――朝からかぁ。


 の周りには四人の男が倒れていた。どの男も両肩の関節と両足の関節に刃物が刺さっている。これはが自分の暗器で刺したものだ。
 には、六歳以前の記憶が無い。今ある記憶を遡っていくと、一番昔の記憶はの六歳の誕生日の日のことだ。六歳になったを祝う、今は亡き両親の笑顔がそこにはあった。しかし、それ以前の記憶を遡ろうとすると、ぷつりと途切れる。――まるで、誰かに消されてしまったかのように。
 何故襲われるのだろうと疑問に思いながらも、襲ってくる人間を軽くあしらう、そんな毎日を送っている。


「…襲われるのも疑問だけど、何でここまで身体が動くのかも疑問だよね」


 急がなければ学校に遅れると、歩きながら考える。
 周りの女性は、暗器など持っていない。周りの女性は、ビルの谷間を飛んで屋上へは上がれたりしない。


「まぁ、普通の人よりは身軽ってことでいいか」


 に静雄のような力は無い。寧ろ、その辺は周りの女性と同じぐらいの力しか持っていない。しかし、脚力は並み以上、いや、それ以上だった。
 俊足を利用し、高さを利用し、遠心力を利用し、重力を利用する。これが力の無いの基本の戦い方、と言うべきだろう。誰かに教えてもらった記憶があるのか無いのかはわからないが、とにかく身体が覚えていた。


「本当は…あれ使えば、簡単なんだけど」


 ――使っちゃ駄目って、パパとママに言われてるからね。


 倒れている男達は放って置けばいい、仲間と思わしき者が回収に来るのだから――。
 そう思いながら、は走って来良学園へと向かった。




 ――そういえば、昨日ガーゼとか買って戻ったとき、お兄ちゃんどこかおかしかったなぁ。


 何を言っても上の空。誠二とのやりとりで何かあったのだろうかと思ったが、静雄に刺さったボールペンのことで頭がいっぱいで会話を思い出すことが出来ない。


 ――臨也さんが池袋に来ると、毎回何かが起きる。…昨日は、いろいろ起き過ぎたような気がするけど。


 あのあと、セルティはパジャマ姿の少女を見つけることが出来たのだろうか――。そう考えながら靴箱で履き替えていると、後ろから名前を呼ばれた。
 この学校で『』と呼ぶのは昨日知り合ったあの人物のみ。


「今日もナンパに繰り出す予定の俺、参上! ってことで、はよーっす!」

「またそんなこと言って…ごめんね、さん。おはよう」


 の肩に腕を回したのは、昨日知り合ったばかりの紀田正臣。その一歩後ろからに声をかけるのは、同じクラスの竜ヶ峰帝人。


「あ、えっと、おはよう。紀田君、竜ヶ峰君」

「固い固い! 俺のことは、正臣でいいから」

「ま、正臣君」

「よし! これで俺との中は深まる一方だな! っていうかぁ、もう深まってる? 深まっちゃってる? みたいなぁ!」

「意味がわからないよ。さん、こんな人放っておいて早く行こう」


 帝人と正臣のやりとりを見たのは、実際には初めてだった。二人の漫才のような掛け合いが面白く感じ、は笑みを零した。
 その笑みを偶然にも見ていたのが、隣での肩に腕を回している正臣だ。にやりと口元を歪め、頭をの頭に乗せる。それも、勢いよく。


「おいおいおいおい、笑うと超可愛いじゃんよー!」

「い、いたたたた」

「紀田君、さん痛がってるけど?」

「気のせいだ、気のせい」


 結局、の頭の上から正臣の頭が離れたのは教室に着いてから。ひりひりと痛む頭を押さえながらも、は嬉しく思っていた。
 同年代の者と、あまり仲良くなったことがない。だからこそ、二人が話しかけてくれることがとても嬉しかった。


「ごめんね、本当。あ、でも紀田君はギャグは寒いしスキンシップも激しいけど、良いところもあるんだ」

「仲が良いんだね、竜ヶ峰君と紀田君…じゃなかった、正臣君」


 帝人とは席が前後のため、一緒に席へと向かう。


「あ、そうだ。あのあと大丈夫だった?」

「あのあと…?」

「ほら、折原臨也さんと平和島静雄さんの…」

「…うん、大丈夫だったよ」


 確かに昨日の騒動は大変だったが、池袋では日常茶飯事とまでは言わないが結構起きることだ。慣れと言うものは怖いが、実際には慣れていた。しかし、つい最近こちらに引っ越してきたばかりの帝人にとっては『非日常』なのだ。


「僕は紀田君の話でしか知らなかったんだけど、すごいんだね」

「すごいって?」

「平和島静雄さん。折原さんにぶつけたのって、コンビニのゴミ箱だよね?」


 実際に静雄の『力』を目の当たりにして、本当に驚いたと話す帝人。
 コンビニのゴミ箱、自動販売機。少しばかり興奮して話す様子に、は目を丸くして驚いた。普通の人間は、静雄の『力』を目の当たりにして恐怖しか抱かない。


 ――池袋に来たのが最近だから、普通じゃないことが起きて嬉しいって思うの…かな?


 に帝人の心情を理解することは出来ないが、とにかく彼にとっては『非日常』が確かに訪れ、それに少し自分が関わったことが嬉しかったのだろうと思った。


「竜ヶ峰君って、面白いね」

「え?そ、そうかな?」


 素直な感想だった。竜ヶ峰帝人と言う少年は、の周りにはいないタイプの人間だから。


「そうだ…さんは、静雄さんと兄妹とか?」

「兄妹?」

「ほら、お兄ちゃんって呼んでたから」

「ううん、兄妹じゃないよ。私、幼い頃に両親が亡くなって…両親とお兄ちゃんの両親が仲良くて、一人になった私を引き取ってくれたの」

「そんなことがあったんだ。…ごめん、答えにくい事聞いちゃったね」

「気にしてないよ」


 にこりと微笑むを見て、帝人は少し顔を赤らめた。正臣が言うとおり、笑うと可愛い。いや、と帝人は一時限目の用意をするの姿を見る。


 ――普通にしてても、可愛いよね。園原さんとはタイプが違うけど、さんも大人しそうな顔立ちって言うか…あれ、さっきから僕は何が言いたいんだろ。


「竜ヶ峰君?」

「ううん、何でもないんだ!」

「…そう?あ、一つ訊いてもいい?」

「何?」


 もうすぐ一時限目が始まると言うのに、矢霧誠二が来ていないことに気付いた。昨日のパジャマ姿の少女のこともあり、少し気になったのだ。


「あのね、昨日竜ヶ峰君と園原さんが二人でどこかに行っちゃった後かな…。ううん、少し経った後ぐらい、かな? パジャマ姿の女の子が街を歩いてたの」

「…パジャマ姿の、女の子?」


 帝人は心臓がどきりと跳ねたのがわかった。今、そのパジャマ姿の少女は帝人のマンションで眠っているのだ。その事実を知らないは話を続けた。


「その子、錯乱状態だったみたいで…どこかに逃げちゃったんだ」

「へ、へぇ」

「竜ヶ峰君、知らない?」


 ――知ってます。


 言ったほうがいいのか帝人は悩んだ。は本当にその少女のことを気にしているようで、不安そうな目で帝人を見ている。
 昨日保護した記憶喪失の少女――の言う、パジャマ姿の少女は今朝になっても記憶が戻ることは無かった。警察も病院も嫌がり、特に病院にはかなり怯えた様子を見せていた。


「あの……私の事は大丈夫です! ここで大人しく待ちますから!」


 その言葉に安心して学校へ来たのは良いが、これからどうすればいいか迷っていたのは事実だ。


 ――何か良い案が出てくるかもしれない。


 帝人はに話すことにした。パジャマ姿の少女のことを。




「――記憶喪失…?」

「うん、そうみたいなんだ」


 授業中、こっそりと話す二人。


 ――記憶喪失だったから、あんなに錯乱してたのかな。


 セルティに腕を掴まれ、嫌だと叫ぶ少女を思い出す。
 帝人の話では、警察も病院も嫌がり、特に病院にはとても怯えた様子だったと言う。もしかすると、少女は病院らしき施設で何らかの実験を受けていたのかもしれないとは考えた。
 ならば、矢霧誠二はどこで彼女のことを知ったのだろうか。『運命の人』だと言った矢霧誠二。その病院らしき施設で出会ったのだろうか。の疑問は膨らむばかり。


 ――矢霧君に訊くことが出来れば一番いいんだけど、今日来てないし…。


「ねぇ、竜ヶ峰君。今日、おうちにお邪魔してもいい?」

「え、えぇ!?」

「その女の子と、一回話してみたいの」


 矢霧誠二に訊けないのならば、直接少女に訊くしかない。


「うーん…家に上がるのはいいんだけど、話すってなったら僕じゃなくて彼女に訊いてみないと」

「じゃあ、とりあえずついて行ってもいい?」

「いいよ」


 ――話してもらえるかな…。矢霧君のこととか、あと…首の傷とか。


 一瞬だけ目に入った、少女の首にあった傷。矢霧誠二の『運命の人』。
 二人の関係がわかればいいのにとは授業を聞きつつ、窓の外を眺めた。







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