのは、他でもない。今の目の前にいる静雄なのだ。静雄のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのは、この時代では一人しかいない。
――そう、私。私しかいない。それも…9歳の。
静雄からすれば、何故同じ学校に通っている生徒から『お兄ちゃん』と呼ばれなければいけないのかと不思議になるだろう。――当たり前だ。静雄は16歳のの姿を知る筈がないのだから。
――どうしよう、もう話してしまおうか…。未来から来たって。でも、話しても…信じてもらえなかったら意味なんてないよ…。
信じてもらえるかわからない不安に、は表情を曇らせる。
その表情を見て、静雄は訊いてはいけないことを訊いてしまったのかと謝ろうとしたときだ。後ろから誰かに抱きつかれた。
「おにいちゃーん!」
その声にも顔を上げた。静雄の後ろにいるのは、赤いランドセルを背負った小さな女の子。は一目でその女の子が誰なのかわかった。
――9歳の、私…!
「学校帰りか?」
「うん、そうだよ!それで、帰ってる途中でおにいちゃん見つけて、走って来た」
にこりと無邪気に微笑むに、静雄は呆れた表情でため息をついた。
「お前なぁ…危ないからやめろって言ってんだろ?――まぁ、嬉しいけどさ」
「じゃあ、おうちに一緒に帰ろ!」
笑顔で9歳のの頭を撫でる静雄の姿に、は切なくなった。
話せばきっと楽にはなるのだろう。だが、そう簡単に信じてもらえるのだろうか。未来から来たこと、そして、その9歳の少女と同一人物であると言うこと。
不安と切なさから、涙が出そうになった。泣いては駄目だと堪えようとするが、不安や切なさは増すばかり。
「あれ?」
9歳のは16歳のを見て、不思議そうな声を出した。その声に静雄も16歳ののほうを見る。
「おねえちゃん、私と似てる?」
――似てる、かぁ…。
「あー、そういえば俺もずっとこいつと似てるなって思ってたんだ」
――似てるじゃなくて…本人なんだけどなぁ…。
ぽたりと涙が地面に落ち、模様を作る。――限界だった。
突然泣き出したに、静雄と9歳のは慌てた。9歳のは自分が悪いのかと、泣いている16歳のに近づいて『ごめんなさい』と謝るが、9歳のが悪いわけではない。
「ち、違うの。本当、何でも…ないから」
何が原因なのかすぐに伝えることが出来れば良いのにと、今の自分の境遇に嫌気がさした。
「何でもねぇって泣きながら言われても説得力の欠片すらねぇよ。それに…あれだ」
少し困ったように頭に手をやり、静雄は周囲に視線を向けた。周囲にいる人間の視線は様々だが、特に多いのは静雄と同じ来神学園に通っている生徒の視線。静雄とのやりとりを、面白いものを見るかのような目で見ている。静雄はその視線に苛立っていた。
――泣いている奴がいるのに、そんな目で見るなと。
「ここじゃ少し目立つ。場所移動するか」
ほら、お前も来い――と静雄は9歳のの手を握って歩き出す。行くところも無いは、静雄と幼い自分について行った。
――三人が移動した先は、閑散としている公園だった。
「あ、ブランコ!ねぇ、ブランコしてきてもいい?」
「わかったわかった。ほら、ランドセル貸せ。持っててやる」
9歳のからランドセルを受け取り、静雄は突っ立っているにベンチに座るよう促した。こくん、と頭を縦に振り、はベンチに腰掛ける。少し間をあけて静雄が隣に腰掛けた。
そのベンチから離れたところにあるブランコで、9歳のは無邪気に遊んでいる。
――化け物だって言われ始めてからは、誰も一緒に遊んでくれなくて、こうしてお兄ちゃんと二人で公園で遊ぶことが多くなったんだよなぁ。
懐かしいと過去を振り返っていると、静雄が気まずそうに話しかけてきた。
「あー、もう落ち着いたのか?」
泣き止んだに何と声をかければいいのか悩んだ末の言葉だった。その言葉に慌てて頷き、ありがとうとお礼を言うと、静雄は少し照れくさそうに顔を背けた。
再び二人の間に沈黙が流れる。その間、はずっと考えていた。話すべきか、話さないべきか。
――怖がっているだけじゃ何も始まらないのに!
スカートの裾をぎゅっと握りしめる。自分の中にある恐怖と不安に打ち勝ちたいと願いながら。
――こうして静かに話せる機会なんて、もう無いかもしれないんだよね…。って言うよりも、こうしてお兄ちゃんを会う機会すら、もう無いかもしれないんだ…。
ならば、せっかく会えたこの機会を逃すわけにはいかない。は話すことを決め、静雄に声をかけた。
「あ、あの!」
「何だ?」
「今から話すこと…聞いてもらえる、かな」
声が震える。情けないと思いながらも、は今までのことを話し始めた。
友人達と四人である占い師のもとを訪れ、不思議な石をもらったこと。その石は『何が起きるかはわからないが、決して悪い事は起きない石』で、夜中に強烈な光を発し、気がつけば七年前のこの世界に来ていたこと。
そして、と言葉を止め、はブランコで遊んでいる9歳のを見た。
「私の名前は…」
「…?」
「ブランコで遊んでる9歳の私と、今ここにいる私は、同一人物なの」
「ど、同一人物って…」
静雄は9歳のと隣に座っているを交互に見る。確かに、似ているとは思った。屋上で初めて会ったときも、何故か9歳のが思い浮かんだのだから。
だが、突拍子もない話で、静雄の中ではまだ受け入れることが出来ない。しかし――。
――嘘ついてるようには見えねぇんだよな。
「…七年前って言ったよな。ってことは、七年後から来たってことだよな?」
「う、うん」
「七年後って言うと…俺と同い年か」
――ブランコであんな楽しそうに遊ぶあいつが、16歳になるとこんな風になんのかよ。
素直に可愛いと思った静雄。同級生の中にいれば、気になっていたかもしれないと考える自分に恥ずかしさが込み上げてくる。
「あの…信じてくれるの?」
「ま、まぁ、嘘ついてるようには見えねぇしな」
「良かったぁ…!ありがとう!」
嬉しそうに微笑むを見て、静雄は口元に手を当てて顔を背ける。
それもそのはず。9歳のと同一人物だと言われても、やはり静雄にとっては16歳のは9歳のとは別人に感じてしまうのだ。
同一人物だと言い聞かせながら、緊張で早くなった鼓動を落ち着かせようとした。
「あ、そうだ。お兄ちゃん」
「な、何だ?」
――今、こいつとは同い年なんだよなぁ?お兄ちゃんって…すっげぇ違和感。
「あの…何か良い場所ないかな…?私、夜とか過ごす場所なくて」
「俺の家には来れないし…そうだ。良い奴を紹介してやるよ」
お前も知ってるかもな、と静雄に言われ、誰が当てはまるのかと考えてみる。約一名、当てはまりそうな人物がいた。も静雄から紹介してもらって知り合った、今では都市伝説と呼ばれている首無しライダー。
――セルティ・ストゥルルソン。
正しくその通りで、セルティの住まうマンションへと向かうため、9歳のを呼んで再び三人で歩き出した。
「あのさ」
「ん?」
「俺のこと、お兄ちゃんって呼ぶのおかしくねぇか。よく考えれば、俺とお前って同い年だろ?」
「言われてみれば…」
「出来るなら違う呼び方にしてほしいっつーか…」
「違う呼び方?」
――平和島君…何か違うなぁ。うーん…。
「そこまで悩む必要ねぇだろ。静雄でいいじゃねぇか」
「え、でも…」
「気にすることねぇだろ?」
「…じゃあ、静雄さんにする。ね?」
「まぁ何でもいいけど」
――それで、静雄さんは私のこと何て呼んでくれるんだろう。
今まで通り、と呼んでくれるのだろうか。隣を歩く静雄にちらりと視線を向け、自分がどのように呼ばれるのか気になって仕方なかった。
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