※ヤンデレとかではなく、暗いです。




 ――夢を見た。
 内容は忘れてしまったけれど、とても嬉しくて、そして、とても悲しかった。そんな気がする。


「あの男の人は、誰なんだろう」


 私の知っている人なのだろうか。夢の中で、その人は――


 ――あの金髪の男の人は、とても悲しそうな表情をしていた。




 が窓の外を見ていると、部屋の主である臨也が仕事から帰ってきたようだ。大きな窓から差し込む月の光を頼りに、明かりすらつけずにの元にやってきた。


「ただいま、

「おかえりなさい、臨也さん」

「今日もずっと外を見てたの?」

「…夢を、見たんです」


 首を傾げる臨也に、はぽつぽつと話し始めた。内容は忘れてしまったが、その夢を見て、とても嬉しくなったが、とても悲しくなったと。何故そう感じたのかはわからないが、とにかく起きたときに自分の中にあった感情はその二つだったのだと臨也に話した。


「なるほどね…。まぁ夢は覚えていないことが多いから、そんなことがあっても不思議ではないと思うけど」

「でも、出てきた人は覚えているんです」

「へぇ、どんな人?」

「金髪の、男の人」


 その言葉を聞いて、臨也は表情を固くした。隣でいたは、言ってはいけないことを言ってしまったのかと臨也に必死に謝る。怒っていないとを抱きしめつつも、内心では何とかしなければと焦っていた。
 だが、臨也の平常心はすぐに戻ってきた。彼女の中に未だ残り続けるその存在。ならば、自分がすることはただ一つ。

 ――まだ残っているのなら、消してしまえばいいと。

 引き出しの中から薬を取り出し、に与える。過去に何度もに与えたことはあるが、はその存在を覚えていない。今も、臨也からその薬を受け取り、これは何の薬だと問いかけた。
 臨也は、の精神を落ち着かせる薬、精神安定剤だと伝えたが、それは嘘。その嘘には気付かないまま、は与えられた薬を飲む。しばらくして、眠気が彼女を襲った。


「ねむ、い…」

「ソファーで眠る?あとで俺がベッドまで運んであげるけど」

「じゃあ、ソファーで、寝る…」

「おやすみ、


 ソファーに倒れ込むようにして眠るの近くで腰を下ろし、髪を撫でた。


「必要の無いものを持っていても、意味は無い」


 それは、にとっては必要であるかもしれないが、臨也には必要無かった。だから、消す。それだけだ。それが、彼女を悲しめる結果になったとしても、臨也は気付かない。
 臨也が幸せだと感じたのなら、も幸せだと感じると思っているから。


「これで、俺もも幸せなんだよ」


 ――君の全てを、俺が受け入れてあげる。




 翌朝、が目を覚ますとベッドの上だった。臨也が運んでくれたのだろう。
 靴を履き、階段を下りると、朝食が用意されていた。そして、臨也の秘書だと言う波江の姿。


「あら、起きたの?」

「はい…おはようございます」


 ぺこりと頭を下げるの姿を見て、波江は眉間に皺を寄せた。が何故ここにいるか、が今どのような状態になっているのか――全てを知っている。
 普段なら開けない玄関の鍵を解除した。波江のやっていることをただ見ていることしか出来なかった


「…ほら、行きなさい」

「で、でも、臨也さんが外には出ちゃいけないって…」

「ずっと部屋で籠っているとおかしくなるわよ。ほら、行きなさい。私がちゃんと話を通しておくから」

「ちょ、ちょっと…!」


 波江に背中を押され、とうとうは部屋の外に出た。最後に外に出たのはいつだろうかと考えるほど、外に出るのが久しぶりだった。
 波江の言葉を信じ、ゆっくりとだが建物の外に出る。眩しい光を身体に浴び、とりあえずどこかに行こうと歩き出した。
 その姿を部屋の窓から眺めていた波江は、の背中を見送ったあと仕事に移った。




 ――とりあえず、は池袋に向かった。臨也が最近池袋に行っていると聞いていたからだ。


「…あれ?」


 見覚えは無いのに、身体が覚えている。


「私、池袋に来たことあるの?」


 どうなっているのだろうと人の波に流されるようにして歩いた。覚えていないはずなのに、身体が覚えていると言う奇妙な感覚に、は頭が混乱していた。
 ふらふらとした足取りで歩いていると、誰かにぶつかった。謝らなければ――そう思い、顔を上げた瞬間、腕を掴まれる。


「おいおい、体調悪い時にこんなところ歩いてちゃ駄目だぜぇ?家まで送ってやっからよぉ、家教えろよ。なっ?」


 にやにやと笑みを浮かべる不良に、は手を離してほしいと言うが無視をされ、更にはその不良の仲間に囲まれる形になった。


「あぁ、家が嫌だったらホテルで俺らが看病してやるって!はははは!」

「や、やだ…!」


 ぎゅっと目を瞑ったとき、遠くから投げられたコンビニのゴミ箱が不良に当たる。周りにいた男達は引き攣った声を上げた。薄らと目を開けて確認すると、バーテン服を着た男――静雄が立っていた。


「てめぇら、何してんだ、あ?」

「う、うわあぁぁぁぁあぁああ!!」


 逃げ出した男達を見ていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには静雄が立っていた。だが、何故か驚いた表情でを見ている。
 声をかけようとしたそのとき、は静雄に抱きしめられていた。


「今まで、どこにいたんだよ!」

「…え?」

「すげー心配したんだぞ。どこ探してもいねぇし、見つからねぇし…」


 ――この人は、何を言っているのだろう。
 わからない。何を言っているのか。探した?見つからなかった?どうしてこの人は私を探したの。どうしてこの人は私を見つけようとしたの。だって、私は、私は――


「あの…誰ですか…?」

「…え?」


 ――この人を、知らないのだから。


「何、言って…」


 本当にわからなかった。目の前にいる人物が一体誰なのか。
 だが、抱きしめられたときに、やはり身体が反応をした。池袋に来てからはそればかりだった。記憶には無いのに、身体が覚えている。
 は静雄の顔を見た。目の前にいる静雄は、ひどく辛そうな表情を浮かべてを見ている。その表情を見ていると、何故か悲しくなった。理由はわからない。それでも、静雄が辛そうにしていると、も辛かった。どうしてだろうと考えているとき、頬に何かが伝う。それを手で触れると、水滴が付いた。


「…なみ、だ?」


 ――どうして、涙なんか。


「やだ、どうして?どうして、涙が出るの?どうしてっ…!?」

「おい、落ち着け

「わからない。わからないわからない!私は、貴方のこと知らないのに…何で…」


 ――身体が覚えている。池袋のこと。このバーテン服の人のこと。


「貴方が辛そうにしていると、私も…辛いって…悲しいって…何で思うの…?」


 涙はとめどなく溢れる。誰なら知っているのだろうか。誰に聞けば教えてくれるだろうか。
 そこでの中に浮かんだのは臨也だった。臨也なら、臨也ならきっと知っている。涙が出る原因も、全て。
 は涙を拭いながら静雄の前から去ろうとするが、引きとめられる。振り向くと、やはり静雄は辛そうな表情を浮かべていた。


「どこに行くんだ!?」

「きっと、あの人なら…臨也さんなら、知ってるから…」

「…臨也、だと?」

「そうだよ、シズちゃん」


 息を切らした臨也がの近くに立っていた。珍しく汗を浮かべ、の手を握っている。


「…手前、何しに来たんだ」

「…ちょっと眠っててくれるかな、

「え、臨也さ――」


 の首元に注射器を刺し、薬を注入する。即効性の薬か、はすぐに眠りに落ちた。崩れ落ちたを抱きかかえ、臨也は静雄の前に立つ。


「今からする話をに聞かれるわけにはいかないからね」

を離せ」

「シズちゃん、わかってる?今、は俺の恋人なんだ。もそう思ってる」

「…っ!に何したんだ!?」

「記憶を消して、俺がいろいろと植え付けた。ただそれだけだよ?」


 臨也にとって、真っ白なノートに自分の好きなように書いただけの話だった。
 記憶を失ったは、臨也の言葉を信じ、臨也だけを信じた。それが偽りの記憶だとも知らずに。


「昨日も夢にシズちゃんが出てきたんだってさ。焦ったよ?まぁ…その記憶も消してあげたけどね」

「何やってんのかわかってんのか…!が、いつお前に記憶を消してほしいって願ったんだ!?」

「こうなることがわかってて波江はを出したのか。俺を困らせて何が楽しいんだか…まったく、趣味が悪いな」

「おい、話聞いてんのか…!」

「あぁ、聞いてるよ?…でも、消す理由を話す筋合いなんて無い」


 そう言って臨也は人混みの中に消えていった。静雄は臨也を追いかけるが、巧妙に人混みの中に隠れた臨也を見つけることは出来なかった。静雄の中に、怒りと遣る瀬無さが込み上げる。どんっと握り拳を近くの壁にぶつけた。音を立てて崩れる壁には見向きもせずに、ただひたすら前だけを見据える。


「絶対に許さねぇ…!」


 ――俺が、消された記憶を取り戻してやる。だから、だから――


「…俺の傍に、戻ってきてくれ…


 その静雄の呟きがに聴こえるわけが無いが、それでも誰かに呼ばれた気がしては臨也の腕の中で目を覚ます。
 結構眠っていたようで、すでにいつもの部屋に戻って来ていた。


「目が覚めた?」

「…ごめんなさい、外に出て」

「しばらく外に出ていないを見て、波江さんが外に出してくれたみたいなんだ。だから、は悪くない」


 ――あの女が何を思って出したかは知らないけど、俺のやり方が気に食わないと思っているのは確かだ。その腹いせだろうな。を外に出したのは。


「今日、池袋で会ったあの男の人は、誰?」

「気にしなくていいよ」

「でも…!」

「今日は久々に出歩いて疲れただろう?これ飲んで早く眠ったほうがいい」

「…ん」


 そうして、または記憶を失う。静雄の記憶を。
 薬は、一粒で数時間前の記憶を消す。臨也はそれを過去に何度も繰り返し、の記憶を全て消去した。そこから良いように記憶を作り替え、に少しずつ与えていった。今のは、偽りの記憶を植え付けられ、臨也の恋人として存在している。


「おやすみなさい、臨也さん…」

「おやすみ、


 自分の腕の中で眠るを見ながら、静雄の言葉を思い出した。


「何やってんのかわかってんのか…ねぇ。わかってるさ。俺本人がやってることなんだから」


 ――全て、わかっててやってる。こうやって記憶を消して新しく記憶を作って…それでも、がどこかでシズちゃんを求めることもね。記憶を消しても、朧ながらに覚えてるんだよ、シズちゃんのことだけは。


「それでも、今のが愛しているのは俺なんだ」


 手放すつもりは無い。臨也は眠っているの額にキスを一つ落とす。


「愛してるよ、


 の想いは静雄だけに向けられていた。それを独り占めしたいと思うようになったのはいつからだろうか。どうすれば独り占め出来るのだろうか。どうすれば自分に向けられるのだろうか。
 そう考えた結果が、の記憶の消去。そして、偽りの記憶の植え付け。
 の想いは臨也だけに向けられるようになった。臨也が望んだ通りになった。


「偽りの記憶でも、は本物の記憶だと思ってる。だから、今のの記憶は本物なんだ」


 ――なのに、心が満たされないのは何故なんだろう。


 臨也の問いかけに、眠っているはもちろん答えない。臨也は自嘲気味に笑い、そしてに口付けた。眠っているの目から何故か涙が零れた。








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