「…話をする前に、まずお前に聞きたいことがある」

「何ですか?」

「お前は、臨也と一緒にいるのか?」


 がいなくなったと静雄に聞いたときから、門田はずっと仲間と共に探し続けていた。それこそ、池袋の隅から隅まで探し回った。それでも、の姿を発見することは出来なかった。情報すらも手に入らなかった。――まるで、誰かが情報規制をしているかのように。
 最終的に、門田はある男を頼ることにした。あまり関わりたくないが、それでも少しでも情報を手に入れるならば、その男に言うのが一番だろうと考えたからだ。

 ――そして、その男こそが、折原臨也だった。


「一緒にいる、と言うか…一緒に住んでます」

「…いつからだ?」

「えっと…私は覚えていないんですけど、記憶を失う前からって聞きました」

「なるほどな。その……記憶を失ったって言うのは三ヶ月程前か?」


 三ヶ月程前――は驚いた。どうしてそのことを知っているのかと。記憶を失ったと言うことを知っている人間はいるだろうが、いつ記憶を失ったかと言うことを知っているのは臨也だけなのだ。


「そ、そうです。でも、どうしてそれを?」

「お前がいなくなったって話、したよな?」

「はい、聞きました」

「いなくなったのが、三ヶ月程前なんだよ」

「…え?」


 は、三ヶ月程前に事故に遭ったと臨也から聞いていた。事故に遭い、記憶を失ったと。
 話を聞く前に門田から『知ってることと大分違う話を聞くことになる』と言われ、覚悟を決めたはずだったが、やはり衝撃はでかかった。門田に言われた通り、確かにが知っていることとかなり違う話を聞くことになったのだから。
 臨也を信じたい気持ちは変わらない。だが、臨也から聞いた話とは違う話を聞き、確実には混乱していた。


「記憶を失う前から臨也と住んでるって言ったよな?」

「はい…」

「お前は、記憶を失う前は池袋で静雄と住んでたんだよ」


 ――平和島静雄さんと、一緒に住んでいた…?


 そのとき、頭に鈍い痛みが走る。静雄に会ったときにも起こったこの痛み。痛みが襲う中、はぼんやりと思った。記憶が戻るのかと。そして、頭の中で会話が再生された。
 それは、ある日の少女と青年の会話。


『来良学園に行くことにしたんだ』

『あー、来良な。でも、何でまたそこにしたんだ?』


 会話の中に出てきた言葉。嬉しそうに話していることはわかるが、にはわからない。だが、誰の声かはわかった。


 ――あれは、過去の私と、平和島静雄さんだ。


「あの…来良、学園って?」

「お前、何か思い出したのか?来良は、来良学園はお前が通ってた高校だ。昔、俺も静雄も臨也もその高校に通ってたんだ」

「えーっと…来神学園…ですか?」

「あ、あぁ。そうだ。…静雄がそこ通ってたっつーのもあるから、来良にしたってお前から聞いてたな」


 鈍い痛みは更に強さを増していく。その痛みに耐えきれなくなり、ぐらりと身体が揺れ、前のめりになったの身体を、門田は慌てて支えた。大丈夫かと声をかけるが、何の反応も無い。ただ、頭を押さえて何かに耐えようとしていた。この体勢はきついだろうと、ゆっくりと地面に座らせた。それでも、からは何の反応も無い。
 ――何か思い出しているのだろうか。門田はそう思ったが、まさしくその通りだった。枷が外れたかのように、大量の記憶がの頭の中で同時再生され、ばらばらになった記憶の破片は一つになろうとしていたのだ。


「…っあ…何、これ…」


 呼吸がうまく出来ない。意識も朦朧とし、目の前が霞んでいく。そして――


「おい、?」


 頭を抱えていた手が外れ、力無く地面に落ちた。





 その頃、池袋の人通りが多い場所では――。


「臨也ぁぁぁああああああああああ!!」


 自販機がある男目掛けて投げられた。だが、男はそれを難なくかわす。そのまま自販機は大きな音を立てて地面に激突した。その音を皮切りに、二人は――静雄と臨也は対峙する。


「やだなぁ、シズちゃん。挨拶は言葉でするものだよ?もしかして、自販機を投げることが挨拶になってるのかなぁ?」

「うるせぇ!!」

「ま、そんなことはどうでもいいけどさ。俺は今シズちゃんを構う時間なんて無いんだよ。っていうか、構う時間がもったいない」

「だったら今すぐ殺してやるよ」

「短気だなぁ、シズちゃんは」


 静雄は近くにあった街灯を手に取り、大きく振りかぶった。そして、間髪を容れることなくそれを臨也に向けて振り下ろす。臨也はその攻撃を避け、くるりと一回転しながら、ブロックが積まれて少し段差が出来たところに上った。軽快な足取りでブロックの上を歩く。


「ま、シズちゃんに話したいことって言うか、言いたいことがあったからちょうどいいや」


 そのままブロックの上を歩き続ける臨也を、静雄は目で追っていた。横顔しかわからないが、臨也の表情には怒りが滲み出ていた。


「シズちゃんさぁ、今日俺のマンションの下まで来たよねぇ」

「…だからなんだ」

「俺さ、シズちゃんとは絶対に接触させないでおこうって思ってたんだ。記憶が戻る可能性があるから」

「言ってる意味がよくわかんねぇ。何で俺なんだ」

「わからないかなぁ…それだけ、の中でシズちゃんの存在が大きかったってこと」


 ――本当に大きかった。ムカつくぐらいに。俺はその度に嫉妬した。の中の、平和島静雄って存在に。


「記憶が戻りつつあることも知ってるんだろ?…は、シズちゃんを探しに池袋に来てる」

「俺を…!?」

がさ、シズちゃんのことを教えてほしいって俺に訊くんだよ、この俺にさぁ!」


 臨也はそこで立ち止まり、ようやく静雄の方を見た。嫌悪感を露わにしている臨也は、ブロックから下り、静雄の方へと歩を進める。その間も、臨也の表情は変わらない。


「中々俺が答えないから、も気付いたんだろうね。これ以上俺に訊いても答えてくれないってさ。…だから、は部屋を飛び出して、池袋に向かった。…君に会うためだよ、シズちゃん」


 それは、臨也にとって認めたくない事実。だが、事実に変わりはないのだ。は、静雄のことを知るために、そして静雄と自分の関係を知るために池袋へと向かった。全てを静雄から訊くために。
 臨也は呆れたような表情を浮かべて笑った。肩をくつくつと揺らして小さく笑っていたが、次第に声は大きくなる。


「ははははは!…本当、何もかもがおしまいだよ」


 ――は、思い出せるものから思い出そうとしてる。だから、少しシズちゃんのことを思い出したから、今回みたいな行動に出たってこともわかる。でも、君はその先に俺との思い出があるって思ってるけど、それは違う。

 ――その先に、俺との思い出なんか何一つ無いんだ。君が知っている俺との思い出は、嘘なんだよ。


「臨也、お前…どうして俺に話した?」

「もう気付いてるんだろ?俺がを連れ去ったってこと。…連れ去った。記憶も消した。嘘の記憶を与えた。俺がやってきたことの答えが出るんだ。気に食わないけど、シズちゃんもそれに関与してるから教えてあげただけだよ」

「答えだ…?ふざけんな!何の答えが出るって言うんだ!」

「記憶を失う前の感情と、記憶を失ってから今までの感情がの中に存在することになったときに出る答えだよ」


 ――俺が一番怖れていたことでもあるんだけどね。


 今まで、臨也の心は満たされなかった。その理由も臨也はわかっていた。
 の記憶を消し、自分の好きなように記憶を書き換えた。の気持ちすらも書き換え、臨也に想いを向けるようにした。それで臨也の目的は達成されたはずだった――。それなのに満たされない心。


 それは、の想い、記憶、全てが臨也によって作られたものだからだ。


「それじゃあね。俺はを探さないといけないから」

「おい、待て!」


 ――自慰行為に過ぎないことをわかってて、俺は浸ってた。ダサすぎて笑えるな。



 臨也は人混みの中へ消えていく。静雄もを探そうと顔を上げ、走りだした。








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