「ごめん、園原さんに訊きたいことがあるんだ」
「園原さんに?」
放課後、は帝人と共に教室を出る前にそう言われた。何を訊くのかは敢えて訊かず、二人は杏里の元へと向かう。杏里も荷物を片付けて帰宅する準備をしていたので、ちょうど良いと三人で途中まで帰ることにした。
「あの、さん。…昨日は大丈夫でしたか?」
「う、うん! 大丈夫。園原さんは、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫でした」
――園原さんも、心配してくれるんだ。
は嬉しくなった。心配してくれるのもそうなのだが、それ以上に帝人や正臣、そして杏里の同年代の者がこうして普通に接してくれることに喜びを感じていた。それでもまだはどこかぎこちないが、少しずつ杏里とも話していこうと密かに決意をする。
そんな中、帝人は杏里にどのようにして切り出そうか悩んでいた。もちろん、張間美香のことだ。極力自然に、そう悩んだ末に出した言葉は――。
「あれから連絡あった?」
しかし、杏里から良い返事が返ってくることはなかった。
「それが――昨日の昼から全然連絡が無いんです……」
「そうなんだ……」
今日は矢霧誠二も休んでいる。帝人は昨日、杏里から張間美香と矢霧誠二の関係を訊いていた。張間美香はストーカー体質で矢霧誠二がその被害に遭っていたと言うことも。だからこそ不安だった。
――無理心中とか…してないよね!?
さすがに杏里に言うわけにはいかないと黙っていたが、気になってしまう。そして、この沈黙。この場に正臣がいればと帝人は密かにため息をついた。
その正臣は、今まさにクラスの風紀委員で激しい論争を繰り広げているところらしい。誰にも止めることが出来ないそうで、今しばらく時間がかかると言うことだった。
――とりあえず、今日はさんもいるし、まっすぐ帰ろう。
校門前で杏里と別れようと考えていたが、三人で門をくぐった後、横から大きな声が響いた。
「あ! タカシ! こいつだよ、こいつ!」
その声にがそちらを振り向くと、女子といかにも悪ぶっている男がいた。よく見ると、その女子は昨日臨也に携帯を踏み潰された女子だ。帝人と杏里に向かって指をさしている。そこにが含まれていないのは、昨日は遠くから正臣と二人で様子を眺めていたため、女子からは見えていなかったためだと思われる。
女子の傍らにいた男は、帝人の胸倉を掴んだ。
「お前、俺の彼女の携帯ぶち壊した奴と知り合いなんだってな」
「知り合いって程では」
――竜ヶ峰君、助けたほうがいいよね…。
襟首が締まり、思うように声が出せない帝人。それでも男は執拗に臨也のことだけを訊いてくる。いい加減うっとうしいと思ったは、帝人の襟首を掴んでいる男の腕に触れようとしたときだ。――男の後ろに、黒バイクが現れたのは。
バイクに跨ったまま、男の背中を蹴り倒す姿がとてもかっこよく、は近寄ろうとした。
「セルティ!…って、え?」
何処から現れたのだろうか、倒れた男の背中の上に乗り、楽しそうに何度も何度も飛び跳ねる臨也の姿がそこにはあった。
「臨也さ、ん…?」
「ありがとう」
恭しく一礼をする臨也に、その場にいた杏里と他の生徒達は呆然としていた。そんな臨也の下には気絶している男、タカシの姿。
「君は――俺が女の子を殴る趣味が無いからって、わざわざ男を用意してくれるとは! なんて殊勝な女の子なんだろう。彼女にしたいけどゴメン」
俺は、と臨也は杏里と同じように呆然としていたの腕を引っ張り、自身の方に引き寄せる。そのままの腰に腕を回し、更に密着させた。
「この子みたいなのが、いや、この子がタイプなんだよね」
「何言って…?」
「君、全然タイプじゃないから帰れ」
女子は臨也の言葉が終わる前にこの場を去っていた。いまだ臨也の下で気絶しているタケシに振り返ることもなかった。
――か、可哀想。
帝人とは気絶しているタケシを見てそう思った。そんな中、臨也はすでに女子の顔などすっかり忘れ去っていた。必要の無いことは頭に入れない主義なのだ。
「や、昨日は邪魔が入っちゃって残念。ここならシズちゃんも来ないだろうからね。自宅を調べて押しかけるのも悪いと思ったから、校門前に隠れて待ってたんだよ」
にこにこと微笑む臨也に、は警戒心を露わにした。帝人に何の用なのだと。しかし、帝人自身は臨也が何の用で会いに来たのかがわかっているようだった。拳を強く握り締めている。
「ところでさ、なんで黒バイがいるの?」
――それはこっちの台詞だ。
セルティは心中で呟いた。ここにいる理由はただ一つ、『首』の在り処を知っている学生に会いに来たのだ。
昨日、パジャマ姿の少女を追いかけているときのことだ。あと少しと言うところで、パジャマ姿の少女はとある学生と一緒に逃げ、見失ってしまった。
そのとある学生と言うのが、目の前にいる竜ヶ峰帝人だ。
――この学生は、私の『首』の在り処を知っているはずだ。
「あ、竜ヶ峰君…」
「え…あ」
の目配せで、呆然としている杏里に漸く気付いた帝人。
「じゃ、じゃあ園原さん、僕はこれで!」
「え……あ、は、はい」
「ばいばい、園原さん」
「また明日、さん」
帝人はそそくさとその場を離れることにした。も帝人について行こうと臨也から離れようとするが、素早く手を握られ、指を絡められてしまう。
「さ、行こうか」
臨也はと手を繋ぎながら帝人の後ろを歩いて行く。セルティもそんな二人の横をゆっくりと走っていた。
「あ、あの……何がなんだかわかりませんが……とりあえず、私の家に行きませ……」
そこで帝人は止まった。今、帝人の部屋にはパジャマ姿の少女がいるのだ。
セルティが帝人に接触してきた理由はもちろん帝人自身わかっていた。きっと、自分がかくまっている少女のことだろうと。
――先程のやりとりで、帝人にもわかったことがある。と黒バイク――セルティが知り合いだと言うこと。が『少女に会いたい』と言ったのも、この黒バイクの人のためなのではないだろうかと思っていた。
「いや……その、ええと、黒バイクの人にお尋ねしたいんですけれど……」
――さんは、悪い人じゃないと思う。だけど、この黒バイクさんのことは都市伝説だってことぐらいしかわからない。
『なんだ?』
PDAを取り出し、セルティは帝人にそれを見せた。
――帝人のアパートに着き、その古さにはぽかんと口を開けて見ていた。池袋にこんな場所があるのかと。
「いい加減に説明して下さい。貴方達は一体何者なんですか?」
立ち止まって声をあげる帝人に、セルティはPDAで何かを打って臨也とに見せた。
『少し離れてほしい』
それに了承し、二人は頷いた。黒バイクを止めて、セルティは帝人を連れてアパートの裏へと回り込んだ。
先程、セルティは少女に会いたい理由などを帝人に話していたようだが、全てでっち上げていた。作り話を信じるほど愚かでは無い帝人に、セルティは自分自身の正体を明かすことにしたのだろう。だからこそ、臨也とを離した。
「裏に行っちゃいましたね」
「そうだね。ってことは、これってチャンスってことかな?」
「何の――」
セルティが止めていった黒バイク、シューターにを押しつける臨也。
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫、誰もいないし見てないよ」
「何言ってるんですか! 離れて下さい!」
「やだ。せっかく女の子と、しかもちゃんと二人きりなんだよ? 勿体ないじゃないか」
臨也の顔が近づいて来る。お互いの息がわかる距離でぴたりと臨也は動きを止めた。
「何、もう終わったの?」
よく見ると、セルティの影が臨也の顔半分を包み込んでいる。急に動きが止まった理由はここにあった。後ろでセルティが呆れたように肩を窄めており、は助かったと息を吐きだした。
どうやら話も上手くいったようで、臨也とを呼びに来たのだと言う。
「俺の用件は後でいいや」
臨也はそう言ってセルティと帝人の様子を眺めている。帝人はどこか興奮気味で、それはにもわかった。
――セルティ、もしかしてヘルメット取った?
首を傾げていると、帝人が口を開いた。
「解りました……とにかく、ここで待っていて下さい。事情を説明するより先にセルティさんの姿を見られて、私があの人に裏切り者だと思われるのは嫌ですから」
『了解した』
そんな二人のやりとりを見て、臨也はからかうように笑った。
「慎重だね、そういう姿勢は良いと思うよ」
三人は帝人が帰ってくるのを待ったが、しばらくしても帰ってこなかった。
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