セルティの黒バイク、コシュタ・バワーが壁を走れることや、その他にも普通では考えられないことが出来ると言うことは知っていた。実際、自身も何度もその黒バイクに乗せてもらい、壁やセルティ自身が作りだした影のアーチの上を走ったことがある。
しかし、ここまで爽快感を見せつけるような走り方は、今までしたことがなかったのではないかと思った。
「セルティに何かあったのかな……」
「……さぁな」
壁を飛び跳ね、ちょうど波江達を挟むようにして地面に着地する。
周りにいる人間の反応は様々だった。息を呑む人間、恐怖におののく人間、ただただ涙を流す人間。そんな中、と静雄は目を丸くしてセルティを見ていた。
すると、セルティは影を引き抜いて巨大な鎌を作りだした。今まで人前では出さなかったのだが、躊躇することなく作り上げる姿に、は何故か爽快感を感じていた。
「う、うぁぁぁあああ!」
波江の部下の一人が、特殊警棒でセルティの首筋を叩いた。
「セルティ!」
「お、おい! 待て!」
セルティのヘルメットが宙を舞い、地面に落ちた。その様子を見て、は静雄の制止を振り切って走り出す。首が無いセルティの姿に、手前にいた者達から悲鳴が上がった。それでも、今のセルティは堂々としていた。その姿に、セルティに駆け寄ろうとしていたはあと数歩と言うところで足を止めた。止めざるおえなかった。
――私はここにいる。確かにここに存在する。目が無いと言うのならば我が行状の全てを活目して見るがいい。化物の怒りに触れた者の叫びを存分に耳にするといい。
「セ、セルティ……」
――私はここだ。ここにいる、ここにいるのだ。
私は既に叫んでいる、叫んでいるぞ。
私は今ここに生まれた。私の存在をこの街の中に刻み付ける為に――
聴こえないはずの叫びが、聴こえた気がした。
――あっという間に、十人を倒したセルティは、逃げ出した波江を追ってどこかへ行ってしまった。
ダラーズだと思わしき者達が次々と帰って行く中、はそこから一歩も動かずに、落ちたセルティのヘルメットを持ったまま直立不動で立っていた。
「」
「……あ、お兄ちゃん」
「さっきの、すごかったな」
「うん……すごかったね。それにセルティ、かっこよかった」
「そうだな」
そうしている内に、セルティが戻ってきた。声をかけに行こうとしたが、臨也が近づいて行くのが見え、は慌てて静雄をサイモンがいる方へ向かわせた。の行動に怪しんでいたが、もし今静雄の視界に臨也が入れば、ここはまた騒ぎの中心となるだろう。せっかく落ち着いてきたのだ、もうこれ以上の騒ぎは起こしたくないと考えた上での行動だった。
――セルティに話しかけてる。
ちらりと臨也とセルティの方を見る。疲れているのか、セルティはバイクに寄りかかっていた。そんなセルティに笑いながら話しかけている臨也。
――もしかして、全部知ってたのかな……。セルティには、首が無いこと。普通は、あそこにいる遊馬崎さん達みたいに驚くはずだし……。
今度は遊馬崎達がいる方に視線を向けた。どうやら興奮が冷めていないようだ。
「いやいやいや、え、あれ? これマジなの? っていうかやっぱ俺の目の錯覚じゃなかったんだ。じゃあ、あいつひょっとしてCGなのか!?」
遊馬崎らしいと笑みを零していると、セルティがに近づいてきた。どうやらヘルメットを取りに来たようで、に向かって腕を伸ばした。もセルティにヘルメットを渡す。
「いやー、幽霊ってのはコソコソとして突然ドドンと出るから怖いのであって、あれだけ派手に登場したんだ――多分、今日来た奴でお前を怖がる奴はいないさ」
ついてきた臨也の言葉に、は少し不機嫌な表情を浮かべた。
セルティはの友人だ。幼い頃からずっと、セルティはにとって大切な友人なのだ。その友人を『幽霊』呼ばわりする臨也に、何か言い返したくなる。
だが、セルティが相手にしていない以上、が臨也に言い返す事は出来ない。
「そういや、結局誰も殺さなかったな。あの鎌って何、切れないの?」
セルティは臨也の言葉を無視してヘルメットの埃を払い続ける。払い終わったあと、の頭を撫でた。いきなり撫でられて驚いたが、セルティの温もりには嬉しそうに微笑んだ。
――これからずっとこの街で生きるつもりなのに、いきなり街の評判は落としたくない。
我ながら貧乏臭い理由だと恥ずかしそうに肩を竦めたが、目の前にいるを見て心中で言葉を続けた。
――それに、池袋にいる友人達の前で、そんなことが出来るわけがない。
60階通りに警官達がやってきた。どうやら見回りのようだ。
未だにブレザー姿の帝人とはもちろん補導対象者。セルティと共に路地の影に隠れてやり過ごした。
「……誰も何も言わないね」
「そうだね、まぁあれだけの騒ぎだったし……『触らぬ神に祟り無し』って思ったのかもしれないよ」
と帝人は警官達を見ながらこそこそと話す。しかし、二人の中にある不安は何故か消えない。それは、警官達が姿を消してからも消えることは無かった。
何かを忘れている――。と帝人は同じことを考えていた。そう考えていると、セルティがバンへ向かって歩き出した。あのバンは門田達がいつも乗っている渡草のバンで、中にはセルティの『首』が座っている。
「セルティさん?」
「……どうしたんだろ」
話したいことでもあるのだろうかと見ていると、は何かを感じた。
「……駄目」
「え? どうしたの、さん」
「セルティ! 危ない!」
しかし、セルティがその声に気付いたときには既に遅かった。
バンの扉を開いたところで、後ろから刺されてしまう。セルティは地面に膝をついた。
――あれ? 確か昨日、静雄が似たような事をされていたような……。
はすぐさまセルティの元へ駆け寄った。血は出ていないが、刺されたことに変わりは無い。セルティを刺した張本人を睨む。殺気混じりで睨んでいたことに、は気付かなかった。
「やっぱり死なないか。この程度じゃ」
「何がこの程度なの!? ふざけないで!」
「俺の愛を妨げる奴には容赦しないことにしてるんだ」
――昨日と言い今日と言い……何でこんなこと普通に出来るの。矢霧誠二……!
静雄を刺したときも、セルティを刺したときも。彼は動じること無かった。寧ろ、それが『普通』だと思っているところがあったような気さえする。
先程、誠二は憤るに対して自分の考えを述べた。誠二にとって、己の愛の障害となるものは全て敵なのだ。
「ここにいたんだね」
その堂々とした姿に、バンの中にいた狩沢や様子を窺っていたセルティとは何も出来なかった。
手を差し伸べ、純粋な瞳で見つめる誠二。もちろん、見つめる先には彼が愛して愛して止まない彼女がいる。
「迎えに来たよ。さあ、行こう」
「……はい」
――ど、どうなって……!?
セルティの『首』がついた少女は、即座に頷き、誠二の手を取った。そして、二人はバンを降りる。
違和感を感じているのは、セルティと、そして遠くから見ていた帝人だった。他の者達は、誠二の着ている制服が帝人やと同じなので、仲間だと思っている。だからこそ、何も思わなかった。
そんな中、臨也だけが楽しそうな笑みを浮かべて見ていたのは言うまでもない。
「やあ」
誠二は帝人に話しかけた。あまりにも自然で逆に不気味さを感じ、は背筋に悪寒が走るのがわかった。
「姉さんにも君にも感謝しなきゃ。姉さんがいなければ彼女の居場所は解らなかったし、君がいなければ姉さんはまた彼女を狭い研究室に閉じ込めてしまっていただろう」
「矢霧君!」
そのまま通り過ぎて行こうとする誠二を止める帝人。ちらりと少女を見ると、困ったように目を逸らされてしまった。帝人には怯えの表情にも見え、ぐっと拳を握りしめて誠二を睨んだ。
「答えて欲しいんだけどさ……さっき君のお姉さんにカマをかけてみたんだけど……」
「僕が誰かを殺したって事かい? ああ、そんな事もあったかもしれないな」
誠二はメスを帝人に向ける。それを見たとセルティは立ち上がり、誠二の次の行動に意識を集中させた。
「とにかく、どいてよ。僕があの女ストーカーを殺した事がばれたなら、警察が来る前に、彼女と何処かに逃げないといけないんだ」
「だからって……」
帝人の言葉に、誠二は自分の『愛』を語り始めた。小さな頃から彼女を見てきたこと。閉じ込められている彼女をずっとずっと、解放したいと思っていたこと。広い世界で自由させてあげたい、そして、そんな彼女の傍で自分自身も一緒に暮らす――。
事情を知らない者が聞けば、何と心優しい少年だと思うだろう。だが、事情を知っている者からすれば、彼の考えを理解することなど出来ない。
帝人と誠二、そして少女の周りに臨也や門田、遊馬崎達が集まってくる。誠二の持っているメスを見て、皆表情が険しかった。
「やだなぁ――愛の力は誰にも止められないんだよ?」
くるりとメスを回し、再び帝人に向ける。
「それに引き換えさ、お前はなんだよ? さっきも今も数にだけ頼って……自分じゃなんの努力もしない、まるで三下の悪役だな。人を好きになった事なんか無いんだろ」
「数を集める努力を知らない奴は、三下にすらなれないよ」
帝人の言葉に苦笑を浮かべる誠二。その直後、誠二はメスを帝人に向けて振り下ろした。
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