は来神学園から離れ、コンビニへと走った。コンビニでは新聞を売っている。その新聞で今の西暦と日付を確認しようと考えたのだ。
 通学路を走っているため、学校とは逆方向へと走って行くを来神学園の生徒達は怪訝な目で見ていたが、今そのようなことを気にしている場合ではなかった。目当てのコンビニに辿り着き、自動ドアの前に立つ。ゆっくりと開くドアに早く早くと焦りを感じながらも、開ききる前に入り、レジの近くに置いてあった新聞を手に取った。


 ――日付は変わらないけど、西暦が違う…。


 新聞を持った手がカタカタと小刻みに揺れる。


 ――嘘だって思いたいけど、さっきのどう考えても門田さんだし…。


 震える手で新聞を戻し、レジの店員に「立ち読みしてすみませんでした」と謝って出入り口へと向かう。その足取りは非常に重い。コンビニを出て、は空を見上げた。今日は快晴のようで、綺麗な青空が広がっている。


「本当に、七年前に来ちゃったんだ」


 新聞に載っていた西暦は七年前のものだった。七年前となると、先程ぶつかった門田は16歳と言うことになる。そうなると、門田と同級生である静雄や臨也、新羅も16歳と言うことだ。今は来神学園の一年生なのだろう。はと言うと、七年前は9歳だ。つまり、小学校三年生。


「…ってことは、この時代の私はまだ平和島家に住んでるんだよね」


 ――あのマンション…お兄ちゃんと一緒に住んでた部屋とかはどうなってるのかな?


 とりあえずここから離れなければと、は静雄と共に住んでいる部屋へと向かうことにした。何もしないまま時間を潰すことは出来るが、今のは来良学園の制服を身に着けている。来良学園の制服は、来神学園の制服と変わりない。そのため、いつ補導されるかわからないのだ。それだけは避けなければいけない。
 辺りを見渡しながら歩いてくが、周りの建物、そして風景はほとんど変わりない。違うのは、周りの空気だけ。その空気を肌で感じ、は何となく疎外感を感じた。

 自分は、この時代の人間ではないと――。

 人の視線を気にしながら歩いていると、ようやく目的の建物が見えた。しかし、部屋には別の誰かが住んでいるようだった。は小さなため息をつく。


「当たり前だよね。だって、今は七年前だもん…」


 次はどこに行こうかと、は再び歩き出した。今のに行くあてなどない。ただふらふらと池袋の街を歩くだけだった。
 そのときだ。後ろから声をかけられ、肩をつかまれた。


 ――何だろう?


 後ろを振り向くと、体育教師のような格好をした男性が立っている。は一瞬で理解した。避けていたはずの出来事が起きてしまったと。


「お前!なぁにサボってんだ!」


 は自分の失態を恥じ、肩を落とした。


「見ない顔だなぁ…?おい、お前何年だ!」


 ――見ない顔って…。だって来神学園には通ってないし、知らなくて当然だと思う…。


 目の前にいる来神学園の教師は、何度も何度も学年を訊くがは答えなかった。今ここで「一年です」と言うのは至極簡単なことだが、名簿などで調べられると大変なことになる。は、来良学園の一年生であり、来神学園の一年生では無いからだ。もちろん、来神学園の名簿の中にの名などあるはずがない。
 そうなると、何故来神学園の制服を着ているのかと問題になる。説明しても信じてくれるとは思っていない。そして、ここで面倒なことを起こしても、誰も助けてはくれないのだ。は、ただひたすら黙り込んでいた。


「よしわかった」


 教師はがしりとの腕を掴み、引っ張るようにして歩いて行く。もちろん、行き先は来神学園だ。
 来神学園に行っても何もならないのにと思いつつも、執拗に訊かれ続けるのも疲れる。何とかして逃げなければと抵抗するが、男の力にかなうはずが無い。


「抵抗するだけ無駄だ。言っておくが、俺は100mを10秒台で走る男だ」


 ――だから走って逃げても無駄だって言いたいんだろうなぁ。


 建物の上に逃げてしまえばこちらの勝利なのにとため息をついた。気絶させることも考えたが、相手は一般人だ。あまり手荒な真似はしたくない。ならば、ただただ黙り続けて、時間が経つのを待つしかないのか――。
 怒鳴り続けられる覚悟を決めたは、そのまま教師に引きずられて来神学園へと向かうことになった。




 ――職員室。怒声が漏れ、廊下まで響いていた。


「いい加減学年を言え!それぐらい言えるだろうが!」


 しかしは答えない。答えても意味をなさないことを知っているからだ。
 職員室にいる教師達は呆れた表情でと男の教師を見ていた。


 ――今は休憩時間みたいだし、チャイムが鳴って授業が始まれば解放されるかな。


 はそう考えていたが、どうやら甘かったようだ。教師はにやりと笑みを浮かべる。


「授業が始まれば解放されるとか考えるなよ?俺はお前が答えるまで訊き続けるぞ!」


 ――何なのこの人…。


 軽くため息をつくと、それが教師の逆鱗に触れたようだ。大きかった怒声が更に大きくなり、耳を塞ぎたくなった。


 ――今日の私って、失敗ばかりだなぁ。


 教師の言葉など、今やの耳にはまったく届いていなかった。顔を俯け、視線を横に向ける。今度は気付かれないようにため息をついた。


 ――補導には気をつけなきゃって思ってたのに見つかるし、無駄に怒らせちゃうし…。


 早く帰りたいと思い始めたとき、職員室の扉が開いた。は扉に背を向けていたためわからないが、生徒が一人入ってきたようだ。しかも、どこかで聞いたことのある声。誰だったかとが思い出しているとき、その生徒がある人物の名前を口に出した。


「先生、平和島君がまた暴れてますよー」


 ――へいわじま、くん?


「あぁ!?ったく…。おいお前!いいか、勝手に離れるなよ!」


 話はまだ終わってないんだからなと言い残して教師は出て行った。
 ぽつんと立ちつくすは、先程の生徒が言った言葉に意識が行き、教師の言葉などまったく聞いていなかった。


 ――い、今何て…。え、へ、平和島君?平和島君って…えーっと、今は七年前だから…お兄ちゃんだよねぇ?っていうか、さっきの生徒の声って…多分…。


 誰かわかったとき、後ろから左腕を引っ張られる。振り向いて確認しようとしたが、相手はの腕を引っ張ったまま走り出したため、顔が見えなかった。
 だが、後ろ姿でわかった。腕を引っ張って走っている人物が。


 ――やっぱり、この人だったんだ…!


「あ、あの、臨也さんですよね!?」


 しかし、の前を走る生徒は答えない。そのまま二人は階段を上り、とうとう屋上へと出た。
 辺りを見渡すと、来良学園の屋上とは少し雰囲気が違うような感じがした。が七年の月日を感じているとき、ようやく生徒は振り向いた。
 振り向いた相手は、が思っていた通りの相手――折原臨也。口元を歪ませ、首を傾げている。


「大変だったねぇ。あの教師の声、廊下まで響いてたよ」

「そ、そうなんですか…」

「また馬鹿がくだらないことをして怒られてるのかと思って、そいつの顔を見に職員室に入ったんだけど…」


 そこで言葉を一旦区切る。一歩、に向けて歩を進めた。


「可愛い女の子が怒られてたからびっくりだよ」

「は、はぁ…」


 ――臨也さんって、今とまったく変わらないんだなぁ…。


「それで、何であんなに怒られてたの?」

「大したことないですよ、あ、あはは…はは…」



 別の意味で逃げ出したくなったは、一歩後ずさりをする。そのあとすぐに、臨也がまたに一歩近づいた。一歩近づくたびに、の緊張が大きくなる。


「ま、俺としてはそれはどうでもいいんだ。……ねぇ」


 ――君さぁ、本当にこの学校の生徒?


 その言葉には身体を強張らせた。の反応を見て、臨也は口元の笑みを深くする。を追い詰めるかのようにゆっくりと歩を進めた。は臨也から逃げるように後ずさるが、どんっと背中に何かが当たり、これ以上後ろにはいけなかった。
 おそるおそる振り向くと、そこには壁。頭の中が真っ白になるのと同時に、顔の横に臨也の手が置かれる。の逃げ場を無くすかのように。


「俺はこの学校の生徒の情報なら何でも持ってるんだけど、君は無いんだよね。…ねぇ、名前は?」


 ――何この威圧感…。今は、お、同い年のはずなのに…こ、怖い…。


「どうして俺の名前知ってるの?」


 臨也との距離が近くなる。目を逸らしたいと思うが、逸らせない。
 素直に答えて、臨也は信用してくれるのだろうか。突拍子もないことを言い出す女だと笑われるかもしれない。だが、意外と信じてくれるかもしれない。
 そんな考えがの頭の中でぐるぐる回っている間も、臨也との距離は近づくばかり。


 ――だ、誰か…!


 そのとき、屋上の扉が大きな音を立てて吹っ飛んだ。
 何事かとは扉の方を見るが、臨也は誰だかわかっているらしく、ため息をついた。


「いーざーやぁぁぁぁあああああああああ!」


 姿を現したのは、金髪の生徒。もちろん、が一番良く知っている人物――。


「おおっとシズちゃん。そんなに怒ってどうしたのさ?」

「臨也…てめぇ、またありもしねぇこと言っただろ…。殺す、今すぐ殺す」


 来神学園の一年生で、16歳の平和島静雄だった――。








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