――早く来すぎた。


 今日は外で食べようと静雄からメールが来ていた。待ち合わせ時間は午後六時。場所はいつもの60階通り。
 この時間は人通りが多く、様々な人間がの前を通り過ぎていく。その中で目立ったのは、やはり黄色い布をどこかしらに身に着けている、黄巾賊の者達だ。少し前にブルースクウェアとの抗争で大人しくなったはずなのだが、最近また目立ってきているように思える。
 そんなも実は今とても目立っていた。何せ、制服姿のまま一人で立っているのだ。そして、派手な顔立ちではないが整った顔立ちをしている。制服はきちんと身に着けてはいるものの、短いスカートから見える細い脚が男性の視線を誘う。


「…あと、三十分ぐらい?」


 ちらりと携帯の時計を見る。待ち合わせ時間までまだ三十分ほどあった。どうやって時間を潰そうかと考えていたとき、横から声をかけられた。
 腕に黄色い布を巻きつけた男。この男も黄巾賊の一員なのだろう。


「ね、今一人?」

「…」

「今から飯食いに行こうって思ってたんだけどさ、一緒に行かない?」

「…」


 ――うーん、早くどこか行ってくれないかなぁ。


 隣で延々と話しかけてくる男には心底うんざりしていた。何か食べに行こうとしていたのなら一人で行けばいいと。自身、これから静雄と夕食を食べに行くのだ。それが無くても、この男に付き合ってやる筋合いは彼女には無い。
 視線をずらし、気だるさを露わにするが男は気にせず話かけてくる。


「いつまでシカトする気?」

「…」

「ははは、しょげるなー…。
 まぁそれもいいけどさぁ?…いつまでも俺が下手に出てると思ったら大間違いだぞガキ。あぁ?」


 ――黄巾賊って知ってるだろ?


 チーム名を出してまで脅そうとするが、一貫として無視を貫き通す。苛立ったのか、の腕を掴み、自分の元へ引き寄せる。男との距離が縮まったことに驚くが、声には出さなかった。出すと相手がつけ上がるだけだと言うことが目に見えていたからだ。そんなが気に入らなかったのだろう、男はの顎を掴み、無理矢理顔を自分の方に向けさせる。そして、ポケットからある物を取り出してちらつかせた。
 ――は心の底からため息をつきたくなった。くだらない、本当にくだらない。今のカラーギャングはそういうものを力の象徴とするのだろうかと呆れた。


「…お前、俺に逆らうの?これ、痛いよ?知ってる?サバイバルナイフ」

「逆らうも何も、あなたに使う時間とか全てがもったいないって感じてるだけです。いい加減離れてください。」

「やーっと喋ってくれたじゃん。…ってか、お前面白いね」

「何が…やだ、ちょっと、どこ触って…!」


 男はの太ももに手を添え、そのまま上へ滑らせた。


「いいねいいねぇ、その表情!」


 ――コイツ…。手は出さないでおこうと思ったけどやめた。ふざけないでよ…!


 周りから見ると、二人がいちゃついているようにしか見えないため誰も助けを出そうとはしない。ならば、自分でコイツを何とかしなければ――は右手に力を込める。
 そのときだ。後ろから男の肩を叩く者が現れた。男に隠れて頭しか見えないが、誰だかすぐにわかり、は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あぁ?何だテメ…って、バーテン服…?」

「何してんだ?」


 顔に血管を浮かべ、口角を上げているのは、金髪で高級なサングラスをかけたバーテン服を着た男。


「…平和島、静雄?」


 今まで騒がしかった60階通りが一気に静かになる。歩みを止め、三人の行く末を見守っていた。


「ははっ…邪魔しないでくれる?俺ら、愛し合ってるだけなんですけど」

「なっ…!?だ、誰が――んぅ!?」


 の口を手で押さえ、言葉を発せないようにする男。
 愛し合っている――。は心中でありえないと叫んでいた。確かに今のとこの男を見るとそのような関係に見えるのかもしれないが、事実はまったく違う。それでも男はこの嘘を突き通すつもりだった。静雄に殴られることを避けるために。
 だからこそ、気付かなかった。周りに居るカップルには声をかけず、自分達のところにだけ静雄が来たことを。男のついた嘘が、更に静雄の怒りを買ったことを。


「誰が、誰と、愛し合ってるって?」

「だーからー、この子と俺だよ、お・れ。わっかんないかなー?見てわかるっしょ?今から良いところなんだからさ、邪魔しないでくれます?」

「頭大丈夫か?大丈夫じゃねーよなぁ?大丈夫だったらよ…」



「俺の女に手を出すなんて真似、しねぇよなぁ!」



 男の首元を掴み、後ろに勢いよく飛ばす。壁にぶつかり穴が開いたが、普通に殴られるよりはマシだろうとその場に居た全員が思った。
 ――男が気絶してこの件は終わり――皆そう思った。が、男は運が良いのか悪いのか、立ちあがった。そして、を脅すために使用していたナイフを静雄に向ける。周りから悲鳴が上がるが、男は気にしていなかった。


「てめぇ…っざけんな!俺をなめやがって!」

「あぁ?なめてるのはどっちだ」


 静雄の強さを知らないのだろうか。男は無謀にもナイフを片手に静雄に向かって走って行く。ナイフを突き出した瞬間、その手を掴まれる。


「俺以外の男がに触れていいなんて、いつ、どこで、誰が言ったんだ?ほら、言ってみろ。誰に許しをもらって触れたんだ?」

「ちょ…いてぇって!離せ!」

「答えになってねぇだろがぁ!」


 掴んでいた男の手を引っ張り、そのまま頭突きを男に食らわす。今度こそ男は気絶したようだ。


「…おい、大丈夫だったか」

「え!?あ、う、うん…ちょっと、気持ち悪かったけど、大丈夫…」

「そうか、あー、何だ…遅くなって悪かった」

「き、気にしてないよ!ほら、行こう!私、お腹空いちゃった!」


 ――顔、見れない。あんなこと言われるなんて、思ってなかった…!けど…。


 嬉しいと思う反面、少しだけ切なくなる。これで静雄とが付き合っていたら、こんな複雑な気持ちを抱くことはなかっただろう。
 それは、だけではなかった。を“俺の女”宣言した静雄自身も複雑な気持ちを抱いていた。勢いもあったが、それ以上に我慢ならなかったのだ。


 ――早く、言えばいいだけの話なんだ。わかってんだよ、あぁわかってる。だがよ…俺に、を愛する資格なんてあんのか。俺が、に愛される資格なんてあんのか。俺の『力』のせいで、が傷つくところは見たくねぇ。
 じゃあ、誰か他の奴にを取られてもいいのか?…それだけは許せねぇ。…だったら、俺はどうしたいんだ。


「お兄ちゃん?」

「あ、あぁ、どっか行きたいとことかあるか?」

「んー、マック以外」

「…何で」

「毎日トムさんと行ってるからいいでしょ!今日は違うところ行くの!」


 この関係がちょうどいい――。それならそれでいいのだが、そろそろこの関係では物足りない部分がお互いに出てきた。
 どちらもその一歩を踏み出せぬまま、二人は人ごみの中へと消えて行った。







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