「おい、!」
「何? どうしたの?」
「いいから早く!」
を呼ぶ静雄の声はどこか嬉しそうだった。何か良い事でもあったのだろうかと、は洗濯物を干す為にいたベランダからリビングへと向かった。
すると、そこには『はいはい』をする可愛い愛娘の姿と、娘と同じように四つん這いになって喜ぶ静雄の姿があった。
隣にいる静雄を真似するように、娘は慣れない『はいはい』で少しずつ前に進んでいる。
「ほら、お母さんの所まであと少しだぞ! 頑張れ!」
「お、おいで! お母さん、ここだよっ!」
ふらふらと揺れつつも、娘は母親であるの所まで行こうと一生懸命短い手足を動かしている。あと少しでの所だからだろうか、娘はとても無邪気に笑っていた。
「頑張れ、あと少しだよ!」
「無理すんなよ、ゆっくりでいいんだからな!」
父親と母親の声援を受けて、娘はが伸ばしていた手に触れる。
「よくやったね! えらいえらい!」
「頑張ったな! やれば出来るじゃねぇか!」
辿り着いた娘をは抱き締めた。静雄も娘の頭を撫でている。娘も嬉しいのだろうか、手足を動かして笑っていた。その姿がまた可愛くて、二人は笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。写真撮らないとな」
娘が生まれた後から、二人はたくさんの写真を撮って来た。
初めて娘を抱き上げた時の写真。初めてミルクを飲んだ時の写真。娘が初めて何かした時や、娘と初めて何かをした時は、必ず写真を撮るようにしている。
とにかく娘が可愛くて仕方が無かった。二人にとって、毎日が記念日の様なものだ。そして、そのときの感動を忘れないようにと写真を撮るようにしている。娘が成長し、大きくなったときに、このときの感動を伝える為に。二人にとって、娘は宝物だった。
「しかし、本当によく頑張ったな。えらいぞ」
「もうすぐ立ったり出来るかもね」
「そうなると、階段とかは気をつけねぇとな。落ちると危ねぇし」
「そうだね、目を離さないようにしないと」
娘は娘で『はいはい』が出来るようになった事が本当に嬉しいようで、今度はの膝から静雄の膝まで移動するのに『はいはい』をして移動した。
「おー、よく来たな! ほら、たかいたかい!」
とても楽しいのだろう、小さな子供特有の笑い声をあげている。
「目元とかお前に似てきたな」
「そうかな? あ、でも寝顔は静雄さんに似てるよ」
「俺の寝顔ってどんなんだ?」
「うーん……一言で言うと、幼い?」
「……は?」
ふにふにと柔らかい頬をつつくと、くすぐったそうに身を捩る。
「本当、可愛いな」
「ね、可愛いね」
移動手段を覚えた娘は、いろんな所へ忙しなく動く。その様子を見ていると、の手の上に静雄の手が置かれた。すぐ隣にいる静雄の顔を見ると、こつんと額と額が合わさった。近い距離に顔に熱が集中するのがわかる。
「おい、顔赤いぞ」
「だ、だって! ……近いから、その、緊張するって言うか……」
「ははは! いい加減慣れろって。……なぁ」
「ん?」
「いや、あのさ……、幸せ、か?」
突然の質問に驚いた。目を丸くしていると、きゅっと少しだけ強く手を握られる。
「……幸せだよ。大好きな静雄さんが傍にいてくれて、可愛い可愛い子供も傍にいてくれて。毎日が幸せ」
「そっか……。良かった。俺もさ、幸せだよ」
「本当?」
「当たり前だろ。がいて、あいつがいて、これで幸せじゃねぇって言う奴はいねぇよ」
――顔赤い。照れてるんだなぁ。
照れくさそうに、それでもとても嬉しそうに表情を綻ばせる静雄。つられて微笑んでいると、の顔を包むように静雄の手が頬に触れる。
久々だと思った。次の行動はわかっている。少しだけ緊張しながらは目を瞑ると、唇に静雄の唇が重なった。
触れるだけのキス。少しだけ距離をあけ、もう一度静雄が口付けようとした時だった。小さな声を出して娘が二人の間を割るようにして入ってきたのだ。
「あーぅ」
見事二人の間に入れた娘は、の膝の上に乗って髪の毛を引っ張った。どこか目が輝いているように見え、何か嬉しい事でもあったのだろうかと娘に顔を近づけた。
「んっ」
「お、おい」
どこで覚えたのだろうか。娘は近づいてきたの唇に自分の唇を押し当てた。
「……さっきの、見てたのか。それで覚えたのか」
「そ、そうかもしれない……」
何でもすぐに覚えてしまう娘にはとても感心するが、まさかキスまで見て覚えてしまうとは思っていなかった。その衝撃に二人で顔を見合わせていると、今度は静雄に先程と同じように唇を押し当てた。どうやら、意味はわかっていないが、こうして唇を押し当てる事が楽しくなっているようだった。
「まぁ、俺達だけになら良いけどな? ……可愛いし」
「あはは! そうだね!」
――後日。娘を連れて三人でセルティと新羅が住まうマンションへ遊びに出掛けた。
『大きくなったね! ……抱っこ、してもいい?』
「いいよ、抱っこしてあげて!」
セルティの腕の中で楽しそうにはしゃぐ娘の姿に笑みを浮かべていると、いつの間にかヘルメットに手をやっていた。
――あ。
『え、え、えぇぇぇえぇえぇ!?』
ヘルメットに唇を押し当てて無邪気に笑う娘。キスのようなものをされたセルティはひどく慌てていた。
『ご、ごめん! 本当にごめん! 私がファーストキスの相手になっちゃった……!』
「あ、えっとね、セルティ。この子……最近、こうやって誰かにキスするのがとても楽しいみたいなんだ」
『へ?』
「俺らもされたし、まぁ……可愛いからついさせちまうんだよなぁ」
「そうそう、でもまさか私達だけじゃなくて他の人にもキスしちゃうなんてね」
『そっか、そういう事だったのか。……それにしても、可愛いね。でも、キスなんてどうやって覚えたの?』
「あー、何っつーか、それは……」
自分達がキスをしているときに見ていたらしく、それで覚えた――など言える筈も無く、静雄ももどういう風に説明しようか迷った。すると、いつの間にか現れた新羅がセルティから娘を受け取り、抱き上げた。新羅に高く持ち上げられ、とても楽しそうに笑い声をあげている。
「可愛いでちゅねー! ……大体予想はついてるよ? 大方、君達がいちゃついててキスでもしてるところをこの子に見られちゃったってところでしょ?」
『え、そうなの?』
「……誰にも言うなよ、それ。くそ、何でわかったんだよ」
「こんな小さい子は、真似するのが大好きだからね。この子が真似する対象と言えば、君達しかいないだろ? じゃ、僕にもキスをいたたたたた! 静雄、痛い!」
「セルティはいいけどお前は駄目だ」
「冗談だろ! 僕がセルティ以外の女性とキスするとでも思ったのかい!?」
そんなところでのろけるなと更に静雄からの攻撃をくらい、新羅は悲鳴をあげた。
『おい、二人ともやめろ! この子に悪影響だろ?』
セルティのPDAに映し出された文章にそれもそうだ、とぴたりと動きを止める。本気でやっているわけではないが、それでも何かしらの影響は受け、キスのように真似をしてしまうかもしれないと思ったからだ。
「静雄、変わったね」
「何がだよ」
「丸くなったよ。あと、すっっっっごく優しくなった」
「そ、そうか?」
新羅の言葉に照れる静雄。言われてみればそうだとは密かに納得していた。
まず、仕事で暴れる事が極端に少なくなった。臨也の姿を見ても追いかけないようになった。結婚してからそうなったのだが、娘が生まれてから更に新羅の言葉通りになったような気がする。夫になる、父親になる、と言う意識が、静雄の中に生まれたからかもしれない。
「……あ! また歯が一本生えかけてる!」
「本当か! よし、カメラで撮るぞ!」
そんな二人の光景を見て、新羅はため息をついた。
「あと、親バカになったね、うん」
『いいじゃないか、幸せそうで』
「おい、お前らも見ろよ! また一本生えたんだ!」
「早く早く! あ、そうだ! セルティと新羅さんも一緒に写真撮りましょう!」
こうして五人で撮った写真は、今も平和島家のアルバムの中に入っている。
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