――お弁当のおかず、余っちゃった。
は二人分の朝食を用意しつつ、昼食である自分の弁当を作るのが平日の日課だ。毎回パンなど購買で買ったり、食堂で食べたりするのも有りなのだが、料理の腕も上げたいとの思いからいつも弁当を作っていた。
今日も弁当を作っていたのだが、材料を多めに買ってしまったせいか、おかずが余ってしまった。捨てるにはもったいない。だが、もう自分の使用する弁当箱には入りきらない。
考えた結果、は食器棚からもう一つ弁当箱を取り出し、そこに詰めていった。
「これでいいかな?あとは朝ご飯の準備だけだね」
テキパキと朝食の準備をこなしていく。今日の朝食はサンドイッチだ。
用意が出来たあと、静雄を起こすために部屋に行く。ドアの前に立ち、三回ほどノックをした。
「朝だよー」
「…ん、起きる…」
――起きる、と返事は返ってきたが、実際に静雄が起きてくるのは少し経ってからだ。
これはいつものことなので気にはしていない。もその辺をきちんと考えて静雄を起こしているので、今まで仕事に寝坊で遅刻するということは一切無かった。
は先に朝食を取る。静雄の分は乾燥を避けるためにラップをかけておいた。
「ごちそうさま!よし、後片付け!」
手早く終わらせ、学校へ行く準備をする。今日は時間が無いため、部屋の掃除は帰宅後にする予定だ。
そのあと、小さめの紙袋を用意し、置手紙を書き始めた。まだ眠っている静雄に宛てたものだ。書き終えた後、弁当箱を綺麗に包み、紙袋に入れた。近くには置手紙を添えて。
それらが終わったあと、もう一度静雄の部屋のドアの前に立ち、声をかけた。
「じゃあ私学校に行ってくるね」
「ん…気をつけろよ…」
「行ってきまーす」
ローファーを履き、は家を出た。
――が家を出てから十分程経った頃、ようやく静雄が部屋から出てきた。伸びをしながらリビングに入ると、きちんと朝食が用意されていた。これはいつもの光景なのだが、何かが微妙に違うことに気付いた。
そう、紙袋が近くに置いてあるのだ。よく見ると、置手紙も添えてある。
「何だ?」
ソファーに腰を下ろし、置手紙を手に取る。用意されているサンドイッチを食べながら置手紙を読むことにした。
「『お弁当のおかずが余ったので、お兄ちゃんにお弁当作ってみました!』…ってことは、この袋に入ってるのがそれか?」
紙袋の中身を確認すると、確かに弁当箱が入っていた。
――よく考えると、あいつに弁当とか作ってもらったのは初めてだよな。
基本的にが家事や炊事を担当しているため、料理などはいつも食べてはいるのだが、弁当を作ってもらったことはなかった。というよりも、手間がかかるだろうと断っていたのだ。そのとき、が残念そうにしていたのを覚えている。
このときのことをセルティに話すと『お前は乙女心がわかっていない』と呆れられた覚えもあった。実際、そういうことには疎い。何故呆れられたのかもわかっていなかった。
「っと、もう行かねぇと遅刻するな」
立ちあがり、準備をする。どこか嬉しそうな自分がいることに気付いたのは、髪などを整えるために鏡を見たときだった。
――どうやら、俺は相当嬉しいみたいだ。
静雄がそう自覚したのは、上司である田中トムと仕事を行っていたときだ。普段ならイラつくことですら、今日はすんなりと許せてしまう。それでも多少暴れはしたのだが、普段と比べるとかなり少ない。隣で居るトムは事情を知らないが、それでも静雄の機嫌が良いことだけはわかっていた。
午前中の最後の仕事終え、二人は事務所へ向かって歩いていた。時刻はちょうどお昼時。
「昼飯行くか?」
「あー、今日はあるんでいいっす」
「あるって?」
「あいつが…あ、いや、が作ってくれてたんで」
「ちゃんが?」
トムとは面識がある。つい最近も学校帰りのと偶然会い、学校の話などを聞いた。
しかし不思議だった。今までが昼食を作って静雄に渡すことなどなかったからだ。そんな疑問をトムが抱いているのがわかったのか、静雄は照れくさそうに言葉を続けた。
「何か今日はいろいろ余ったみたいで、ついでっすよ」
「それでもやけに嬉しそうじゃねぇか」
「そうっすか?」
事務所への階段を上がり、中に入る。
静雄が外食しないのならと、トムは事務所にあるカップ麺を手に取り、湯を入れた。
「お、それがちゃんの弁当?」
カップ麺を片手に、トムは静雄の向かい側のソファーに座る。
静雄が机の上に広げているのは、もちろん今朝が作った弁当だ。
「あいつの作る料理は毎日食べてるんすけど、弁当になるとまた違いますね」
「いや、俺はちゃんがどんな料理作ってるのか知らねぇからわかんねぇべ」
カップ麺が食べ頃になるまであと二分と少し。トムはソファーの背もたれに背中を深く預けた。
――何て言うか…新婚さん見てる気分だな。
こう見えて、トムと静雄の付き合いは結構長い。静雄を見ていて気付くことなどいくらでもある。
そのうちの一つが、のこと。本人は否定するだろうが、静雄がどう言った目でを見ているか気付いていた。だが、まだ静雄本人が自覚をしていないのが問題だ。今本人に「お前ちゃんのこと好きだろ」と言ったとしても、不思議そうな顔をするか「家族だから当たり前じゃないっすか」と返してくるだろう。
このまま自分で気付くのを待つのもいいが、最近は他の男とが話しているだけで機嫌が悪くなることが多い。
――幸運にも、今日の静雄は機嫌が良い。これが最初で最後のチャンスだとばかりに、トムはの話題を出した。
「そういや最近、ちゃんが来良の子と一緒に居るところ見たな」
それも、男。と付け足すと、静雄の表情が少し変わった。その反応を見逃さなかったトムは本題に入った。
「…そろそろ気付いてもいいんじゃねぇか?自分が他の男に嫉妬したりしてるってことによ」
「嫉妬、ですか」
「確か、ちゃんは小さい頃に両親を亡くしてお前の家に引き取られたんだっけか。まぁそのときから家族として接して過ごしてきたのなら自分の気持ちに気付きにくいってのもあるだろうな。
だがよぉ、お前も良い大人だべ。そろそろ自覚したらどうだ?
――好きなんだろ、ちゃんが。家族としてはもちろんだろうが、それ以上に一人の女としてよ」
――すぐに否定しようとした。が、言葉が出なかった。
今思い出すと確かにそうだった。が他の男と話しているのを見るとイライラする。そして何よりも、トムに言われたことが全て当たっていたからだ。
「年の差とか気にしてんならそれは間違ってるな。うん。でもまぁ、そんなことよりも問題なのがお前の中にあるんだろうけどよ」
それも当たっていた。年の差はまったく気にしていない。
――問題なのは自分自身。それだけだ。
今まで気付いていたのに気付かないフリをしていたのも、静雄自身が自分のことを好きになれなかったからだ。こんな自分が、を好きでいていいのだろうか。もしかすると、この力でを傷つけてしまうのではないだろうか。たくさんの不安が静雄の中にあり、それらが邪魔をしていた。
「お、やっと自覚したみたいだな」
「自覚したと言うか…まぁそうですけど…。
何て言うか、自覚したとしても俺自身が変わらなくちゃ何も出来ないんですよね。それは、わかってるんですけど」
「まぁ自覚しただけ良いだろ。自覚無しに嫉妬される男のことも考えてやれよ?かなり怖いぞ」
トムはそう言うが、自覚しただけで良いのだろうかと静雄は思う。
その疑問の答えは出ないまま、午後の仕事を終わらせ、が居るであろう自宅へ帰宅した。
「お帰り!お弁当どうだった?」
「あ、あぁ、うまかった」
「そっか、良かった!」
静雄から紙袋を受け取り、空になった弁当箱を洗う。
その後姿を見て、静雄は自分の掌を見た。そして、またの後姿を見る。
――抱きしめたい。でも、そうするとは壊れちまうかもしれねぇ。
「お風呂沸いてるし、入る?」
「そうだな、入ってくるわ」
「ん、いってらっしゃーい」
「おう」
動かなくては何も始まらない――そうわかっていても、動くことが出来ない自分に苛立たしさと情けなさを感じる。
深いため息をついて洗面所へ向かおうとすると、後ろからに呼び止められた。
「元気無いけど、風邪?大丈夫?」
「風邪じゃねぇから心配すんな」
「ふーん…ならいいけど、無茶しないでね?」
「わかってるよ」
心配するに自然と笑みが零れる。――こんな笑みを浮かべることが出来るのかと静雄自身驚いた。
今なら少しだけ、触れることが出来そうな気がする。そう思い、静雄はの頭にそっと手を置いた。そして、優しく撫でてやる。
「子供扱い禁止ー!」
「ガキのくせに何言ってんだよ」
――もっと、触れてみたい。
そう思ったが、やはり自分の中の不安がそれを拒む。
自覚してから気付く。この関係のまま居るのは苦しいと。不安とのジレンマに、今はため息をつくことしか出来ない静雄だった。
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