――会って、謝れ。
――そのあとは、が答えを出すだろ。
門田の言葉が臨也の頭の中で繰り返される。謝れば、は戻ってくるのか。謝れば、は傍にいてくれるのだろうか。謝れば、心は満たされるのだろうか。謝れば、が出す答えは――。臨也はそんなことを思いながら、池袋のあらゆるところを見に行った。そこにの姿が無ければ、また走って別の場所へ向かう。伝う汗を拭いながら、臨也は走り続けた。
――あれは?
人気の無い場所へと臨也が足を運んだとき、見覚えのある後姿をようやく発見した。膝を抱えて座っているのだろう。とても小さく見えた。息を整えつつ、臨也はその後姿に近づいた。
「見つけたよ、」
臨也は声をかけた。しかし、返事が無い。それでも臨也は再び声をかける。今度は、相手が絶対に反応するような言葉を選んで。
「記憶、戻ったんだってね」
その言葉に肩を小さく震わせ、少女――はゆっくりと立ち上がった。臨也に背中を向けているため、今がどのような表情をしてるのか、臨也にはわからない。
「…臨也さんって、自分勝手ですよね」
「君に言われなくてもわかってるよ」
「わ、わかってないですよ!」
声を荒げて怒る。記憶を消され、嘘を教えられたことに怒っているのか。謝るのなら、今なのか。臨也は謝罪の言葉を述べようと口を開いたときだった。
――が臨也の方を向いたのだ。その目には涙が浮かんでいる。
「わかってないですよ!全然、これっぽっちもわかってない!」
「何でそんな『わかってない』って言えるの」
「わかってないですよ…。私、臨也さんのこと、信じてたんです。記憶を無くした私にとって、臨也さんが全てだったんです。だから、悲しかった!今まで信じていた記憶が、偽りだったことが。…臨也さんに、嘘をつかれていたことが」
――嘘をつかれていた。
その言葉に、臨也は表情を歪めた。の言うとおりだからだ。そして思った。やはり、自分の考えていた通り、の出す『答え』は出ていると。
ならば、今の自分はどうするべきか。徹底的に悪役に成りきるべきなのか。わからないまま、臨也はに答えた。
「が悲しいって思う気持ちも、偽りかもしれないよ。ももうわかってるんだろ?俺は、君が俺のことを好きになるように仕向けたんだから」
「じゃあ、今の私が臨也さんのことを嫌いになれないのも、仕向けられたものなんですか?偽りなんですか?」
臨也は目を見開いて驚いた。は記憶を取り戻したのだ。そして、臨也が必死に消そうとした静雄への感情や想いも戻ってきたはず。
――何これ、どういうこと?シズちゃんのほうがいいんじゃないの?
臨也は気付いていなかった。記憶を失っているときのが、本当に臨也を愛していたということに。それなのに、臨也は、の向ける感情は、全て自分が作り出した『偽り』だと思っていた。『偽り』だから、自分の心はいつまで経っても満たされないのだと思っていた。
だからこそ、の言葉に驚きを隠せなかった。記憶が戻ったとき『偽り』と『本物』の感情がの中に存在することになるが、所詮『偽り』は『本物』に勝てない。そして、それが『答え』だと――。
「ねぇ、。今自分が何言ってるか…わかってる?」
「わかってるから聞いてるんじゃないですか…」
はぽろぽろと涙を零した。拭っても拭っても溢れる涙。
涙を流すを見て、臨也は自分の考えていたこととはまったく違う出来事が起きていることを実感した。胸の内に生まれる喜び。自然と口元に笑みが零れた。
そして、その喜びを表現するかのようにを抱きしめた。
「くははっ、あはははははは!」
「え、な、何がおかしいんですか…」
「嬉しいんだよ、嬉しいんだ!」
ぎゅっと抱きしめる。本当に嬉しかったのだ。満たされないと思っていた心は、今ようやく満たされた。そんな気がした。
「俺は、人間を愛してる。そんな人間の一人である君は、ずっとシズちゃんを、シズちゃんだけを想っていた。
俺にはわからなかった。ある一人の人間だけを愛する気持ちが。ある一人の人間から愛される気持ちが。でもさ…こんなにも心地良いものなんだねぇ」
臨也は子供のようにはしゃいでいる。子供が親に抱きつくように、臨也もをそのような感じで抱きしめていた。
「好きだ、うん、好きだ好きだ!愛してる!」
「い、臨也さん!?」
大声での愛してる宣言には顔を赤らめた。臨也はさほど気にしていないようだ。
恥ずかしいなぁと思いつつも、それでも嬉しかったりするは、おそるおそる臨也の背中に腕を回す。すると、途端に静かになる臨也。
「臨也さん…?」
「――いつの間にか、君を手放すのが怖くなっててさ。正直、毎日が不安で仕方がなかった。俺らしくもないよね。不安になるたびに薬を渡して、飲ませて、記憶を消してた。そうすれば…そうすれば、はずっと俺の傍でいるって」
さっきまでのはしゃぎっぷりとは打って変わり、臨也は静かに話し始めた。
ただの疑問解決のつもりが、いつの間にか真剣になっていたこと。そして、記憶を消して書き換えたはずのの中に存在する静雄に嫉妬をしていたこと。
俺らしくもない――臨也はまたそう呟いた。
「臨也さん。…記憶を失っているときの私は、臨也さんが全てだったんですよ」
「そういえば、さっき言ってたね。でも、それは俺がそういう風に仕向けてたんだよ」
「例えそうであっても、記憶を失っているときの私は本当に…臨也さんが全てだったんです」
――の世界には、臨也しかいなかった。記憶の無いにとって、臨也だけが頼りだったのだ。何もわからないに、臨也が教えてくれた。今はそれが嘘だとわかったが、臨也の優しさに偽りは無かった。それだけはわかる。
臨也がを呼ぶ。返事をすると、臨也はの額に己の額をくっつけた。近くなる距離に、鼓動が速くなる。
「好きだよ」
「…私も、好きです」
「愛してる」
「…私も、あ、愛して、ます」
「ごめんね」
――嘘をついて、ごめん。
は答える代わりに、臨也の胸に顔を埋めた。泣いている自分を見られたくないからだ。震える小さな身体を、臨也は強く強く抱きしめた。
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