「……」
「だからぁ、女の子が凄んでも怖くないんだってば」
一人の少女を囲むようにして複数の男が立っている。邪魔だと視線で訴えても退こうとせず、少女の反応を見て嘲笑う男達。そんな男達に少女の怒りは増す。
「な? 俺達とイイコトして遊ぼうぜ?」
「めちゃくちゃ気持ち良い事教えてやんよ?」
「気持ち良すぎて昇天しちまうかもな! ははははははは!」
「……てめぇら」
少女は初めて声を出した。その声に男達は一旦静かになるが、再び笑いだした。
「てめぇら、だってさぁ! ははははは!」
「俺達には拗ねてるようにしか見えねぇんだよ!」
どうやら少女はこの男達と会話する事を諦めたようだ。近くにあった標識に手を伸ばす。
「何しようとしてんの? あ、もしかしてぇ、平和島静雄の真似でもしようとしてんの?」
「面白いじゃんそれ! ちょっとやってみてよ!」
「ほらほら、早くぅ!」
怒りに任せて男達をぶん殴りたい。少女の中には男達に対する怒りしか無かった。
やれと言うのならば、やってやろうではないか。標識を持つ手に力を込めるが、びくともしない。こんなにも重かったか、と疑問を抱きながら、何度も何度も持ち上げようとするが、標識が持ち上がる事は無かった。不思議そうな顔をしていると、男達はそんな少女の様子を見て更に嘲笑った。
平和島静雄では無い限り、そんな標識持ち上がるわけが無いと。
そんな事もわからないのかと、男達は笑い続けた。男達の下品な笑い声が響く中、少女は諦めずに標識を持ち上げようとするが、持ち上げる事が出来ない。蹴散らしたいのにそれすらも出来ないのかと少女の表情は歪む。
一頻り笑ったあと、一人の男が少女の肩に手を置いた。少女をぐいっと自分の方に引き寄せ、顔を近づける。男は何種類もの香水を混ぜてつけているのだろう、不愉快な臭いがして、思わず顔をしかめた。
「おいおい、何だよその顔は。嫌か? 嫌なのか?」
「嫌がられてんのかよ、だっせぇな」
「うるせぇよ! ……ま、嫌だったらぶっ飛ばしてもいいんだぜ?」
その標識で、と男達は大きな声で笑った。少女が握り拳を作り、男を殴ってやろうとした時だった。
「なら、わたしが……いや、俺がぶっ飛ばしてもいいんだな?」
後ろから聞こえた声に、皆が一斉に振り向いた。
そこに立っていたのは、池袋では有名な人物。バーテンダーの服を着た、金髪の男だった。かけていたサングラスを外し、目を細めて男達を見ている。
「へ、平和島静雄!?」
「本物かよ!?」
「何言ってるんだか……本物に決まってるじゃないですか、あ、違う。えっと、決まってるだろ」
「……こいつ、本当に本物か?」
話し方がおかしい、と男達からは疑問の声が上がる。
池袋で有名な平和島静雄。こうして直接会って話すのは初めてだが、彼が誰かと話している所、暴れている所などは遠目で見た事がある。そのときの彼は、このような話し方では無かった。しかし、話し方が違うからと言って偽者とは言い難い。金髪、サングラス、バーテン服。平和島静雄を連想させるものがあるためだ。
男達の疑惑の目に耐えきれなくなり、どうすればいいかわからなくなった平和島静雄らしき彼は囲まれている少女をちらりと見た。少女はがっくりと肩を落とし、ため息をついている。ため息をつきたいのはこちらの方だと思いつつも、打開策を教えてもらおうと見ていると、少女は標識を指差した。どうやらこれを持ち上げろと言う事らしい。彼は標識のところまで行き、それを手にした。少し力を入れると、標識は簡単に持ち上がった。
ひっ、と小さな悲鳴が聞こえ、彼は持ち上げた標識を軽く振り回した。軽くしたつもりなのだが、男達を怯えさすには十分な威力だったようだ。
「う、うわぁぁぁあぁあぁぁぁあ!」
「やっぱこいつ本物の平和島静雄じゃねぇか!」
「逃げろ! 逃げろぉおぉぉおぉ!」
騒がしかった男達が消え、辺りは一気に静かになった。残された金髪の男と少女はほぼ同時に息を吐きだした。
「ったく、あいつら。さっさと消えてればいいものを……。疲れるな、本当……」
見た目からは想像出来ない言葉遣いな少女。手に持っていた標識を元の場所に戻し、金髪の男は少女の方を振り向いた。
「ね、疲れるね……」
こちらも見た目からは想像出来ない言葉遣い。
「おーい、静雄、ちゃん。大丈夫かー?」
声がする方を振り向くと、トムが手を振っていた。手にはコンビニで買ったコーヒーとミルクティ。コーヒーは金髪の男の方に投げられ、ミルクティは少女の方に投げられた。が、何かに気付いたのだろうか。トムは慌てて二人の飲み物を交換した。
「やー、やっぱ慣れねぇな」
「すんません、トムさん」
「ごめんなさい、トムさん」
「……」
頭を下げる二人。
最初、トム自身も信じていなかった。だが、本当に起きているのだ。信じるしかない。
「しっかし……まぁ、びっくりだべ? 静雄の身体の中にはちゃんがいて、ちゃんの身体の中には静雄がいるなんてよ」
それは、突然起きた。
昨日の夜までは普通だった。しかし、朝起きると二人の精神は入れ替わっていた。
夜の間に何が起きたのか。二人で思い返してみるが、何も心当たりが無い。ただ普通に眠っていただけだ。それが朝になれば二人の精神は入れ替わり、今のように静雄の身体の中にが、の身体の中に静雄が入っていた。
最初は信じる事が出来なかった。夢なのではないかと二人で頬をつねり合ったりもしたが、痛みがあり、これは現実なのだと項垂れた。
「静雄が仕事にちゃん連れてくるなんて初めてだったからなぁ。事情を聞けば入れ替わってるって言われるし……」
「俺達も詳しく説明出来ればいいんすけどね……」
「何もわからないもんね……」
二人してため息をつく姿に、トムは何とかしてやりたいと思う。思うが――。
――見た目と話し方にギャップがありすぎて、その、何っつーか……。
笑ってはいけない事などわかっている。二人は真剣に悩んでいるのだから。それでも見た目とそぐわない言葉遣い、話し方にどうしても笑いが込み上げてくる。
――ごめんな、二人とも。見ててすっげぇ面白いべ……。
こんな事を思っているなど、絶対に本人達には言えない。
「まぁあれだ、寝て起きたらこうなってたんだ。また寝て起きたら元に戻ってるだろ」
「そ、そんな簡単に戻るかなぁ……」
「戻るって。トムさんもそう思いません?」
「あ? あぁ、まぁな」
何の話かまったくわからないまま返事をしてしまったのも、本人達には言えない。
「あと、バレねぇようにしねぇとな」
静雄の言葉には頷いた。二人が入れ替わっているなど誰かに知られたらどうなるか。静雄は池袋では有名だ。入れ替わったのかどうか見たくて人が殺到するかもしれない。もしかすると喧嘩を吹っ掛けられるかもしれない。今が静雄に勝つチャンスだと思った輩が来る可能性もあるのだ。
だが、一番恐れなければいけないのは臨也の存在だろう。
ちらりと目の前でコーヒーを飲むの姿をした静雄を見る。静雄は気付いていないようだが、臨也の存在は厄介だ。もしこの事が知られたら――。そう考えるだけでぞっとする。何が起きるか想像出来ないからだ。最悪な方向に利用される事だけは間違いないだろうが。
はミルクティを口にする。紅茶のほろ苦さがミルクでまろやかになってとても美味しい。これからどうすればいいかなどの不安も和らいでいくような気がする。このまま何もなければいいのに、と思ったときだった。
「……嘘」
手に持っていたはずのミルクティは地面に落ち、コンクリートを濡らした。
「ん? どうした?」
「え!? あー、えーっと、何でもない! 何でもないよ!」
「……何でもねぇように見えねぇんだけど」
「ちゃん、どうし……」
の視線の先には、今もっとも会いたくない人物が歩いていた。思わずとトムは目を合わせる。二人が思っている事は同じだった。
「さーて、そろそろ次行くか!」
「……トムさん? どうしたんすか、そのキャラ」
「な、何言ってんだべ?」
「そ、そうだよ! トムさんはいつものトムさんだよ!」
「……、お前もどうしたんだ?」
「うわ、今日の俺はついてないなぁ」
とトムはこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
「……あ?」
そんな二人に気付かない静雄は聞こえて来た声に一気に不機嫌になる。
「やぁ、ちゃん」
笑顔で手を上げ、の姿をした静雄に声をかける男。情報屋、折原臨也。
言っておくと、彼は今の静雄との状況を知らない。知らないからこそ、の中にいる静雄に笑顔を向け、堂々と声をかける事が出来るのだ。臨也としてはに声を掛ける事で静雄に対しての嫌がらせになるだろうと考えて行動しているのだが、間違えてはいけない。
今の静雄は、の中にいる。焦りの表情を浮かべている静雄の中にはがいるのだ。
十分な嫌がらせだとは思う。だが、臨也が考えている嫌がらせとはまったく違った嫌がらせになっている。それに気付かないまま、臨也はいつもの調子で言葉を紡いでいく。
「可哀想にねぇ。せっかくの休日なのにシズちゃんに仕事場まで来させられてさぁ」
「てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇなぁ」
「……ちゃん?」
――こ、これは……。
怒りで先程自分が言った言葉すら忘れてしまった静雄と、いつものとは違うと笑顔から一変して真顔になる臨也。辺りの空気も重くなり、とトムが『息苦しい』とさえ感じる程。
「話し方、シズちゃんに似てるね」
「似てる? 何言っ」
「あー、あれだ、えーっと、その……」
暴れる静雄、いや、の姿をした静雄をおさえる。腕の中で必死に手足を動かす静雄は、やはり身体がのものだからだろうか。普段とは考えられない程力が無い。逆に困ったのはだ。静雄の身体ではどこまで力を入れても大丈夫なのかいまだにわかっていない。腕の中にいる静雄は苦しくないだろうか、痛くないだろうか。そんな事を考えながら目の前で不審なものを見る目つきで立っている臨也を見る。
「んー! んんんんんー!」
「お、落ち着いて」
「……ちゃんもおかしいと思うけどさ。いつもおかしいシズちゃんは更におかしいね」
「そ、そんな事は、無い! いや、ねぇ!」
「はははっ! いつもおかしい、って言う部分は否定しないんだ!」
――だ、駄目。何をどうやって言えばいいかわからない……!
何を話せばいいのか。静雄の普段の話し方に慣れていない為、無理に話そうとするとボロが出る。ボロが出ないようにはどうすればいいのか、と悩んでいると口ごもることしか出来なかった。
そこに助け舟を出したのはトムだった。
「ちゃん、変な輩に狙われるから静雄みてぇな口調を練習してんだよ」
「そんな事をして意味があるわけ?」
「相手を威嚇するには十分だと思うべ?」
「俺はそうは思わないね。相手の関心を買うだけだよ。考えてもみなよ、シズちゃんの口調だよ? あのシズちゃんの。考え直すべきだよ」
――わかってた事だが、口じゃ勝てねぇな……。
相手はあの情報屋。一筋縄ではいかない。
困った、と言った表情を浮かべていると、臨也はとても楽しそうに口角を上げた。
「変な輩に狙われてる、ねぇ……」
「な、何が言いたいんだ?」
「何て事無いよ。ただ、今のその光景が、変な輩に狙われてるように見えるなぁって思って面白く感じただけ」
「……臨也ぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと!?」
おさえつけていたはずなのだが、臨也への怒りを力に変えた静雄はの腕の中から飛び出した。
「さっきから黙って聞いてたらよぉ……随分好き勝手言ってくれるじゃねぇか……。あぁ!?」
「言論の自由は保障されてるからねぇ。言いたい事を言えるようになってるんだよ、シズちゃん」
「てめぇみてぇなノミ蟲野郎に言論の自由なんかあるわけねぇだろ!」
殴りにかかるが、その拳は臨也に易々と受け止められてしまう。
「しかし面白いね! シズちゃんとちゃん、入れ替わってるんだ!」
――やっぱり気付かれてた……。
先程、の姿をしている静雄に向かって『シズちゃん』と呼んでいた。それに何ら反対せずに言葉を返していたのだから、臨也の中でと静雄が入れ替わっている事が確定されてしまったのだろう。
だが、静雄は既にそんな事はどうでもよくなっていたらしい。入れ替わりが『面白い』と言われた事に更に感情を逆撫でされたようだ。
「……てめぇ、それの何が面白いんだ!」
「面白いさ。だってさ、入れ替わりが実際にあるんだったら、明日もしかしたら俺とちゃんが入れ替わってるかもしれないし」
その言葉を聞いて、静雄の表情が真顔になった。
――臨也と、が……入れ替わる?
想像しただけで苛立ちが増す。
「ふざけんなあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁ! んな事あってたまるか!」
「おー、怖い怖い! ただ可能性の話をしただけなのにさ! あはははははははははは!」
「てめぇ! 待ちやがれ臨也ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!」
いつものように臨也を追いかけていく静雄。ただいつもと違うのは、の姿をしていると言うところ。
「……こりゃ噂になるべ」
「……折原臨也を追いかける女子高生、みたいな感じですかね」
目立ちたくないから静かにしてようと決めたのは誰だったか。は肩を落としてため息をついた。
おまけ
「……わりぃ」
「セルティ、新羅さん、遊馬崎さん、狩沢さん、竜ヶ峰君、正臣君、杏里ちゃん……」
メールが来た順番に読み上げて行く。皆同じ内容だった。
「あ、また別の人から来たよ。『臨也をもの凄い形相で追いかけてたが、何があったんだ?』だって」
「……すいません」
「もう! 静雄さんの馬鹿! 馬鹿馬鹿ぁ!」
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