入学式の翌日は校舎案内とクラブ紹介があった。今日は健康診断とHRの日だ。そして、今はHRで各委員を決めているところなのだが、クラス委員だけが決まらないでいた。


「あぁ、クラス委員がまだ決まっていないな。誰か立候補する者はいないか?」


 担任は生徒の顔を見渡したが、誰も一向に手を上げる気配は無かった。自身も手を上げるつもりはなかった。基本的に面倒だと言うのもあったのだが、自分が手を上げるときっと男子が誰一人として手を上げないだろうと思った。そうなると、HRの時間が長引くだけだと。
 そのときだ、一番前の席に座っているある女子生徒が手を上げた。誰もが驚いて彼女を見る。担任ですら少し驚いていた。


「あぁ…園原、あー、園原杏里か。他は、いないか?じゃあ、女子は決定」


 杏里に後を任せ、担任は教卓から離れた。本当に杏里に任せるつもりなのだろう。


「あ、あの…それでは、男子でクラス委員をやりたい人いませんか?」


 教室がざわめく。そして、密かに始まる押し付け合い。こうなるとしばらくは誰も手を上げないだろうと思ったが、後ろから「はい!」と言う声と共に手が上がった。
 そう、帝人が手を上げたのだ。


 ――竜ヶ峰君が手を上げるとは思ってなかったなぁ。でも、クラス委員にはぴったりな雰囲気だよね。


 あの空気の中、手を上げた帝人に心の中で拍手を送った。


「また明日ね、さん」

「うん、また明日」


 クラス委員が決まり、HRも終わった。帝人はに挨拶をしたあと、杏里の元へ駆け寄った。
 はそんな帝人を見て、クラス委員になった理由を密かに考えた。もしかして、杏里が気になってクラス委員になったのではないかと。


「青春…」


 ――いいな、羨ましいな。
 はリュックを背負い、教室を出た。寄り道せずに帰るつもりだったのだが、この後に出会う人物がきっかけでちょっとした騒動に巻き込まれてしまう。






 ――後ろから、ぽん、と肩に手を置かれた。振り返るべきではなかった。そう、振り返らずに無視して歩き続けていれば――いや、きっと振り向かずに歩き続けたとしても、後ろに居るこの男は執拗に付け回していただろう。そう考えると、振り向いて正解だったのか。いや、どちらが正解などではなく、正解は存在しない。答えがあるとするならば、『諦めろ』だろう。


「やぁ、ちゃん」

「臨也、さん」


 この男――折原臨也から逃げることを、諦めろ。


「来良学園の制服、良く似合ってるじゃないか。あぁ、今日入学式だよね?おめでとう」

「ありがとうございます…」

「もしかして、今帰り?」

「えぇ、そうです。
 …それよりも、何で臨也さんが池袋に居るんですか?」

「人探し、かな?」


 ――人探し。そう聞いた瞬間、はすぐにこの場から離れたくなった。
 苦手としている臨也から離れたいのもあるのだが、臨也が何かあって池袋に来ると言うことは、何かしら企んでいると言うことだ。
 一歩後ずさりし、逃げようと思った瞬間、手を掴まれる。臨也にはが次に起こす行動が読めていた。だからこその反応だ。


「だから、手伝ってよ。一人で探すのもつまらないしさ」

「そんな時間無いです、ごめんなさい」

「あるでしょ?君は、シズちゃんやあの黒バイクのせいで避けられる存在なんだから、他人との付き合いなんてまったくもって無いはずだ」

「お兄ちゃんやセルティは関係ない!そんな風に悪く言わないでください!」

「おぉ、こわっ。
 まぁでも、ちゃんには付き合ってもらうよ、俺の人探しにさ」

「…付き合うなんて一言も言ってない…」


 問答無用にの手を引いて歩く臨也。臨也はから顔が見えないことを良い事に、嬉しそうに笑みを浮かべた。


 ――君は一人で良いんだよ。友達なんて必要ないんだ。もっと言うと、シズちゃんやあの黒バイクだっていらない。
 ――こうして、俺が傍に居るんだからさ。


 気分が良くなったのか、鼻歌まで歌いだす臨也。歪んだ願望を抱き、そして確実に忍び寄る。それにが気付くのはいつなのだろうか。
 何も知らないは、前を歩く臨也に話しかけた。


「…で、誰を探してるんですか?」

「内緒」


 深いため息しか出なかった。声色から機嫌が良いことだけは分かったが、それ以外は人を探していると言うことしかわからない。何のためにその人物を探しているのか、どんな人物なのか。聞いても臨也は答えない。
 情報屋の仕事をしていると聞いたことがある。きっと臨也はその人物のことをとことん調べてあるのだろう。だったら何故探す必要があるのだろうか。

 ――やっぱり、何かを企んでる。

 結局はその結論に至った。


「さーてと、どこから探そうかなー」

「そんなこと言って、本当は目星ついてるんじゃ…」

「それがさ、最近池袋に来た人だからどの辺にいつも居るとかまったくわからない」

「最近…?」


 の頭に帝人が浮かんだ。それはの近くで最近池袋に来た人物だからだ。しかし、帝人が臨也の探している人物にあたるかはわからないため、は出さなかった。臨也の探している人物が、まさしく帝人だと気付かずに。


「…あれ?」


 しばらく歩き続けているときだった。見たことのある制服、見たことのある顔。


「…竜ヶ峰、君?」

「え?」


 の言葉に臨也は振り向いた。少し驚いた表情を浮かべ、違う方向を見ている。その方向に臨也も顔を向けると、そこには臨也が探していた人物が居るではないか。そして、見知った人物も。
 にやりと笑みを浮かべ、そちらに足を進める。突然の方向転換に焦り、どうしたのか聞いても何も答えない。ただ、臨也が意味ありげに笑みを浮かべていたことがの心に引っかかっていた。


「いじめ?やめさせに行くつもりなんだ」


 笑みを浮かべ、帝人とその友人に声をかけた。帝人の困惑する声が聞こえる。それもそうだ。まったく知らない人物に話しかけられ、まったく知らない人物が今まさしく行動に移そうとしていたことを口にするのだから。
 臨也は繋いでいたの手を離し、帝人の肩を掴んだ。そして、そのまま歩いて行く。


「え、え、あの、えぇ…な、何…!?」

「あ、竜ヶ峰君、臨也さん!?」

「…君、臨也さんの知り合い?」


 突然声をかけられた。つい先程まで帝人と一緒に居た友人だ。が分からないのは、きっと同じクラスでは無いからだろう。


「あぁ、ごめん。俺は紀田正臣。帝人の友達」

「私、は、えっと…です…」

「あぁ!帝人から聞いてるよ。あとでちゃんと自己紹介しようぜ。それよりも帝人だ、帝人。何で臨也さんが…」


 ――臨也さんのことを知ってるってことは、池袋に居る人なんだろうけど、私のこと、嫌じゃないのかな。


 正臣は簡単に自己紹介を済ませ、臨也と帝人の様子を見ていた。呆然としていたに「おい、あれ見てみろよ!」と普通に声をかけてくる。正臣に言われ、様子を見てみると大変なことになっていた。


「まぁ、俺に女の子を傷つける趣味はないけど…」


 何故か女子生徒の鞄の紐が切れた。鞄の中から入っていた物が出てくる。そして、その落ちた鞄の中から臨也は携帯を取り出した。


「だから、女の子の携帯を踏み潰すことを趣味に…するよ」


 すぐに地面に落とす。カタンッ、と音を立て落ちるピンク色の携帯。すぐさま臨也は足を上げ、そのまま携帯の上にいきおいよく下ろした。


「え?」


 正臣と同時に声を上げた瞬間、何度も何度も笑いながら携帯を踏みつぶす狂気じみた臨也の姿に、は鳥肌が立った。


「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 しかし、その笑い声は突然止む。足もぴたりと空中で止まっていた。後ろから見ている正臣とには、臨也の表情がわからない。だが、付き合いの長いは臨也がどんな表情をしているのかが分かった。
 どこか子供っぽい部分が残っている臨也のこと。――きっと、つまらない顔をしているのだろうと。


「…飽きちゃった。携帯を踏み潰す趣味はもうやめよう」


 女子生徒はすかさず近くに居た男を呼ぶ。臨也を脅かそうと変な動きをつけて近寄るが、まったく相手にされていない。寧ろ、馬鹿にされている。
 それが相手にもようやく伝わったのだろう。男は殴りかかろうとしたが、かわされ、逆に頭の一部を剃られる結果になってしまった。女子生徒達と男は怯えて逃げていく。覚えてろ、と安っぽい捨て台詞を吐いて。


「く、ははははは!妖怪カマイタチ参上」


 楽しそうに笑う臨也を見て、は付いてきたことを後悔した。正臣をちらりと見るが、臨也を嫌悪していることが分かる。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。変なことに巻き込んでしまったこと、そして何よりも、帝人を臨也に会わせてしまったこと。きっと自分がいなくても臨也は帝人と会っていたかもしれないが、それでもは悪い事をしたと思った。


「…帰っておけばよかった」


 ――心の底から出た言葉だった。







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