渡草のバンの後部座席にを寝かせ、門田は一息ついた。今は戻ってきた狩沢がの傍についている。


「門田さん、ちゃんどこで見つけたっすか?」

「ここだ」

「ここ?」

「あぁ、渡草の車の中で休んでるときに、偶然がここを通ったんだよ」


 門田の隣で立っていた遊馬崎は驚いた表情を浮かべた。もちろん、門田がと会ったときも、今の遊馬崎のように驚いた。あれだけ探しても見つからなかったが、池袋で普通に歩いていたのだから――。
 今となってはその疑問も解けた。は、臨也が拠点としている新宿にいたのだ。もちろん、一人ではなく臨也と共に。


「…憶測で言いたくは無いが、今回の黒幕は臨也かもしれねぇな」

「ってことは、ちゃんがいなくなったのも、記憶を無くしちゃったのも臨也さん関係してるかもってことっすね?」

「その可能性が高いな」


 ――俺が臨也にがいなくなったことを伝え、少しでも情報が欲しいと頼んだときには、あいつは何もかも知ってたことになるな。当然だ、一緒に暮らしてたんだからよ。
 ってことは、静雄や俺達は、まんまと臨也の手のひらの上で踊らされてたってわけか。


 門田は深いため息をついた。一生懸命探し回る自分達の姿は、さぞや滑稽だっただろうと。




 ――は自分の記憶を見ていた。映画館で映画を見ている気分だった。スクリーンに映し出されるの記憶は、ところどころ真っ黒な画面になる。にはわかっていた――真っ黒な画面が映るのは、その部分の記憶の欠片は持っていないからだと。
 それでも記憶の映像は流れていく。過去から現在に至るまでの記憶は、に真実を伝えた。


「そういう、ことだったんだ」


 は胸に手をあてた。目を瞑ると感じる――の中に存在する、二つの想い。


「これは…記憶を失う前の私と、記憶を失ってから思い出すまでの私の想い」


 どちらも『本物』だった。本物だったからこそ、はどうすればいいかわからぬまま、胸が締め付けられる苦しさに耐えていた。自然と涙が溢れ、頬を伝う。拭うこともせず、その場に崩れ落ちた。
 にはわからなかった。記憶を取り戻した『今』の自分は、どんな想いを抱いているのか。


「私は、私がわからない…。今の私が、わからないよ…っ!」


 二つの想いがせめぎ合い、その胸の苦しみからぎゅっと目を瞑ったときだった。


ちゃん!」


 その声には目を開けた。視界に入るのは先程とはまったく違うもの。何故か視界はぼんやりとしていた。


「気付いた!?」

「あれ、狩沢さん…?」

「泣いてたからびっくりしたよー。って、私のことがわかるってことは、記憶も戻ってるみたいじゃん!良かったね、ほら、これで涙拭いて?」


 ここで初めて自分が涙を流していることに気付いた。狩沢から受け取ったハンカチで涙を拭う。の頭をぽんぽんと触れたあと、狩沢は門田達を呼びにバンを下りた。
 先程起きたことは夢だったのだろうか。だが、狩沢の言うとおり、記憶が戻ったのは確かだ。


 ――でも、あの映像の通り、ところどころ抜けてる。


 そして、胸の苦しさも変わらない。また涙が溢れ、視界がぼやける。


「ほらほら、ちゃん目を覚まして…って、さっきからどうしたの!?」

「何か飲み物でも買ってくるか」

「あ、じゃあ俺買ってくるっすよ」

「い、いいです、大丈夫、大丈夫です…!」

「泣きながら大丈夫っつっても説得力の欠片すらねぇぞ。とりあえず何か飲んで落ち着け」


 門田の言葉にふるふると首を横に振る。門田達にはに何があったのかさっぱりわからない。


 ――狩沢の話じゃ、は記憶が戻ったみてぇだ。記憶が戻ったときに何かあったのか?


 顎に手を当て、門田はを見た。今も泣いているのだろう、肩が小刻みに揺れている。
 話を聞いてやりたい。力になってやりたい。だが、今の自分はから話を聞く術を持っていないと門田は思った。その術を持っている人間――思いつくのは二人。しかし、今はこの場にいない。
 門田は携帯を取り出した。その二人の内の一人に電話をかけようとしたのだ。


「あれ、ドタチン。何やってるの?」

「誰かに電話かけるんすか?」

「わかった!イザイザに電話かけるんでしょ!」

「それとも、静雄さんっすか?」


 狩沢と遊馬崎の言葉に門田は何も反応しない。
 は不安になった。電話の相手が、狩沢の言うとおり臨也だったら。遊馬崎の言うとおり静雄だったら。何も整理が出来ていない今、どちらに会うことも出来ない――。


ちゃん、大丈夫?」

「…だ…」

「へ?何か言ったっすか?」

「や…やだ…会えない…会えないよ!」

「ちょ、ちょっと、ちゃん!?」

「待つっすよちゃん!」


 はバンを下りて走った。後ろから狩沢と遊馬崎が何かを言っているが、止まらなかった。


 ――会えない。会えないよ。だって、私は…。


 の姿が見えなくなる。それを見た門田は舌打ちをした。電話の相手は一向に出ない。先程から門田が聞いているのは呼び出し音だけだ。
 門田自身も、走り去ったが心配だった。追いかけなければとも思った。だが、電話の相手が出て話をするまでは追いかけることが出来ない。焦りから携帯を握る力が強くなる。一度切ってかけなおそうか考えたとき、呼び出し音が切れた。人通りが多いところにいるのだろうか、代わりに騒がしい音が聴こえてくる。


 ――出た。


『…もしもし』

「あー、俺だ。門田だ」


 のことで話があると切り出すと、電話の相手が息を飲むのが聴こえた――。








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