「…あれ、お前って眼鏡してたっけ」


 静雄が家に帰ってくると、何故かが眼鏡をかけていた。今までが眼鏡をかけてたことなどあっただろうかと記憶を遡るが、そのような記憶は無い。それ以前に、目が悪かったのかすらわからない。


「え、たまにかけてたよ?」

「…見たことねぇけど」

「あー…かけてるのは大体宿題やってるときとか授業中だから、静雄さんは見たことないんじゃないかな…?」


 話を聞いていると、特別目が悪いわけではないらしい。ただ、たまに見えずらいときがあるらしく、そのときは眼鏡を使用しているとのこと。眼鏡をかけるときが限られているため、静雄は見たことが無かっただけだった。
 しかし、と静雄は眼鏡をかけて宿題をするを見る。かけている眼鏡は最近のファッションメガネだろう。シンプルなデザインで、にとても似合っていた。そう、似合っていたからこそ、静雄は心中で少し残念な気持ちになっていた。いつからかけ始めたかは知らないが、今の話を聞いている限りでは、かなり前からかけていただろう。周りの人間はが眼鏡をかけることをそのときから知っていたことになるが、静雄は今知ったわけで。それが少し不服だった。


 ――眼鏡があるのと無いのとで人ってかなり印象が変わるんだな。


 不貞腐れながらも、眼鏡をかけているときのとかけていないときのを比べてみる。
 かけていないときのは、少し子供っぽく見えるのだが、眼鏡をかけているときのは、少し大人びて見える――ような気がした。


「んー!終わったー!…って、静雄さん、さっきからどうしたの?」

「どうしたって、何が」

「さっきから見てるから」

「あー、眼鏡だよ眼鏡。あるのと無いので印象変わるもんだなってよ」

「眼鏡で変わったりするんだ…。あ、じゃあかけてみてよ!」


 印象が変わる、と言われると静雄がどのように変わるのかが気になったのだろう。は自分がかけている眼鏡を外して静雄に渡す。
 サングラス以外のものをかけているところを見たことが無いは、胸を高鳴らせていた。
 受け取った眼鏡をしばらく眺めてから、静雄は自分がかけているサングラスを外し、胸ポケットにしまい込んだ。そして、の眼鏡をかける。少し度が入っているためか、目に違和感を感じた。
 に言われた通り眼鏡をかけたのだが、当の本人は口を開けて黙っていた。


「…おい、何か反応してくれねぇと困るんだけどよ」

「へ!?あ、いや、何ていうか…」

「何ていうか?」

「な、何でもないです!」

「あ?」


 ――こいつ、何も言わねぇ気か。かけさせといて何も言わねぇ気か。なるほど、そうかそうか。


 ――なら、意地でも言わせてやるよ。


 ソファーに座っていたを何も言わずに組み敷き、悪そうな笑みを浮かべながら、ずり落ちそうになる眼鏡をくいっとあげた。静雄は気付いていないが、その仕草には釘づけになっていた。


「眼鏡かけさせたの、誰だったっけなぁ…?」

「わ、私です…」

「かけさせて、はい終わり。何てのはおかしいと思わねぇか?」

「そ、そうですね…はい…」

「わかってんなら、何で何も言わねぇんだよ」

「だ、だって」


 それでも口籠るに少し眉を寄せるが、しばらくすると視線を彷徨わせながら口を開いた。


「そこまで、似合うとは思っていなくて…。何て言うか、これがきっかけでサングラスから眼鏡に変わると嫌だなぁって…」

「何が嫌なんだよ」


 似合うのなら別に眼鏡でも良いのではないかと思ったが、はそれは嫌だと言う。意味がわからない、と言う表情を浮かべていると、は渋々理由を話した。


「他の人が眼鏡かけた静雄さんを見るの、嫌」

「…言ってる意味がよくわかんねぇんだけど」

「…眼鏡、似合いすぎてるんだもん。かっこよすぎるよ、反則だよ。だから…誰にも、見せたくない」


 ――冗談じゃねぇよな…?


 の言葉に、喜ぶ自分が確かに存在する。自分の下に居る愛しい彼女が、普段見せない独占欲を見せているのだ。
 湧き上がる感情に身を任せようとする自分を、何とか理性で抑えつける。そんな静雄のことなど露知らず、は更に追い打ちをかけるかのように言葉を続けた。


「反則だよ…本当に反則…。今も恥ずかしすぎて見れないもん」

「――なら、無理矢理にでも見せてやるよ」


 え、と小さく声を上げたの唇を塞ぐ。少し開いた隙間から舌を入れ、逃げようとする舌に絡ませた。
 の意識がキスに向いている隙に、彼女の足に手を這わせる。その感覚には静雄の肩を叩くが、お構いなしに滑らせていった。


「ん、んんっ!」


 スカートの中に手を入れる寸前で、静雄はから顔を離した。それでも、お互いの顔は近い。
 息が荒く、顔を紅潮させているを見る。


「お、ようやく俺の方見たな」

「も、な、何で…!いきなりすぎる…!」

「言っただろ、無理矢理にでも見せてやるって」

「それなら、手!あ、あああ足に這わすの、よ、良くない!」

「あぁ、感じたってことか」


 さらりと言いのける静雄に、は更に顔を紅潮させる。
 その様子を見て何かを思いついた静雄は、の耳元に顔を寄せた。何だろう、とが視線を静雄の方にずらしたとき、耳に生温かいものが触れた。


「うぁ…!?」


 はびくん、と大きく身体を揺らし、静雄の肩を強く握った。の反応に気を良くしたのか、行為はさらに続く。


「あ、や、やめっ…!」


 ぴちゃり、と水音が聴こえたかと思えば、耳の中に侵入してきたのだ。その感触に身体が疼く。
 初めての経験に、は心の底から焦った。そして思った。自分は耳がとてつもなく弱いのだと。それは静雄もわかったようで、最後にの耳を甘噛みして顔をまたの前に戻した。


「お前、耳弱いのか。どんな反応するか気になったからやってみただけだったんだけどな」

「い、意地悪!」

「でも、気持ち良かったんだろ?」


 声で分かった、と笑みを浮かべる。実際その声で理性が崩れそうになり、更に行為を進めようとしていたのだから。
 その言葉に返す言葉が見つからないは、口をぱくぱくさせていた。
 これから耳でいじれるなぁと思っていたとき、ぐいっと襟元が引っ張られた。もちろん、引っ張ったのはだ。気を抜いていた静雄は引っ張られるがまま。


「おい、何――」


 は静雄の首元に唇を寄せた。そして、軽く吸い上げる。


「なっ…!」


 ――キスマーク、付けやがった…!


 唇を離し、してやったりと笑みを浮かべる。自分からは見えないが、どう考えても今の行為はキスマークを付けるためのもの。


「さっきの仕返しなんだからね。いつまでもやられっぱなしだと思ったら大間違いなんだから!」

「はっはー…そうか。ならお前にだってしてやるよ…!」

「へ?わ、私は別に――んっ!」


 敢えて目立つ位置にキスマークを付ける。それがわかったは抗議の声を上げた。


「本当に付けた…しかも…めちゃくちゃ目立つ位置…」

「お前が悪いんだろ、お前が」

「静雄さんが、さ、先に耳とかその、舐めたから…!」

「あ?」

「いえ、私が悪いです…」


 の言葉を聞いてから、今までかけていた眼鏡を外した。そして、にかける。
 やはり度が入っている眼鏡をかけていたからだろうか、目が少し疲れたような気がして目頭を押さえていると、もじもじと身体を動かしながらが話しかけてきた。


「…あの」

「何だ?」

「たまにでいいから、その、眼鏡…かけてくれる?」

「…言ってることめちゃくちゃだぞ。さっきまでかけるなって言ってたじゃねぇか」

「だから、私の前だけ!だ、だめ?」


 のお願いに首を横に振る理由が無い。だが、かけるとしてもの眼鏡は静雄には似合う似合わない以前の問題で度が合わない。例え短時間でも、今の様に目が疲れるのだ。
 それを言うと、は問題無いと嬉しそうに笑った。


「じゃあ、明日にでも買いに行こうよ!」

「これだけのために買いに行くのかよ?」

「こ、これだけのためとか言わないで!私にとってはすごい大きなことなんだから!」

「は?」

「眼鏡かけた静雄さんを、私だけが知って――って何でもない!き、気にしないで!」


 ――俺を喜ばすことばっか言いやがって。


 目の前で手をぶんぶんと振るの手を掴み、静雄は再びキスをした。







戻る