「竜ヶ峰がいなくなった?」


 門田の言葉に、は首を縦に振った。


「はい、ご両親もどこに引っ越したのかわからないみたいで……」


 今日の昼休みの時間、担任から捜索願が出された事を聞いた。帝人の両親も引っ越しの事は知らなかったようで、担任の話にとても驚いていたと言う。


「何の連絡も無いままって、らしくないよねぇ」

「そうっすねぇ。彼なら連絡入れそうっすよねぇ」


 狩沢と遊馬崎も門田と同じように首を傾げた。
 やはり、考えられないのだ。あの帝人が、誰にも、何も告げずにどこかへ行ってしまうと言う事が。
 携帯電話も昨日の内に解約したようで、一切繋がらない。今の帝人と連絡を取れる者は、誰一人としていない状態になってしまった。


「あー、頼りたくはねぇかもしれねぇが……その、臨也の奴には訊いてみたのか」

「……臨也さん、ですか」


 門田が言いたい事はわかる。こう言った事に関しては、臨也はとても頼りになるのだ。どこから仕入れているかわからないが、臨也の情報は信用出来る。


「今日にでも、訊いてみます」

「それが良いだろうな。……頼りたくない気持ちもわかるが、今はそれどころじゃねぇんだろ?」

「そう、ですね」


 信用は出来ても、臨也の考えている事はよくわからない。はそこが苦手だった。今回も出来るなら臨也の力を借りずに出来る事をやろうと思っていたが、事態はそれを許してはくれない。やはり、臨也の力を借りなくては、帝人を見つける事は出来ないのだ。


 ――今は、苦手とか、そんな事言ってられないよね……。


「俺達も捜してみる。だから、無理するな」

「焦っても駄目っすよ!」

「見つかるって、大丈夫!」

「は、はい! ありがとうございます……!」


 門田達はバンに乗って早速捜しに向かってくれた。セルティも昨日の夜から仕事の合間に捜してくれている。これで見つかればいいのだが。


!」

「あ、正臣君」


 が門田達と話している間、正臣は周辺の人に聞き込みをしていた。


「どうだった?」

「駄目だ。誰も見てないって」

「そっか……」

「ったく、帝人の奴。今どこにいるんだろうな」


 に気を使わせまいと、気丈に振る舞う正臣。無理をして笑っているのがわかる。担任から捜索願が出された事を聞いたときも、正臣はと杏里を励まそうと明るく振る舞っていた。
 その姿を見ているのが、辛かった。
 辛いのなら、辛いと。悲しいのなら、悲しいと。言って欲しかった。感情を誤魔化さず、ぶつけて欲しかった。いつも正臣が支えてくれるように、も正臣を支えたいのだ。だが、今それを伝えたところで、正臣は上手くはぐらかすだろう。彼は、とても優しいから。
 辛いが、には正臣を見守る事しか出来なかった。


「さてと、家まで送るよ」

「え、わたしも捜すの手伝うよ」

「駄目。良い子はもう帰る時間。ほら、行こう」

「正臣君……」

「お願いだよ、。……がいなくなったら、俺、どうすればいいかわからないからさ」


 ――それは、わたしも一緒なのに。だから、一緒にいたいのに……。


 結局、は家に帰る事になった。家へ向かう途中、二人の間に会話は無かった。ただ、お互いの手だけはしっかりと握っていた。


「……気をつけてね」

「あぁ」

「また、明日」

「……また明日」


 は家の扉の鍵を閉めた。閉めた後、ずるずるとしゃがみ込み、膝に顔を埋める。


「ごめんな、


 扉の向こうで泣いているであろうに、正臣は小さな声で謝った。だが、連れて行くわけにはいかないのだ。今は殺人犯もうろついている。池袋は、危険だ。
 正臣は再び人混みの中に繰り出した。
 親友を、帝人を見つけるために。








 目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。当たり前だ、外はもう夜なのだから。
 不貞寝、と言うわけではないが、それに近い状態でソファーで眠っていた。ゆっくりと身体を起こすと、ブレザーのポケットから携帯電話が落ちた。それを拾おうと手を伸ばすと、黄色の光が点滅した。
 黄色は、正臣からの着信を意味する。
 は慌てて拾い、携帯電話を開いた。一件の不在着信と、メッセージが入っていた。


「……何で気付かなかったんだろう」


 ――不貞寝みたいな事しちゃって、気付かないなんて。


 不在着信もメッセージも正臣からだった。はメッセージを再生し、携帯電話を耳に当てる。


『あー、? 今日は、ごめん。本当に、ごめん』


 正臣の声は、真剣だった。


『俺さ、を大事にしたいって言う気持ちが先走ってたみたいで……かっこ悪いな。さっき門田さん達とそこで会ったんだけどさ、怒られたよ。大事にしたいなら、もっと上手くしろってさ。……本当、その通りっす。恥ずかしながら、返す言葉も出なかった』


 声が少しだけ明るくなる。正臣が両腕を上げて困ったように微笑む姿が想像出来た。は小さく笑みを零す。


『ってなわけで! ……今度は、一緒に捜そうな。今度っつーか、明日? 約束な。っと、ごめん、人と会う約束が会ったんだ。また電話するよ』


 メッセージはそこで終わっていた。携帯電話を閉じ、は胸に当てた。今まで拗ねていた自分、そして正臣の言葉一つで嬉しくなる自分が恥ずかしい。だが、本当に嬉しいのだ。正臣一人だけに抱え込んで欲しくない。帝人の問題は、正臣一人の問題では無いのだから。
 は立ち上がり、ベランダに出た。冷たい空気が心地よく感じるのは、今少しだけ体温が高いからだろうか。そんな事を考えていると、玄関の扉が勢いよく開いた。


!」

「お兄ちゃん?」


 慌てて帰って来たのだろうか、静雄の額にはこの季節では珍しく、額に汗をかいていた。部屋に入り、静雄にタオルを渡そうとするが、手を掴まれてしまう。


「……落ち着いて、聞いてくれ」

「な、何?」


 静雄は、から視線を外し、深く息を吸った。


「紀田が、死んだ」


 その言葉に、の身体は硬直した。


「来良学園の屋上から飛び降りたらしいんだ。……今、門田から連絡があった」


 ――正臣君が、死んだ?


「う、そ……」

「嘘じゃねぇ。俺がそんな嘘、つくわけねぇだろ……!」


 正臣が、死んだ。
 言葉として耳に入っても、素直に受け入れる事など到底出来ない。は何度も何度も首を横に振った。落ち着け、と静雄に肩を押さえられる。


!」

「嘘、嘘だよ! だって、正臣君が、死んだなんて、そんな!」

……」

「嘘、嘘だよ……。正臣君が、正臣、く、ん……」


 は崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。
 信じられなかった。何故、正臣が来良学園の屋上から飛び降りるのか。


 ――また電話するって、言ってたのに……! それに、約束だってした……! 明日、一緒に竜ヶ峰君を捜すって……!


「信じ……られないよぉ……!」

「……」


 また電話をすると言った人間が。明日、一緒に帝人を捜すと言った人間が。自殺などするだろうか。それも、来良学園の屋上から飛び降りると言う死に方を選んで。
 メッセージを残したあと、何かあったのだろうか。そう思うと、やはり、あの時無理を言ってでもついて行くべきだった。そうすれば正臣の死は食い止める事が出来たかもしれない。しかし、今更後悔しても遅い。どれだけ願っても、過ぎた時間を取り戻す事など出来はしない。
 正臣も、帰って来ないのだ。


「お兄ちゃん……わたし、どうすればいいの……?」

「それは……」

「もう、わかんないよぉ……!」


 ――クラスメイトの男の子が殺されて、竜ヶ峰君がいなくなって、そして、正臣君が、死んでしまった。


『お願いだよ、。……がいなくなったら、俺、どうすればいいかわからないからさ』


 ――正臣君……。正臣君がいなくなったら、わたし、どうすればいいかわからないよ……。


 涙が次から次へと溢れてくる。今、の瞳には何も映っていない。それに気付いた静雄は、しゃがみ込み、涙を拭ってやる。


「……今日は、もう休んだ方が良い」


 これ以上は、見ていられなかった。


「……」

「俺が、傍にいるから」

「……」


 静雄はただ黙って涙を流すを抱き締めた。一人では無いのだと、強く、強く。しばらくして、は静雄に縋るようにして嗚咽を漏らした。涙を流すたびに、正臣との思い出が溢れ出て来る。笑った顔、拗ねた顔、照れる顔。たくさんの正臣がの中にある。
 だが、もう実際に見る事は出来ない。
 あの温かい手も、を抱き締める力強い腕も、触れる事は出来ない。
 は一晩中泣き明かした。泣けば何かが変わるわけでは無い事など、わかりきっている。わかりきっているが、今は泣く事しか出来なかった。静雄は、ずっとを抱き締めていた。が泣き疲れて眠りにつくまで、ずっと。








 朝。が目を覚ますと、静雄の姿は無かった。ゆっくりと身体を起こすと、机の上には静雄が書いたであろうメモが置いてあった。


『仕事に行ってくる。学校は今日は無いみたいだから、ゆっくり休め』


 ――学校、無いんだ。


 臨時休校にしたらしい。それもそうか、とは静雄が書いたメモを机の上に戻した。


 ――休みたくても、休めないよ。


 は携帯電話に残っている正臣の最期となったメッセージを聞く。もう、正臣の声はこの携帯電話でしか聞けないのだと思うと、涙が溢れた。
 聞き終えると、は携帯電話を仕舞い、ソファーに凭れた。落ち着こうと、深呼吸を繰り返す。
 信じられないのだ。正臣が自殺したと言う事が。
 この最期のメッセージを聞くと、これから自殺する雰囲気だとは到底思えない。ただがそう思いたいだけなのかもしれないが、どうしても正臣が自殺するとは思えないのだ。


「……ん?」


 携帯電話が震えた。取り出すと、杏里からの着信だった。出るのは少し気まずかったが、もう一度深呼吸をしては電話に出た。


「……もしもし」

『あ、さん……。あの、もう、聞きましたか……?』

「あ……う、うん」

『そう、ですか……』


 ――杏里ちゃんも、もう知ってるみたい。


 何も言わなくてもわかる。杏里も正臣の死を知っている。


『今、警察にいて……』

「警察? どうして?」

『事情聴取です。さんももうすぐ家に警察の人が来て、こちらに来る事になると思います』

「そ、そっか……。教えてくれてありがとう」

『あ、あの、紀田君の、遺書が見つかったみたいなんです』


 ――遺書?


 は思わず立ち上がった。携帯電話を持つ手に力が入る。


『私、警察で待ってますから、一緒に見せてもらいませんか?』

「……うん、わかった。時間、かかるかもしれないけど、待っててね」

『はい』


 ――事情聴取……。


 事件の翌日すぐに行われるのか、とは深い息を吐きだした。
 だが、正臣の遺書が見つかったとなると話は別だ。それが本当に正臣が書いたものなのか、確かめたい。もし本当に正臣が書いたものなのなら、何が書かれているのか知りたい。数十分後、家にやってきた警察官に連れられて、は杏里がいる警察署へと向かった。
 警察署に着くと、はすぐに事情聴取に入る為、別室に案内された。杏里の姿は確認できたのだが、同様、事件のショックで表情はとても暗かった。


「紀田正臣君、君の彼氏だったんだよね。……お気の毒に」

「……」


 事情聴取を行う刑事は、悲しげな表情を浮かべていた。


「何か変わった様子とかは無かった?」

「いえ……特には……」

「そうか。……何か聞いてる、とかも無い?」

「何か、って?」

「ん? あぁ、何でも、些細な事でも良いんだ。例えばー……そうだなぁ、何かする、とかさ」

「何かする……」


 あ、とは小さく声を上げた。そういえば、正臣はあのメッセージで『人と会う約束がある』と言っていたのだ。は刑事にその事を告げた。


「って事は、飛び降りる前に誰かと会ってたんだね」

「……多分」

「そうか、ありがとう。……あ、そうだ。紀田君の遺書の事は、園原さんから聞いてるかな?」

「はい、見せてくれるって」

「ちょっと待ってね。園原さんを呼んでくるから」


 杏里はすぐにやってきた。刑事は証拠品だから、と指紋が付かないようにビニールの袋の中に入れて正臣の遺書と思われる手紙を二人に差し出した。
 手紙は、ルーズリーフ一枚に書かれていた。走り書き状態だが、確かにこの字は正臣のものだった。


『ごめん、帝人の所に行くわ。ごめんな』


「紀田君は竜ヶ峰君の親友だったらしいね」


 刑事は考え込むようにして腕を組んだ。


 ――『帝人の所に行く』って……どういう事?


 字は正臣のものだ。紛れもなくこの遺書は正臣が書いたもんどあろう。しかし、は正臣がこの遺書を書いたとは信じられなかった。
 正臣は、帝人の行方がわからないから捜していたのだ。
 それなのに、この文章だとまるで帝人の居場所がわかったかのような書き方だ。


 ――どうして、竜ヶ峰君の行方を捜していた正臣君が『帝人の所に行く』なんて書くの?


 落ち着け、とは目を瞑った。今は頭が混乱しているから、思考がまとまらない。落ち着け、落ち着け、と自分に何度も言い聞かせた。


 ――『帝人の所に行く』って書いて、正臣君は来良学園の屋上から飛び降りた……。


 来良学園の屋上から飛び降りれば、その先に待っているのは地面で、全身が叩きつけられて死ぬのはわかりきっているはずだ。それでも正臣が飛び降りたと言う事は――。


 ――まさか……竜ヶ峰君は、もう……!?


 信じたくはない。信じたくはないが、そう考えると正臣の行動、そして正臣の遺書の説明もつく。


「……さん?」


 目を丸くしてかたかたと震えるに杏里は声をかける。その声にびくりと肩を揺らし、は杏里の方を振り向いた。


「杏里、ちゃん……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「……何でっ……!」

さん、大丈夫!? ごめんね、気持ちの整理がついてから見せるべきだったね、本当にごめん……!」


 言葉にならなかった。涙が溢れ、嗚咽が漏れる。崩れ落ちるを、杏里は必死に抱き締めた。杏里は刑事に今日はもう帰らせてほしいと願い出て、二人は警察署を出た。


「大丈夫ですか? もう、家に帰れますから……」

「違う、違うの、杏里ちゃん……!」


 家に帰りたい、と言うわけではないのだとは首を横に振った。


 ――どうして、こんな事になったんだろう……。どうして、どうして……!


「竜ヶ峰君、もう、死んでるの……!」


 の言葉に、杏里は息を呑んだ。






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