時系列的に、臨也の『ファーストキスは彼のもの』の続きです。
臨也に奪われてしまったファーストキス。まさかあのような形で奪われるとは思っていなかった。
ふとはある話を思い出した。いつの話だったか、が静雄の元へ引っ越してくる前に、セルティと初体験の話をしたことがある。初体験、とだけ書くと誤解が生まれるが、二人が話していたのは多種多様にある初体験の話。
途中で新羅が入ってきたこともあり、マニアックな方向へと話が傾いたのはまた別の話だが、その中にはもちろんキスの話もあった。
『キスと言えば…。知ってる?キスする場所に意味があるんだ』
「え、そうなの?」
『あぁ、例えば、手の上だと尊敬のキスらしい』
「唇はもちろん愛情だよ!あぁ、それとね、手首だと欲望らしいんだ、うん、セルティ!ごめん!痛い!」
新羅の鳩尾に手刀を何度も入れるセルティ。それを眺めていたは、新羅が喜んでいるように見えた。あぁ、肉体的なマゾってこういうことを言うのか、と思いながら。
「そうだそうだ、ちゃんはフレンチキスとか聞いたことない?」
「軽く触れるキスがフレンチキス、ですよね?」
「実は、西洋ではまったく逆なんだ!
僕とセルティでお手本を見せても良かったんだけど、生憎セルティには首が無いからね。見せることが出来ない。あぁ、でもそれはまったく気にしていないんだ!何せ僕はセルティの全てに惚れているからね、キスなんかよりもあいたたた!ごめん、ごめんってばセルティ!」
『…、ディープキスって言うのは聞いたことあるか?』
「あー、えっと、その、あれだよね」
言葉では少し言いにくかったらしく、は少しだけ舌を出した。それを見てセルティはヘルメットを上下に揺らし、PDAに文字を打ち込んでいく。セルティの隣では、新羅が延々と惚気を話しているが誰も耳を貸さない。新羅もそれに気付いてはいるが、ただ誰かにセルティとのことを話したいだけなのだろう。
『それが、西洋ではフレンチキスにあたるんだ』
「ってことは、逆なんだ。日本と西洋は」
『そうなるな。だから私も日本に来たときは少し驚いた。私の知っている知識とはまったく逆だったから』
「そっか、そうだよね。逆だから驚くよね。だって私も驚いたし」
――そういえば、こんな話を前にセルティと新羅さんとしたことがある。
ってことは、さっきのは西洋では何に相当するんだろう。フレンチキス=ディープキスって言うのしか聞いてなかったから、ちょっと気になる。
「…臨也さんのキスでこの話思いだしたのがすごい癪だけど」
とりあえず、メールで聞いてみよう。とは空いている手で携帯を取り出し、セルティにメールを打った。『前にキスの話したでしょ?それで、ちょっと気になったんだけど、西洋では軽いキスのこと何て言うの?』と打って送信。用事が無ければすぐに返信してくれるだろうと、携帯を片手に歩き出した。
すると、すぐに携帯が震えた。メールの送り主はもちろんセルティだ。
『ソフトキス…とかかな?何で?』
「『さっき、されたから気になって。ごめんね、ありがとう』で、送信…っと」
すると、すぐに返信が返ってきた。
『誰に!?』
「『臨也さん』…送信」
臨也のを打つ。ファーストキスにこだわりを持っていたわけではないが、やはり最初は自分の好きな人が良かったと思った。もし好きな人とキスすることになれば――それは、もうファーストキスではない。そう考えると少し悲しくなった。
しかし、臨也とキスした現実は変わらない。遊び半分でされたとしても、受け入れるしかない。は思考を切り替え、今度はセルティが臨也とキスをしたという事実にどんな反応するかを楽しみにすることにした。
携帯が震える。は少し高揚しながら携帯を見るが、何故かセルティから電話がかかってきていた。
「…電話?」
少し不思議に思ったが、電話に出ることにした。
は気付かなかった。そこから始まる追走劇に。
「もしも――」
『、今どこだ?』
「…あ、れ。何で…?」
受話器の後ろから、新羅の声が聞こえる。どうやら、静雄を止めようと必死になっているようだ。だが、静雄は一切無視でに話しかけていた。
『おい、どこだ。言え』
「家の、近く…」
『よし、わかった。絶対に動くなよ、一歩も動くなよ』
『静雄、よしなよ。ちゃんだってお年頃なんだしキスの一つや二つあるさ!今回はたまたま相手が悪かっただけでぐへ!…だから、君のデコピンは凶器だって何度言えば…あぁ!セルティ!君まで何で用――』
――何でこんなことに。
の中に浮かんだのはこの疑問だけ。ただ西洋での軽いキス気になりセルティに言っただけなのだ。
電話の向こうで言っていた新羅の言うとおり、キスの一つや二つ、と所詮はそう言う話。今回はファーストキスで、たまたま相手が臨也だった…そう、ただそれだけ。少しだけ悲しくはなったが、それだけだ。
――お兄ちゃんが怒っている理由も、きっと臨也さんだからってだけだろうけど…でも…。
――ただこれだけは言える、逃げないと、大変なことになる。
そのときだ、遠くから聞こえる動物の唸り声のようなもの。の中で緊張が走る。
――あぁ、来てしまった、と。
「行こう、“セルティ”…怒られる前に」
ビルとビルの谷間に立ち、勢いよく地面を蹴ると左のビルの壁に飛び、すぐに右のビルの壁に飛ぶ。それを繰り返して左のビルの屋上へ足を下ろした。
これはだから成しえる技。何故か幼い頃からこういうことが普通に出来た。そして、そのまま屋上を走った。いくら何でもここまではこれないだろうと判断してだ。だが、その考えは甘かった。
「セルティ、あそこだ!」
『わかった』
黒バイクを急カーブさせ、セルティはそのままが居るビルの壁を走る。後ろに居る静雄が落ちないようにと、影を巻きつけて。
「え、反則だよ…!」
「!!一歩も動くなって言っただろがぁぁぁ!!
下りてこい。今すぐ下りてこい。今すぐ下りてくるなら許してやる」
『静雄、落ち着け。が逃げたくなる気持ちもわかる』
――お前がそこまで怒ってると逃げたくなるって。
セルティはそう思ったが、静雄はお構いなしだ。
このままを追いかけてもいいのだが、今のこの状況ですら人の目につく。何せ、黒バイクが池袋の喧嘩人形と呼ばれている静雄を乗せ、屋上を走る少女をビルの壁をバイクで走って追いかけているのだから。
早く終わらせてしまおう、とセルティは右腕から影を出した。そして、そのままその影を自在に操り、が居る場所まで一気に伸ばした。それに気付いたは避けようと動いたのだがセルティの影の動きが勝り、その影はぐるぐると身体に巻きついてしまった。
巻きつく寸前で“セルティ”を手放したのは正解だったようだ。
「う、嘘!離れない!」
『を下ろすから、ちょっと待っててくれ』
PDAにそれだけを打ち込むと、まるで釣りをするかのように影を自分の元へ引き戻した。もちろん、付きだ。を傷つけないようにと慎重に影を操り、微妙な位置で空中に浮かせた。質量のある影とは何でも出来るのか、と捕まったままはそう思った。そしてそのまま壁から下り、路地へ足を下ろした。
影を取り、は自由になったかと思えば、今度は壁と静雄に挟まれることになった。
はたから見れば静雄がを口説いているかのように見えるその光景。実際は、まったく違うものだが。
「…あ、あの…」
「あ?」
恐怖に怯え、セルティに助けを求めようと視線をずらすと、どうやらセルティは途中で手放した“セルティ”を探しに行っているようでそこにはいなかった。
「で?何でノミ蟲野郎なんかとキスなんかしてんだ」
「何で怒ってるの」
「怒ってねぇ」
「怒ってる。怒ってなかったら、セルティ連れてまで来るはずない!
…何で怒るの。臨也さんとキスしたから?じゃあ臨也さんじゃなかったら良かったの?」
――あぁ、自分でも何が言いたいのかわからない。何でこうしてお兄ちゃんに怒ってるのかも…。
嘘ついた、それはわかってる。結局、お兄ちゃんは相手が臨也さんだから怒ってるだけ。きっと、他の相手とキスしてもここまで怒らない。
――だから、私は怒ってるのかもしれない。
「…どこだ。どこにされた」
「え、口だけど――」
キスされた場所を答えた瞬間、の口は塞がれていた。触れるだけのキス。それは先程の臨也とのキスと変わりはないのだが、の心臓は先程とは比べ物にならないほど心拍数が速くなっていた。
人通りがあるところでのキスは注目の的になるのだが、静雄はまったく気にしていないようで、普通にから離れ、手を握った。
「…帰るぞ」
「え、な、えぇぇぇ!?な、何、今の…!」
「ムカつくからに決まってんだろ」
どうせ臨也にだろう、との表情が少し暗くなったとき、予想とは違う答えが返ってきた。
「あのノミ蟲野郎がって言うのもあるがよ、誰かがお前にキスしたってのがムカつくんだよ」
それの何が悪いんだ、と言う静雄に、は顔を赤くした。
そして、臨也とのキスとは比べ物にならない程の喜びが自分の中にあることを知る。
「あ、セルティ。お前どこ行ってたんだよ」
『猫を探してた』
「ありが、とう。セルティ…」
『…何かあったのか?』
「…いーや、別に。それよりも早くここから離れねぇとまたややこしいことになるぞ」
繋がれた手はそのままに、二人はセルティと“セルティ”と共にその場を後にした。
おまけ
「ねぇセルティ。静雄とちゃん何かあった?」
『何故?』
「いや、さっき患者さんが『平和島静雄と高校生ぐらいの女がキスしてた』って言うからさ」
『…してたかもしれないな。私は見ていないからわからないが、明らかに様子がおかしかった』
「静雄ももっと素直になればいいんだ。ちゃんが誰かとキスするのが気に食わないって。誰かに触れられるのが気に食わないって。
好きなら好きって言えばいいんだ!そう、僕のように!セルティ、好きあいたたたた!」
『まぁ新羅の言うとおりかもしれないな。
とりあえず、私はあの二人を密かに応援しておくよ。何て言うか、とにかく応援したい気分になる』
「それは分かる。あの二人見てるともどかしいったらありゃしないんだから」
その日のチャットでは――。
≪ちょっと聞いてくださいよ!私、今日楽しい出来事があって!≫
【え、何があったんですか?】
[気になりますね]
≪ふふう、内緒です!これはもう秘密中の秘密なんです!≫
【じゃあ聞いてくださいとか言わないでくださいよ…】
[まぁ肝心なことは話さないって言うのは甘楽さんらしいと言えばらしいですが]
≪この興奮が冷めないうちに寝ることにします、おやすみなさーい!≫
【本当、嵐のような人ですね…。私も寝ることにします、おやすみなさい】
[おやすー]
――甘楽さんが退室されました――
――田中太郎さんが退室されました――
――セットンさんが退室されました――
――現在チャットルームには誰もいません――
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