――午後11時。池袋の60階通り。
昼間とはまったく雰囲気が違うその場所に、バーテン服を着た男と黒人の男が立っていた。バーテン服の男は、街灯の柱に寄りかかっている。
「人生って何だ? 人は何の為に生きている? 俺はそう問いかけられて、そいつをまぁ死ぬ寸前までぶん殴ってやったわけだ。ポエマーな女子中高生が言うならまだしも、二十歳を過ぎてヤクザになろうとしたけど小間使いが嫌で逃げ出したような奴が言ったら、これはもう犯罪だろ」
「ソウダヨ!」
「いや、自分の人生について考えるのは自由だし否定はしねぇ。だけどよ、その答えを他人に求めてどうするってんだよ。んで、俺は瞳孔が開きかけてるそいつに『これがてめぇの人生だ、死ぬ為に生きろ』って言ったんだが、相手が店長だった事を考えると俺はまた間違ってしまったのだろうか」
「ソウダヨ!」
「……サイモンさんよぉ、俺の言ってる事よくわかってないだろ」
「ソウダヨ!」
サイモンの言葉に静雄は怒り、側に置いてあった自転車を投げた。それを軽々と片手で受け止めるサイモン。池袋では日常と化しているその光景に、一人の女子高校生が入ってくる。
「お兄ちゃん! サイモン!」
「」
「オヒサシブリネ」
は帝人達と離れ、静雄達の元へとやってきた。静雄とサイモンのやりとりを見ていると、いつもの日常に帰ってきたような感じがした。しかし、今ここに静雄とサイモンがいるのには訳がある。その訳を知っているからこそ、の中にはまだ緊張が消えずに残っていた。
終わるまでは気が抜けないのだ。二人と話しつつも、帝人が心配でならなかった。
――うまくいくかな。大丈夫かな。
東急ハンズの前で対峙する二人。一人はブレザーを着ている学生――竜ヶ峰帝人。もう一人は、スーツを身に纏った女性――矢霧波江。
がいる所から二人は見えるが、何を話しているかまではわからない。だが――。
――さっきから鋭い視線を送ってる人が何人もいる。もしかして、矢霧波江さんが呼んだのかな。
その通りだった。波江は一人でのこのこと約束の場に現れるような女では無い。人ごみに紛れこませるように配置したセキュリティ専門の集団を連れてきた。それにプラスするように、帝人の家に現れた連中など数十人程も待機させている。もちろん、武器も持たせてある。
は遠くから帝人を見守りつつ、リーダーである帝人からの指示を待った。
「しかし、いきなりだな」
「ダラーズの集会?」
「あぁ。今まで何の音沙汰も無かったのによぉ」
「ソウダネェ」
少しずつだが、この広場に人が集まりだした。だが、まだ帝人の指示は出ない。ぎりぎりまで波江を帝人一人に引きつけなければいけないことはわかっている。しかし、周りにはダラーズ以外の危ない集団が紛れ込んでいるのだ。一人で対処するには少し骨が折れる。
「竜ヶ峰君…」
――その頃、帝人は波江と空気が張り詰めた中での対話に必死だった。
「今……なんて言ったのかしら……?」
「貴方の弟が、張間美香さんにやった事と――そして、貴方達が美香さんの身体にやった事を、ちょっと認めてもらおうかなと。残念な事に状況証拠しかないので、ぶっちゃけた話――自首して欲しいんですよね」
波江の放つ殺気が容赦なく帝人に襲いかかる。その殺気に帝人は泣きたくなるが、相手に隙を見せてはならないと力を入れた。
帝人の手のひらが汗ばんだ。ばくばくと大きな音を鳴らす心臓。
「あの、そうすれば、会社の方の被害は最低限に抑えられると思います」
「嗚呼……あなた、そうなんだ……金なんてどうでもいいのね。ただ――うちの研究所自体を潰す事が狙いなのね……」
「あの『首』さんを解放するには……というか、直接部屋にまで乗り込まれてしまった私が身の安全を確保するには、もうどうやらそれしか無さそうですので。ええと、貴方が勇退すれば、恐らく会社自体は残りますよ」
言い終えてから帝人は目の前にいる女性――波江の様子がおかしくなってきていることに気付いた。
「あぁ……あぁ……残念ねぇ……私にとって、会社なんてどうでもいいの」
遠くから見ていたにもその異変には気付いた。波江はどこからどう見ても一般の女性だ。しかし、その一般の女性が鋭い殺気を放っている。
そして――それは帝人に向けられていた。
「貴方がうちの会社を潰そうが破壊しようがどうでもいいわ。……ただね、いたらいけないのよ……弟の邪魔をする人は、いたらいけないのよ」
――そんな理由か。
くだらない、帝人は素直にそう思った。ポケットに手をつっこみ、携帯電話に触れた。そして、メール送信のボタンに触れる。
帝人は自分が一番可愛い。だからこそ、自分の為の自分を押しつけてくる人間に対して頭に来ていた。
「竜ヶ峰君も、怒ってる…? 一体あの二人、どんな会話してるんだろ…」
「あ? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない!」
帝人に何かあれば、すぐに駆け付けよう――。何が起きているのかはわからないが、とにかく帝人も波江も怒りが尋常ではないと言うことだけはわかった。
動くなら、指示が出るのならもうそろそろかもしれない。はポケットから携帯電話を取り出し、ぎゅっと握った。
――あれ、あの人…手を挙げてる…?
波江が手を挙げたのと同時に、男達が動き出したのがわかった。あれは合図か――は帝人の元へ急ごうと歩を進めたが、ふと周りにいる人の多さに気付いた。
「…お兄ちゃん、人、多くなってない?」
静雄に話しかけたそのとき、一人の男が帝人に向かって行く姿が目に入った。何も知らずにその光景を見ている者は、自然な動きで帝人に近づこうとしているその男に他意は無いと思うだろう。だが、には、波江の合図で近づき、帝人に何らかの危害を加えようとしていることがわかっていた。
助けなければ、も帝人の元へと近づこうとしたそのとき――。
ピピピ ピピピ
「オーゥ、メールネ」
「サイモンの、携帯?」
続いて静雄の携帯電話の着メロが鳴る。そして、の携帯電話も。
徐々にいろんな音が溢れ始めた。最近流行りの着うた。ただの機械音。皆、一斉に携帯を開いてメールを眺めている。
――竜ヶ峰君、ううん、ダラーズのリーダーからの指示だ。
「今、携帯のメールを見ていない奴らが敵だ。攻撃をせずに、ただ、静かに見つめろ――って書いてあるけど…」
「…っつーことは、あいつらか?」
着信音は徐々に鳴り止んでいくが、今度は波江達を見つめる視線が徐々に増え始めた。
「何……これ……? 何なのよ……何なのよこいつらぁぁあッ!」
波江の絶叫は、の耳にも確かに届いた。たくさんの群衆に見つめられ、世界を敵に回したような気分を味わっているのだろうと思った。
周りにはいろんな者がいた。会社帰りのサラリーマン。女子高校生。外国人。主婦。――ダラーズと言う組織は、本当にいろんな者がいて成り立っている組織なのだと実感する程。
「ダラーズって…すごいな」
――竜ヶ峰君はそんなダラーズの、創始者で、リーダーなんだ。
その様子をセルティは高所から静かに見下ろしていた。敵は誰なのか。味方は誰なのか。
――敵は、ダラーズの視線によって晒されているあいつらか。
セルティは、作戦に協力する代わりにと、夕方に探していた少女と会わせてもらっていた。少女の首の周囲には痛々しいと思う程の縫い傷。傍にいたもその痛々しい縫い傷を見て眉間に皺を寄せていた。
『名前は?』
セルティの首を持つ少女に、この一つだけを訪ねた。
「――セルティ――」
――ふっきれた。
馬の嘶きが響き渡る。波江達に向いていた視線が一斉にそちらに向き、そして驚愕した。
「おい、あれ…」
「セルティ…!?」
静雄が銜えていた煙草はぽろりと地面に落ち、もぽかんと口を開けて目を丸くしていた。
視線の先には、両手を広げて壁面を垂直に降下する首無しライダーの姿があった。
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