「いやぁ、本当に偉いよねぇ。いじめられてる子を助けようとするなんて」


 臨也は杏里と帝人を見て微笑む。その微笑みには少しだけ嫌悪感を露わにした。何とも思っていないくせに、平然と相手に言う。正臣は気付いているのだろうが、帝人は気付かないまま臨也の言葉に照れていた。
 この光景を見て、正臣は何を思ったのだろうか。は正臣の方に視線を向けた。


「久しぶりだね、紀田正臣君」

「あぁ、どうも…」

「その制服、来良学園だね。入学おめでとう」

「えぇ、おかげさまで…。珍しいっすね。臨也さんが池袋に居るなんて」


 ――そう、確かに珍しい。臨也は今新宿を拠点に活動をしているはずなのだ。だが、最近は池袋に来ている。そして、今日に限っては池袋で人探し。
 ふと臨也は帝人に視線を向けた。すぐに正臣が臨也に声をかける。まるで、臨也が帝人に関わろうとするのを拒絶するかのように。だが、その行為も無駄に終わり、臨也と帝人はお互いに自己紹介をしてしまった。
 止めることが出来ずに、関わりを持たせてしまったことに正臣は少しだけ顔を歪めた。


「ははっ、エアコンみたいな名前だね」

「あ、はぁ…」

「それで、何で池袋に?」


 ――やっぱり、気になるよね。臨也さんのことを知っているのなら尚更。


 正臣は池袋に来た理由をとても気にしていた。
 臨也が嫌悪対象だからだろうか、先程から正臣は臨也に対して警戒心を解いてはいなかった。


「ちょっと、人に会いにね。…もう会えた」


 臨也はそう言って帝人に微笑んだ。そのとき、はふと背後に殺気を感じた。この殺気は紛れもない、臨也に向けられているものだ。そして、はわかっていた。この殺気を誰が放っているのかを。
 かたかたと震えが止まらない。
 自分は今どうするべきなのかを考える。臨也に言うべきなのかどうか。結局考えはまとまらず、は帝人達の身の安全と自分の身の安全を選んだ。


「竜ヶ峰君達、避けて…!」


 その場にしゃがみ込んだ瞬間、の頭上をコンビニのごみ箱が臨也めがけて飛んでいく。


「ぐっ…!」


 直面した臨也はくぐもった声を上げて地面に滑り込んだ。どうやら正臣は誰がごみ箱を投げたかわかったようだ。


「やべぇ…」




「いーざーやーくーん」




 その声には震えた。――怒ってる、これは確実に怒ってる。
 後ろから姿を見せたのは、バーテン服を着た男。口元に笑みを浮かべてはいるが、その身から放たれる殺気が全てを物語っている。


「池袋には二度と来るなって言わなかったっけか…?いーざーやーくーんよぉ…!」


 その男は、しゃがみ込んでいるの傍まで行き、腕を掴んで立たせた。
 帝人達はただその様子を見守ることしか出来なかった。


「…シズちゃん」

「お、お兄ちゃん…」

「あぁ、お兄ちゃんなんだ…え、えぇぇえぇぇ!?お、お兄ちゃん!?」


 帝人は心底驚いた。がバーテン服の男を“お兄ちゃん”と呼んだのだ。更に帝人を驚かせる事実が襲う。


、お前は下がってろ。
 それよりも臨也、その呼び方はやめろって言ってんだろ…?俺には平和島静雄って名前があるってよぉ」

「えっ…!?」


 ――平和島静雄…。またまた敵に回しちゃいけない人…!


 そこで帝人の中でが避けられる原因の答えが見つかった。
 お兄ちゃん、そして、平和島静雄。と静雄の関係性はわからないが、とりあえず静雄のことを『お兄ちゃん』と呼ぶほど親しい関係なのはわかった。
 そして、周りの人間は彼女の近くに居る人間が怖くて、彼女を恐れているのだと。彼女自身を見ずに、彼女の後ろにある存在に怯えているだけなのだと。


「やだなぁ、シズちゃん。君に罪を擦り付けたこと、まだ怒ってるのかな?」

「怒ってないぞぉ…ただ、ぶん殴りたいだけさ」

「シズちゃんの暴力ってさ、理屈も言葉も通じないんだから苦手だよ。困ったなぁ…。――見逃してよ」


 臨也はポケットからナイフを取り出し、静雄に向ける。このままでは確実に巻き込んでしまうと、静雄はを庇うように自分の斜め後ろへ移動させた。


「お、お兄ちゃん…」

「下がってろ」


 やめさせようとが臨也に声をかけようとしたとき、武器を持った男達が走って近寄ってきた。よく見ると、先頭にいるのは先程臨也に髪の毛を一部剃られた男。どうやら臨也に復讐でもしに来たようだ。脅そうとしているのか、自分達は最近池袋でよく聞くカラーギャング『ダラーズ』の一員だと名乗っている。
 ――だが、タイミングが悪かった。この場には静雄が居るのだ。男達も気付いたらしく、その場で武器を持ったまま固まっていた。


「…何だテメェら?」


 静雄の存在に怯えた一人の男が、奇声を上げて震え始めた。


 ――止めないと。止めないと!!


 そう思い、はその男を止めようとしたが遅かった。男は持っていた武器を振り上げて静雄に近づき、頭を思い切り殴ったのだ。それを見た男達は仲間同士で笑い合っていた。
 は前のめりになった静雄に急いで近寄る。それをやんわりと制する静雄だが、ぽたりと赤い滴がコンクリートに落ちた。
 ――血だ。
 がうろたえていると、静雄は何かを我慢するかのような呻き声を上げ、頭を上げた。頭から流れる血はとめどなく溢れ、静雄の顔を伝っている。


「…大丈夫だから、心配すんな」

「で、でも…!」

「大丈夫だから」


 静雄はに視線を合わせない。はぁ、と小さく一息をついたあと、腹の底から恐ろしく低い声を出した。もちろん、それは頭を殴ってきた男に対してだ。


「…お前今、頭狙ったな?」


 男は答えない。それでも静雄は構わず言葉を続ける。


「打ち所が悪けりゃ死んじまうってわかってるよなぁ?わかっててやったってことは殺す気だったってことだよなぁ?」


 ここで男はようやく声を発した。――悲鳴と言う名の声を。


「じゃあ何をされても、文句はねぇよなぁ?」


 更に小さな悲鳴を上げようとした瞬間、男の顔面に静雄の右ストレートが綺麗に入った。殴られた男は大きくアーチを描いて飛んでいく。空中で服が脱げ、下着一枚になって地面に落ちた。
 周りに居た男達はそれを目で追ったあと、静雄の方を見た。
 荒い息を繰り返す静雄。段々落ち着いてきたと思った次の瞬間、目の前に居た男に向かって行き、掴んで勢いよく投げた。そして、そのまま殴りかかろうとしてくる別の男に、右ストレートを繰り出す。
 すごい、がそう思った瞬間、静雄が後ろを向いているのを良い事に襲いかかろうとする男の姿が目に入った。後ろに居る、静雄にそう伝えようとしたが、静雄は後ろから走ってきた男をすんなりとかわし、次に近寄ってきた男の攻撃を受け流して腹に蹴りを入れた。そして、次々と男達を伸していく。


 ――かっこいい。


 一人で倒していくその姿に、は素直に感動していた。
 荒々しいが、それでも確実に倒していく。周りの者が見るとただの乱暴者に見えるかもしれないが、には一人で多人数を倒していくその姿がとてもかっこよく見えた。


「俺は今の内に逃げようかな。シズちゃんに殴られたくないし」

「え?あの、臨也さ――」

「じゃっ、お疲れー!」


 その言葉を聞いた静雄は小さく舌打ちをし、近くにあった自販機に手をやる。


「え、あ、お兄ちゃん!?」

「逃がさねぇ…」

「下ろして!それを下ろし――」

「うぅらぁぁぁぁあああああああああああ!」

「あー!駄目だってばー!」

 臨也に当たる、そう思った時、上からサイモンが下りてきた。正確に言うと、降ってきた。
 そして、静雄が投げた自販機を受け止めて下ろす。自販機は傷つかずに済んだが、サイモン自身は大丈夫なのかとは心配になった。


「サ、サイモン!自販機受け止めたり、上からあの…何て言うか…大丈夫なの!?」

「ダーイジョウブネェ。ソレヨリモ、シズゥオ。ケンカヨクナイネェ」

「うるせぇ!!邪魔すんなぁ!!」


 自販機を受け止められ、更には喧嘩良くないと止められ、静雄の怒りは最高潮に達した。勢いよく走っていき、サイモンを殴りつけようとする、が。


 ――お兄ちゃんのあのパンチを受け止めるなんて…サイモンってやっぱり何者…!


 静雄が繰り出したパンチを受け止め、静雄とサイモンは睨み合う。そんな中、静雄が笑みを零したのはきっと気のせいではないだろう。
 倒れていた男達はその光景を見て、再び怯え出す。巻き込まれる前にここから立ち去りたいと。そのときだ、正臣の声がしたのは。


「え、嘘!?帝人!」


 静雄に気を取られていたため、は慌てて帝人達のほうを見た。が見たときは、ちょうど帝人が杏里の手を引いて走っていくところだ。


「え?竜ヶ峰君!?園原さん!?」

「ちょ、マジかよ!おいおい…はぁ…。はどうする?」

「へ?わ、私?」

「俺は巻き込まれたくないし、帰るけどさ。ほら、あー…何っつーか、まだお取り込み中みたいだし、終わるまで居るのかなーって思ってさ」


 そう言って正臣は静雄達を見た。未だ終わりそうにない静雄とサイモンのやりとり。


「…そう、だね。私、終わるまでいるかな…。頭の怪我とか心配だし」

「おう、じゃあまた明日学校でな」

「うん、…また明日」


 同級生に『』と呼ばれるのはあまり無かった。正臣に呼ばれたときは心底驚いたが、それ以上に嬉しいという感情が胸を占めていた。
 正臣に手を振り、姿が見えなくなったのを確認すると、は静雄とサイモンを見た。
 早く止めなくてはいけない。しかし、あの中に入っていく勇気が出ない。


 ――大人しく見てよう、うん…。


 静雄とサイモンのやり取りが終わったのは、しばらくしてからだった。
 主に怪我をしているのは、静雄に殴られたサイモンだ。静雄の頭の怪我も気になるが、それ以上にサイモンの怪我のほうがひどかった。
 きっと必要になるだろうと思い、は近くの店でガーゼなどを購入していた。それを使ってサイモンの手当てをする。


「…サイモンが先かよ」

「え?」

「いーや、何でもねぇ」


 そのあと、静雄の頭を見た。あれだけ血を流していたのに、傷がもう塞がりかけていることには驚きを隠せなかった。


「傷、もう塞がりかけてるよ…」

「あ?いつものことだろ」


 日も暮れ、サイモンは働いている露西亜寿司に戻り、静雄はむしゃくしゃした気持ちを解消させるかのように酒を呑んだ。が止めるまで呑み続け、店を出る頃にはかなり酔っていた。そんな静雄とはセルティと偶然会い、三人で話すことになった。
 静雄は煙草を吸いながら、臨也が池袋に来ていたこと、息の根を止めてやろうと思ったがサイモンに邪魔をされてしまったとセルティに愚痴を溢す。
 それを聞いたセルティは小さく笑ったかのように肩を上下に動かした。


「しかし、あいつ…。何しに来やがったんだ…?」


 臨也が池袋で何かをしようとしていることはセルティにもわかっていた。もちろん、も薄々それは感じている。連日池袋にいることは珍しかった。


 ――人探し…って言ってたけど。まさか、竜ヶ峰君?


「気のせいかなぁ」

「何が?」

「ううん、何でもないよ」


 は、いや、この場にいる三人は気付かなかった。
 今回のことを皮切りに、これから池袋で起こる数々の騒動に巻き込まれるということ。
 そして、そこには臨也が関わっているということに――。







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