「……駄目だ」
手に持っていたサッカーボールを地面に下ろし、ため息をつく。今日何度目のため息なのだろうかと思いつつも、口から出るのはため息のみ。
「はぁ……」
止める事が出来ないため息をついた後、サッカーボールを蹴った。転がって行く様子を少しだけ眺めてから、立向居は転がって行ったサッカーボールに背を向けて地面に腰を下ろす。
ここまで練習に身が入らないのは初めてだった。ため息ばかりをついていた為、練習相手になってもらっている綱海には『恋煩い』と笑われてしまう始末。恋煩いと言うものがよくわからないので苦笑いを浮かべただけだったが、落ち着いてみると今のこの状態はそれに近いのではないかと思っていた。
「さんの事がずっと気になるって、恋煩いに入るのかな」
ぽつりと呟いた後、自分の影が映る地面に指で円を描く。
本当は誰かに相談したい。の事がずっと気になっていると。しかし、誰にどのように相談すればいいかわからない。新技で悩んでいるときのように言えばいいのだろうか――などと考えていると、立向居の影が急に大きくなった。驚いて後ろを振り向こうとしたときに、肩に誰かの手が乗った。
「うわぁ!?」
「え? あ、ご、ごめん!」
そこには、サッカーボールを手にしたがいた。立向居の肩に手を置いたのも彼女。いつもより少し近い距離に心臓が早鐘を打つ。
「ごめんね、驚かせるつもりじゃなかったんだけど……」
「い、いえ!」
困った表情で微笑むを見て、頬に熱が集中するのがわかる。に知られないように、慌てて俯いた。早くこの火照りをどうにかしないとと目を瞑っていると、が隣に座った気配がした。ゆっくり目を開けて確認すると、三角座りをするの姿があった。驚いていると、と目が合い、慌てて逸らす。更に近くなった距離に、立向居はどうしていいかわからなくなった。
「あ……ちょっと離れた方がいい?」
「そ、そんな事ないです!」
「そう?」
立向居の視線の意味を勘違いしたは離れようとしたが、再度彼の傍に腰を下ろした。
二人の間に沈黙が流れる。何か話しかけようとするが、緊張して何を話せばいいかわからなくなる。も手にしたサッカーボールを眺めているだけで、立向居に話しかけようとはしない。
――さん、どうしてここに来てくれたんだろう。
訊けばいいだけなのだ。何故ここに来たのかと。それでも今の立向居には無理だった。緊張が勝ってしまい、言葉がうまく出てこない。
――情けないな、俺。
気になる相手が隣にいるだけで話せなくなる自分がとても情けなく感じた。話題などいくらでもある。立向居自身、と話したいとも思っている。だが、隣にいるの存在を意識するだけで頭の中は真っ白になった。それだけの存在が大きいと言う事なのかもしれないが、今はそんな事を考えている余裕など無かった。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。もうすぐ日が沈む。こうして二人きりになれる時間も残り僅かとなった。
――またこうして二人きりになれる時なんて、無いかもしれないんだ。
そう思うと、今こうして黙って過ごす時間がとても勿体なく感じた。
「……あの!」
今まで黙っていた立向居に急に話しかけられたはびくりと肩を揺らしたが、その表情はどこかほっとしているようだった。
――俺、頑張って良かった……!
のほっとした表情を見ただけで、自分から会話を切り出して良かったと思った。
「あの、どうしてここに?」
「……それは、その」
「は、はい」
今一番気になっている事を訊いてみる。少し答えにくそうに考え込むの様子を見て、訊いた事をすぐに後悔したのは言うまでもない。
「気に、なったから」
「気になった……?」
――気になったって、まさか。
「最近、ため息ばっかりだし、何か悩んでるのかなって思って」
――俺の、事?
「だから、私ここに来たんだ。立向居くんと話すために」
「……」
「なのに、ここに来た瞬間何故か緊張しちゃって、言葉が出なかったんだ。情けないよね。……ごめんね」
謝るに、立向居は首を横に振った。謝る必要など無いと。驚きから言葉が出ず、首を振る事しか出来なかったが、立向居自身はとても嬉しかった。ため息ばかりついていた自分を心配してくれていた事が。そして、そんな自分を気にかけてここまで来てくれた事が、何よりも嬉しかった。
しかし、何に悩んでいるかは言えそうにない。の事が気になっていると、本人に言う事は、話しかける事よりも緊張し、言葉に出しにくいものだ。だが、は最近何かに悩んでいる様子だった立向居を気にしてこうして来ている。そう考えると、何も言えないと言うのは些か気が引けた。
――素直に話すべきなのはわかってるんだ。でも、それって……。
告白に近いものだと思った。
「こんな私だけど、よかったら話してくれないかな」
「……えっと」
「あ、でも、言いたくない事だったらいいの。いつか話してくれる時が来るまで待つよ」
少しだけ寂しそうに微笑むを見て、ずきんと胸が痛むのがわかった。
立向居はの笑顔が好きだ。でも、今の笑顔は見ていて切なくなる。そして、そのような笑顔を浮かばせてしまっているのは自分なのだと思うと、苦しくなった。
――言おう。さんの為に。
「さん」
「ん?」
――俺自身の為に。
「俺、ずっと気になってたんです!」
かなりの勇気を振り絞ったと自分でも思ったが、どうやらには通じていなかったようだ。何が気になっているのだろうか、と首を傾げている。
しかし、不思議と緊張は和らいでいた。
「……さんの事、気になってたんです」
「立向居くんが?」
「はい、俺がさんの事ずっと気になってたんです」
――言った。言ってしまった。
だが、後悔はしていない。寧ろ、清々しい気分だった。あとはの返事を待つだけ。そんなは口を少し開いて驚いているようだった。驚くのも無理は無いと思っていると、の表情が変わった。何かに悩んでいるような表情をしているのだ。
気になっていると言われ、返事に悩んでいるのかと思っていたが、立向居はある事を忘れていた。
は、あの円堂の従妹だ。円堂は同様にチームメイトを気遣い、相談相手になる事が多い。多いが、恋愛事に関しては本当に鈍感なのだ。
そして、それはにも言える事だった。
「私が気になるって、どんな風に?」
「え!? え、えっとですね……」
突然の質問に戸惑う立向居。まさかこのような返答をされるとは思っていなかった。
「今何してるのかなぁ……とか」
「うんうん」
「選手の誰かと話してるのを見てると、気になったり……とか」
「うんうん」
「俺の事、どう思ってるのかなぁ……とか、ですかね」
――何だろう、すごく恥ずかしい。
気になっている事を言うよりも恥ずかしい事だと立向居は赤面した。これで伝われば良いと思ったが、やはりは円堂の従妹。一筋縄ではいかなかった。
「えっとね、暇なときは相手チームの情報集めたりとか、マネージャー同士でお喋りしたりしてるよ」
「……へ?」
「選手の皆とはいろんな話するなぁ。あ、この前は豪炎寺くんに夕香ちゃんへのお土産どうするかって言う話をしたかな」
「は、はぁ」
「立向居くんの事は、頑張り屋さんだなって思ってる」
――そう言う事じゃないんだけどなぁ……。
予想外の返しに立向居はがくりと肩を落とした。だが――。
「私ね、頑張ってる立向居くん好きだよ」
「はぁ……って、え?」
突然『好き』だと言われ、動揺を隠せない。そんな彼の様子に気付いていないは、笑顔で立向居の事をどう思っているかを話し続けた。
正直、話を聞いている余裕が無かった。に『好き』と言われた事が衝撃的だった。
選手として、後輩として『好き』なのだろうと立向居は思っている。思っているが、やはり気になっている異性からどんな形であれ『好き』だと言われると驚くものだ。
「まだまだ言い足りないぐらいだけど、って、立向居くん?」
「うわ、は、はい!」
「顔赤いよ? あっ……変な事、言っちゃった? もしそうだったらごめんね」
「ち、ちがっ」
「これで立向居くんの悩みが少しでも解消されてるといいけど……」
「も、もう大丈夫です!」
「良かった!」
――今日、眠れるかな。
『好き』と言う言葉は思った以上に立向居に衝撃を与えたようだ。だが、の嬉しそうな笑顔を見ていると、予想外の返しばかりだったが、言って良かったと思う。
「そろそろ夕食の時間だね、行こう!」
「はい!」
――さんの『好き』は、男として好きって意味じゃないだろうけど。
「立向居くん?」
――それでも、嬉しいな。
「いえ、何でもないです!」
――やっぱり、今日は眠れそうにないや。
立向居が自分の中にあるへの想いに気付くのはあと少し。
「――ちゃん。立向居くん、どうだった?」
立向居に話を聞きに行くと出て行ったが気になっていた秋は、小声で話しかけた。
「うん、私の事が気になるって」
「……え?」
詳しい話を聞くと、立向居が何に悩んでいたのかが浮き彫りになった。
――円堂くんもそうだけど、ちゃんまで鈍感……?
「ちゃん」
「何?」
「立向居くん、ちゃんの事が好きなんじゃない?」
「私も立向居くんの事好きだよ?」
「そうじゃないよ、女の子として、ちゃんの事が好きなんだよ」
「……え?」
さすがのも秋にここまで言われて漸く気付いたようだ。仲間と一緒に楽しそうに夕食を食べている立向居の方に視線を向け、しばらくしてから顔を真っ赤にした。
「え、えっ……」
――やっと気付いたかな。
「立向居くん自身もまだちゃんが好きだって事に気付いてないみたいだけど、すぐに気付くと思うよ」
「あ……わ、私……」
「ちゃんは? 立向居くんの事、男の子としてどう思ってる?」
秋に訊かれ、は再び立向居の方を見た。
可愛い後輩だと思う。円堂を慕い、泥だらけになってでも頑張る姿は見ていて応援したくなる程だ。
だが、本当にそれだけなのだろうか。よく考え、思い出してみる。
――前に道に迷ったとき、迎えに来てくれたっけ。
初めての国。初めての道。買い出しのときに秋達とはぐれてしまい、帰り道がわからなくなった事があった。途方に暮れていると、立向居が迎えに来てくれた。不安でいっぱいだったが、迎えに来てくれた立向居の笑顔にとても安心した。そのときの事を思い出し、右手を見る。
――あのとき、初めて手を繋いだんだ。
立向居とは歳が一つ離れているが、それを感じさせないしっかりとした大きな手だった。
「ちゃん?」
「秋ちゃん、立向居くんね、手が大きいんだ」
「え?」
「私、ずっと、年下の、可愛い後輩だって思ってた。……でも、男の子なんだよね」
そう言って右手から視線を外し、立向居を見る。
「ふふっ、ちゃんもあと少しで気付きそうだね」
「え?」
「何でもないよ! あ、そろそろ食器とか下げないと」
「ま、待って秋ちゃん! 私も行く!」
その後、立向居に話しかけられて真っ赤になる。動揺して皿を落としてしまい、割れてしまった。その破片を拾うときに手伝ってくれた立向居と少し手が触れ、終始顔を真っ赤にしていた。
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