上司であるトムに事情を話し、静雄は池袋の街を走っていた。もちろん、を探すためだ。
 何としてでも、臨也よりも先にを見つけなければ――。もし先に臨也に見つかってしまえば、きっと二度とと話せなくなる。二度と会えなくなる。それだけは何としてでも避けたかった。
 しかし、の姿は見つからない。焦りだけが静雄の中に募っていく。


 ――くそっ…!ただ闇雲に走っても見つかるわけがねぇ。頭を冷やさねぇと駄目だ。冷静になって、が行きそうなところに行かねぇと…。


 路地に入り、建物の壁に凭れる。ひんやりとした壁は、焦って煮詰まっていた静雄に冷静さを取り戻させる役割を果たした。それほどまでに焦っていた自分自身を知り、静雄は苦笑を浮かべた。ぱんっと頬を叩き、探しを再開しようとしたそのときだ。携帯が震えていたことに気付いた。
 ポケットから取り出し確認すると、メールではなく電話だった。それも、相手は高校時代の同級生、門田京平だ。こんなときに珍しい相手からかかってくるものだと電話に出た。


「…もしもし」

『あー、俺だ。門田だ』

「一体なんだ。…今忙しいんだよ」

のことで話があるって言ったら?』

「なっ…」


 静雄は息を飲んだ。冷静になったはずの頭は、再び焦りだした。その焦りは再び冷静さを失った静雄を突き動かす。


に何かあったのか!?」

『落ち着け、静雄。お前、今が池袋に来てることは知ってるのか?』

「あぁ、知ってる。…臨也の野郎から聞いたからな」

『臨也も来てるのか?』

「そんなことより、の話をしてくれねぇか。何があったんだよ」

『…実は、に会ったんだ』


 ――に会った。その言葉に静雄は驚いた。だが、それよりも驚いたのは、が記憶を取り戻したと言うことだ。
 が記憶を取り戻しつつあることは静雄自身わかっていた。時間が経てば、更に取り戻すことが出来るのではないかと考えてはいたが、まさか今日記憶を取り戻すとは思ってもみなかった。
 今すぐに会いたいと思った。しかし、静雄の願いは叶わない。


 ――は、門田達の前から姿を消してしまったのだから。


「どういうことだ?」

『俺がお前に電話をかけようとしていたときだ。狩沢達が俺が誰に電話をかけてんのか気にし始めて、静雄と臨也の名前を出したんだ。そのときに――』


 ――や…やだ…会えない…会えないよ!


「会えないって…言ってたのか?」

『話を聞こうとしたが…俺達は、に話を聞く術を持ってねぇ。持ってるのは、お前か臨也だ。だから、俺はお前に電話したんだ』

「…何で俺に?」

が池袋に来た理由、知ってるか?静雄、お前に会うためだ。…だったら、お前に電話かけるべきだろ。は、お前に会いたがってるんだからよ』

「…いろいろすまねぇな、門田。助かった」

『礼は全てが終わったあとに言えよ。まだ終わってねぇだろ』


 そうだな、終わってねぇな――静雄は静かに呟いた。そう、まだ終わってないのだ。の記憶が戻ったとしても、肝心のがまだ見つかっていない。話も出来ていない。
 門田との電話を切り、静雄は路地から再び人通りの多い道へと出た。


 ――臨也が言ってたな。やってきたことの答えが出るって。


 確かに臨也はそのようなことを言っていた。そして『記憶を失う前の感情と、記憶を失ってから今までの感情がの中に存在することになったときに出る答え』とも言っていた。最初、この言葉を聞いたときは何を言っているのかわからなかったが、今ならわかる。


が『会いたくない』って言った理由は、これしかねぇよなぁ」


 静雄の考えは当たっていた。は、二つの感情に戸惑い、今の自身の感情がわからなくなっていた。そして、門田の電話の相手が臨也か静雄のどちらかだとわかると、その場から離れた。このような状態で会いたくなかったからだ。
 だとすると、今のが行きそうな場所が静雄の中で限られてきた。


 ――今のあいつは、答えを出そうとしてる。混乱した頭を落ち着かせようとするはずだ。だったら…人が少ない、静かな場所か?


 それでもの行動範囲を把握しているわけではないため、どこにいるか予想がつきにくい。しかし、一つだけ。一つだけ、が行きそうな場所を知っていた。
 そこは、人気が少なく、静かな場所だ。静雄は口元に薄らと笑みを浮かべた。
 そして、走り出す。静雄はと一緒にいることが多かった。が平和島家に引き取られた頃からだ。だからこそ、静雄は確信していた。
 ――は、そこにいると。


「今行くからな、


 人混みをかき分け、静雄はその場所へと向かうために走り続けた――。




 ――逃げ出しちゃった。


 は地面に腰を下ろし、沈みゆく太陽を見た。


「…どうして、ここに来たんだろう」


 ただその場から離れて落ち着こうと思っていた。しかし、の足は動き続け、夕日が綺麗に見えるこの場所に来ていた。
 抱えた膝に顔を埋める。戸惑い、混乱していた頭は落ち着きを取り戻しつつはあるが、やはり今の自分の感情は見えてこない――そう思ったが、は小さく首を横に振った。違う、と。


「違う、違う違う…。本当は見えてる。でも、見えてないフリをしてるだけ…」


 ――私が今の私と向き合って…それで、相手は私を受け入れてくれるのかがわからない。


「結局、私が一番怖いと思っているのは、相手からの拒絶。拒絶されるのが怖くて、向き合うことが出来ない」


 ――自分勝手だね、私は。


 また涙が零れる。いつになれば涙は枯れるのだろうかと思いながら、服で拭った。


「あはは、泣きすぎだね私…。目が、痛いや…」


 沈みゆく夕日を眺めた。辺りは薄暗い。街灯が点き始め、住宅街にも灯りがともる。もうそんな時間か、はぼんやりと思った。帰らなくてはと思うが、今の自分はどこに帰ればいいのだろうか。どこにも、帰る場所など無いのではないか――。寂しさだけが募っていく。
 遠くから聴こえる子供達の声。母親が迎えに来てくれたのだろう。純粋には羨ましく思った。


「私には、迎えに来てくれる人なんて…」


 何も聴きたくないと拒絶するかのように、再び抱えた膝に顔を埋めようとしたときだ。後ろでがさりと音がした。


「…何?」


 は力無く振り向き、そして目を見開いた。そこに立っていたのは――


「やっぱここにいたか、


 が池袋で必死に探していた人物であり、そして、答えが出るまでは会えないと思っていた人物。
 ――平和島静雄だった。








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