※長編・短編の夢主です。来良学園を卒業して、短大に通っています。
煙草を銜えながら、夕食の後片付けをしているの後姿を眺める。以前、静雄がに「手伝おうか」と声をかけると「これは私の仕事だから」と言われたため、こうしての後姿を見るのが日課となっていた。
しかし、静雄としては何か手伝いたい。そわそわと身体を揺らし、を見る。
――少しぐらいは、何っつーか…甘えてくれてもいいんじゃねぇのって言うか…。
銜えていた煙草を灰皿の上に置き、口を尖らせた。
――こいつ、まだ俺に『住ませてもらってる』って思ってんのか?
が静雄のマンションで一緒に住むことになったときのことだ。『住ませてもらう』のだから、家事全般は自分に任せてほしいと言ってきた。そのときは何も思わなかったが、今思うと不思議な話だと思った。静雄自身、を『住ませてやっている』つもりはない。寧ろ『これからも一緒に住んでほしい』と思っている。
と言うよりも、と離れて暮らす生活が想像できなかった。それほどまでに、静雄の中でと一緒にいることが当たり前になっていた。
――まぁ、は来良卒業したら帰るつもりだったらしいけどよ…。
今は来良学園を卒業して東京にある短大に通っている。その短大は、このマンションからも通える距離にある。
――迷惑がかかるとか何とかって言ってたけど、俺は気にしてねぇのに。……あれ。
そこでふとあることに気付いた。たらりと汗が伝う。
――俺自身、に何も言ってねぇじゃねぇか…!
平和島家に帰ろうとするを引き止めたときもそうだった。このマンションに来たときよりも多くなってしまった荷物を片すのは大変だろうと言って止めただけだった。
以心伝心と言う言葉があるが、世の中そう簡単にうまくいかないと痛感する。
――言わねぇと伝わらねぇって言うなら、言うまでだ。
「、何かすることねぇ?」
に声をかける。食器を洗っているは、背中を向けたまま答えた。
「いいよいいよ、座ってて」
「いつもお前ばっかりじゃねぇか」
「それは私が好きでやってるわけで…」
は中々折れない。だからと言ってここで引き下がるわけにもいかない。行動に移してしまえば何も言わないだろうと、静雄は立ち上がっての隣に立つ。
「え?」
「食器、拭いてく」
タオルを手に取り、濡れた食器を丁寧に拭いていく。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
ここまでは静雄の計画通り。問題はここからだ。
――どのようにして、静雄が思っていることをに伝えるか。面と向かって言葉にしようか悩んだが、いざ言うとなるととても恥ずかしい事実に気がついて断念した。
ならばどうするか。どのようにして伝えるか。――そこで、静雄はあることを思い出す。数年前、狩沢と遊馬崎があるアニメの告白シーンが感動的だとはしゃいでいたことがあった。
――あのときはあいつらうぜぇって思ってたな。けど、確かあれって…。
横で食器を洗うを一瞥し、少し悩む。
狩沢と遊馬崎の二人が言っていたアニメの告白シーンは、所謂プロポーズ。しりとりでプロポーズをすると言うものだった。途端、静雄の顔に熱が集中する。
――いや、でも、結局は同じなんだよな……ずっと、一緒にいてぇって思ってるんだから。
いつかは言おうと思っていたことなのだ。それが少し早くなっただけ――。そう思うが、やはり緊張から鼓動が速くなる。もしかすると、に聴こえているのではないかと思うほど、鼓動が大きく聴こえた。
唾を飲み込み、に話しかける。――しりとりをしないかと。
「なぁ、」
「何?」
「しりとりしねぇか」
「…え?しりとり?」
静雄から出た単語に驚く。それもそうだ、しりとりなどここ何年もやっていない。それをいきなり言われて戸惑うのは自然なことだ。
恥ずかしさを隠しつつ、自分から始めてしまえばものってくるだろうと、静雄はまずしりとりの『り』から始めることにした。
「りんご」
「え、え!?いきなり!?えーっと…ご、ゴリラ」
「ラッパ」
「パンツ…あ、違う!パンダ!」
「お前、パンツって…」
パンダよりも先に下着が出てくるかと笑みが零れる。少しだけ緊張が解れた。そして、とのしりとりを順調に続けていく。
内心、不安と期待が混じり合っていた。断られたらどうしようか――。だが、言葉を口にした後のの反応も気になる。複雑だなと思いつつ、とある文字が回ってくるのを待っていた。その文字が最後になる答えを言わせようと静雄も考えてしりとりを続けるが、中々うまくいかない。
――焦るな。焦るな俺。……いつかは来るんだから、そのときまでしりとりを続ければいいだけの話だ。
「じゃあ…ダチョウ!」
「馬」
「マイク」
「車」
「また『ま』…」
「お、降参か?」
静雄の言葉にはむっと頬を膨らます。
「降参なんかしないよ!ま、ま……毬」
「理科」
「うーん、『か』だよね…」
悩みながらは洗い終えた食器を静雄に渡した。そのとき、ふと自分自身の黒い髪の毛が目に入った。の中で何かが閃く。
「髪の毛!」
「け…え、『け』?」
「そうそう、『け』だよ!あれ、降参?」
――降参なんかするわけねぇだろ。この馬鹿。
静雄は拭いていた食器を食器棚に並べ、再びの隣に立つ。先程とは打って変わって、何故か落ち着いている自分自身を不思議に思ったが、静雄は答えるために一息置いて口を開いた。
「――結婚、しよう」
聴こえるのは、流し台についている蛇口から流れる水の音。も静雄もただ動かずに黙ったまま。
そんな二人の間に流れる沈黙を先に破ったのはだった。
「…い、今の」
の声が震えていることは静雄にもわかった。――静雄自身、手が震えていることも。
かつてないほどの緊張に、苦笑を浮かべる。そして、も自分と同じくらい緊張をしているのだろうと思った。はどこかおぼつかない手で、いまだ水を出し続けている蛇口を閉めていた。
静雄はに続きを促した。もちろん、緊張を押し殺して。
「次、お前の番だろ」
「私の番って…」
「返事、欲しいんだけど」
「…っ!」
が息を呑んだのを聞いてから、静雄は拭き終えた食器を片そうと再び食器棚へと移動した。かちゃん、と食器と食器がぶつかった音が響いたとき、背中にとんっと何かが当たった。
頭だけを後ろに向けると、が静雄の服を掴んでいた。
「――うん」
小さな声で、はしりとりの続きを、先程の返事を答えた。
「い、今何て…」
――聞き間違いじゃ、ねぇよな?
聞き間違いでないと思いたい。そう思って静雄はに訊き返すが、は顔を真っ赤にして怒った。もちろん、それは照れから来た怒りである。
「もう!返事欲しいって言ったの、静雄さんだよ!」
このしりとり、私の負けだね。とは照れくさそうに微笑んだ。
「ははっ…」
「どうしたの?」
感極まったのか、静雄はを抱きしめた。首筋にあたる静雄の髪の毛がくすぐったく、少しだけ身を捩ったが、も静雄の背中に腕を回した。
「嬉しいんだよ、俺は。本当、今までにないぐらい嬉しいんだ」
少しだけを抱きしめる力を強くする。もう離さないと。
「絶対にお前のこと幸せにするから」
が今でも幸せだと思っていることを静雄は知らない。それでも、自分が持っているもの全てでを愛し、幸せにしてやりたいと心から思った。
――愛してる、。
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