※静雄と付き合っている設定でお読みください。




 引っ張られる腕が痛い。相手の歩く速さに合わせて足を動かしていると、もつれそうになる。
 自分の斜め前を歩く男――静雄を見た。からは顔があまり見えないが、身に纏っている空気には怒気が含まれており、声をかけることすら憚れる。それよりも、何と声をかければいいのかすらわからなかった。静雄がこのように怒ってしまっている原因の一つに、が関わってしまっているからだ。
 視線を少し下げると、静雄が着ているバーテン服が目に入る。だが、そのバーテン服には血がついていた。もちろん、静雄の血ではない。静雄の逆鱗に触れてしまった人間達の血だ。――つまり、返り血。はそこから視線をずらし、徐々に見えてきたマンションの方に目を向けた。
 ――帰るのが怖い。そう思ったとき、同時に身体が震えるのが分かった。




 二人とも無言のまま帰宅。静雄に掴まれていた腕は、リビングに入ったときに解放された。制服の上からでは見ることは出来ないが、それでも赤くなっていることは容易に想像できた。


「…なぁ」


 静雄はに背を向けたまま呼びかけた。感情がまったく籠っていない声に、は大きく肩を揺らした。


「俺、前にも言わなかったっけか」

「…ご、ごめんなさ」

「あー、いや…よく考えるとは悪くねぇな。ちゃんと俺との約束守ってくれようとしてたんだしよぉ」


 ――悪いのは、あいつらだよな。


 今まで感情が籠っていなかった言葉に、ここで初めて感情が籠った。溢れる感情を抑えようとしていることも伝わってくる。


「そういやぁ…何で止めたんだ?止める必要なんてどこにもなかっただろ」


 ようやく静雄はの方に身体を向けた。明りの点いていないリビングでは、真っ暗で表情はわからないが、それでも静雄が今無表情でを見ていることはわかった。
 これなら、怒っているときに浮かべる笑みのほうがよっぽどマシだと思った。先程からの震えが止まらない。彼女は、静雄に怯えていた。
 そんな彼女に向けて、静雄は距離を縮めようと足を進めた。は後ずさりしようとしたが、身体が言うことを聞かない。


「なぁ、何でだ?何であのとき俺を止めた」


 ――あのとき。は頭の中で記憶を遡った。
 学校からの帰り道で、男に声をかけられた。それを無視して歩いて行くと、今度はその男の仲間に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。ある者は近づいてきてと肩を組んできた。ある者はポケットからナイフを取り出してちらつかせた。
 全員を伸してしまおう、身体を戦闘態勢に切り替えたときだった。
 ――後ろから静雄が現れたのは。
 彼らが知っている静雄は、こめかみあたりに血管を浮かべて口元だけ笑っている静雄だろう。だが、今この場にいる静雄は、無表情という言葉がとても似合う。
 気がつけば彼らはその場に倒れていた。これで終わりかと思いきや、倒れている男達に容赦ない蹴りを繰り出していた。


「やめて!もうやめて!お願いだから…もう…!」


 の声で我に返ったのか、静雄は少し肩を上げて振り向いた。
 ――そして、今に至る。


「わかってんだ…わかってんだよ、あのまま続けてたらあいつら死んでたってよ。
 でもよ…止まんねぇんだ。お前に触れてる奴、お前を見てる奴。全員ぶっ飛ばしてぇってなる…」


 まであと一歩というところで、静雄は歩みを止めた。自身の両手を見つめ、切なげな表情を浮かべている。


「最低だよな、俺は…。今も、お前を閉じ込めて、誰にも触れさせないようにしてぇって思うんだよ」


 閉じ込めたい、閉じ込めたくない。その葛藤が静雄の中にあるのだろう。には、その葛藤で静雄が苦しんでいるように見えた。


「惨めだよな、あぁ、自分でも惨めだと思う。それでも…止まらねぇ。
 怖いんだ、俺は怖いんだよ。俺から離れていくんじゃねぇかって。他の奴のところにいくんじゃねぇかって。その結果がこれだ…。俺は、を縛りつけようとしてる。俺自身から離れられねぇように」


 ――少し前に、セルティに話したことがあった。静雄がたまに怖くなる、と。


『…まぁ、静雄の気持ちは理解できるかな。
 私も新羅と他の女性が抱き合っていたりしたら嫌だし、仲良さそうに話してるのも嫌だし、私以外の他の女性…あぁ、そうだなぁ、新羅の場合は他の首無しの女性かなぁ。そんな女性が居るとしてそれでも…私だけを見てほしいって思ったりすることあるよ。
 静雄の場合、うまく感情がコントロール出来ないんじゃないかな?』


 セルティはそう言っていた。正しくその通りなのだろう。
 彼は、静雄は、自分の中の感情をコントロールすることが出来ず、ただぶつけることしか出来ない。


「嫌だよな、こんな俺は。でも、傍に居てほしい。居てほしいんだよ、俺は」


 ストレートにぶつけることしか出来ないのなら、それを受け止めるのも自分の役目なのではないかとは思う。


「そのためなら俺は、何だってする。…何だってな」


 そう言って、静雄はを抱きしめた。も静雄の背中に腕を回す。


「…いる、いるよ。静雄さんの傍に、ずっと、いる」


 ――閉じ込められてもいいかもしれない。ずっとずっと、貴方が傍にいてくれるのなら。


 そう思う私も、きっと静雄さんがいないと生きていけない身体になったんだと思う。







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