※逆ハーで静雄落ちのシンデレラパロディです。苦手な方はブラウザバックでお戻りください。
「、ここの掃除は終わった?」
たくさんの人で賑わう国の名は、イケブクロ。その国の中にそびえ立つとても大きな屋敷には、誰もが名を知っている男が住んでいた。
男の名は、臨也。臨也は貴族でありながら情報屋を生業とし、人々の間では『彼が知らない情報は無い』と噂されている程だ。何か知りたい事があるのなら、何かわからない事があるのなら、臨也に聞けば教えて貰える。もちろん、法外な金額を支払わなくてはいけないが。
そんな彼が住んでいる大きな屋敷には、召使が一人しかいなかった。たまに臨也の秘書をしている波江が屋敷を訪れるが、屋敷の事に関しては何もしない。たった一人の召使が屋敷の全てを管理していた。
「あ、は、はい。旦那様。その部分の掃除は全て終了致しました」
「へぇ……」
その召使の名は、。城下町を歩いているときに声を掛けられ、臨也の屋敷で働く事になってしまった可哀想な少女だ。この屋敷に住み込みで働くようになって半年は経っていた。
は一人で仕事をこなしている。主人である臨也の朝食・昼食・夕食の準備。屋敷内の掃除。広大な庭の掃除。本来ならば一人ではこなせない仕事量だが、は一人で全てこなしている。
だからこそ、臨也はを気に入っていた。無理難題な仕事を押し付けても、なら出来てしまうからだ。
「君を雇って正解だったよ。今までいた召使達はあまり役に立たなくてさ、俺もほとほと困り果ててたから」
人差し指を棚の上に置き、沿って動かす。埃一つつかない事はわかっているが、自分のとる行動で怯えるが見たいが為に、臨也は毎日毎日それを繰り返していた。
性格が歪んでいる事など、臨也自身承知している。それでも、一つ一つの言動に怯え、怖がるが可愛くて堪らないのだ。
「あぁ、そうだ。今日は波江さんが来るから、お茶の準備とかよろしく」
「かしこまりました」
の頬を撫で、臨也は自室へと踵を返した。姿が見えなくなるまで見送り、は息を吐きだした。
「……買い出しに行かないと」
部屋の掃除はまだ終わっていない。だが、今日は臨也の秘書である波江が屋敷に来る。おもてなしをしなくてはいけない。しばらく考えた後、は召使専用の部屋へと赴き、手に持っていた箒やバケツとぞうきんを清掃道具入れの中に入れた。
いつもの事だ。睡眠時間を削れば、掃除は全て終わる。は財布を鞄の中に入れ、部屋を出た。
――怒られるぐらいなら、睡眠時間を削る方がマシだよ。
怒ると言っても、叩かれたり、殴られたりなどはされない。笑顔で嫌みを言われ、奴隷のように扱われるのだ。その日限りで終わるとは言え、つけられた心の傷は深い。
このままどこかへ行けたらいいのに――。そう思いながら、大きな門をくぐり、城下町へ向かった。行き交う人々は皆いきいきとした表情を浮かべている。どんな時でも、城下町の賑やかさ、人の多さは変わらない。は小さく笑顔を浮かべた。
――皆楽しそう。私も……毎日が楽しかったらいいのにな。
いつか楽しいと感じる日々が来るのだろうか。来そうにも無い事を願いながら、人混みの中を歩く。すると、馬に乗った役人達がの横を通った。
珍しい、と見ていると、の近くで花屋を営んでいた店主が話しかけてきた。
「あんたも貰ったかい?」
「何をですか?」
「招待状だよ、招待状!」
「……招待状?」
何の事かさっぱりわからないは首を傾げた。どうやら、役人達が城下町に下りてきているのは、その『招待状』とやらを配る為のようだ。
「あぁ、そういえばあんたは『あの屋敷』で住み込みで働いているんだったね。あんた宛ての招待状は『あの主人』が受け取っているかもしれないから、一度訊いてみな」
「その、招待状って何の……?」
「王子様の花嫁選びの舞踏会が開かれるんだよ。その招待状さ」
――花嫁選びの、舞踏会?
イケブクロには、臨也の屋敷以上に目立つ大きな城が建っている。この国を治めている者達がその城に住んでいるのだ。そして、今日は国王の息子である王子の花嫁選びの為の舞踏会が開かれると言う。役人達が城下町に下りて配っている『招待状』は女性とその女性の両親、あとは貴族に渡されているそうだ。
「あんたも『あの主人』が許すかどうかはわからないが、参加できるといいね」
「そう、ですね……」
花屋の店主に礼を言い、は歩き出した。王子の花嫁選びには興味は無いが、も年頃の少女だ。舞踏会には興味がある。
だが、臨也は行く事を許してくれるのだろうか。ただでさえ買い出しでも時間制限が設けられているのだ。舞踏会ともなると外には出させてくれないだろう。
諦めるしかないのか――。はため息をついた。
――その頃、城では今日の夜に開かれる舞踏会の準備で騒がしかった。
メイドも執事も皆目まぐるしく動いている中、舞踏会の主役でもある王子、静雄は自室でベッドに寝転んでいた。
「……絶対に舞踏会なんか出ねぇ」
国王である父親に何度も『結婚』をすすめられ、お見合いの場も設けられた。が、何度も何度もそれらをかわしてきた。しかし、かわし続けた結果、国王は強硬手段に出た。それが今日の花嫁選びの舞踏会だ。既に花嫁候補でもある城下町の女性達には招待状が配られてしまい、出ないわけにはいかなくなってしまった。
上半身を起こし、盛大にため息をついた。人生の伴侶は、自分で決めたい。このような形で決めたくないのだ。
「っつーか、俺自身が乗り気じゃねぇのに……来てもらっても悪いだけじゃねぇか」
『そんな事ないぞ!』
いつからこの部屋にいたのだろうか。友人のセルティがPDAに文字を打ち込んでこちらに向けていた。
『もしかしたら、今日の舞踏会で気になる女性が出来るかもしれない』
「あのなぁ、セルティ……俺はこんな形で決めたくねぇんだよ」
気を許せる友人だからこそ、漏らせる本音だ。セルティも静雄が座っているベッドへ近づき、隣に腰を下ろす。少し何かを考える素振りを見せてから、セルティはPDAに文字を打ち込んだ。
『確かに少し強引な気もする。けど、これも一つの出会いだと思う』
「……そうか?」
『国王は、静雄に出会いの場を与えて下さったと思えばいいんだ……と思う』
「思う、って。なんだそりゃ」
セルティの言葉に笑みを浮かべる静雄。普段とは違う元気の無い笑みだが、それでも先程まで浮かべていた仏頂面よりは幾分かマシだ。
トントン、とドアをノックする音が響く。時計を見ると、そろそろ静雄自身の準備をしなくてはいけない時間だ。嫌そうな顔をしてため息をつく静雄の肩を叩き、セルティはドアを開けた。立っている執事に礼をし、セルティは外に出た。
「セルティ!」
『?』
静雄に呼ばれ、セルティは後ろを振り向いた。片手を上げて静雄は笑みを零している。
「ありがとな」
『何もしてないよ』
「それでも、ありがとな」
『……どういたしまして』
ドアを閉め、セルティは会場となる広間へ向かった。静雄の部屋へ向かう前よりも進んでいる準備に、本当に今日の夜に花嫁選びの舞踏会が始まるのだと実感する。
だが、セルティ自身はこの舞踏会に参加すべきだと思っていた。参加した方が良いような気がするのだ。何故そういう気がするのかわからない為本人には言えないが。
――でも、参加した方が良いと思うんだよなぁ。
壁に凭れ、着々と進められる準備の様子を眺めながらセルティはそう思った。
――は自室でため息をついた。
買い出しから帰って来た後、はおそるおそる臨也に話しかけた。もちろん、招待状の事と今日の舞踏会の事だ。
「行く必要なんて無い。だって、それは花嫁選びの為に開かれる舞踏会だよ? には関係の無い事じゃないか。は俺の傍で、俺の為に生きればいいんだから。その男は、の人生に必要無いだろ?」
目の前で破られた招待状。はそれをこっそり自室に持ち帰った。もちろん、臨也が波江と仕事の事で話すからと部屋を出た後に回収した。
残っている掃除の事などすっかり忘れ、は臨也から与えられている自室でその破かれた招待状を取り出し、それを机の上に綺麗に並べる。文字は読めるが、無残にも破かれてしまった招待状は、ただの紙くずとなってしまった。それをジグソーパズルのように合わせていく。
「……やっぱり、駄目だった」
は立ち上がり、ひびが入っている鏡を見た。黒と白で構成されたメイド服を着た自分。
「って言うか、もし舞踏会に行けたとしても服が無いね」
臨也から許しを貰う以前の問題だと目を瞑り、ぱんっと頬を叩いた。そして、自室を出る。残っている部屋の掃除をするためだ。
扉を開けると、目の前には臨也が立っていた。
「だ、旦那様」
「臨也で良いって言ってるのに」
「……何かご用ですか、旦那様」
「強情だね、まったく……まぁいいや。ちょっと留守にするから、屋敷を頼むよ」
「どこかにお出かけになられるのですか?」
「あぁ、ちょっと城までね」
その言葉に、は過剰に反応した。それはそうだ、が行きたくても行けない城に臨也が行くと言うのだから。
の反応を見た臨也は笑みを深め、彼女の顎に指を掛ける。そのまま自分の方に向かせ、距離を縮めた。お互いの吐息がわかる距離で、臨也はゆっくりと口を開く。
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ」
――やっぱり君は面白い。その反応が見れるだけでも、あの城へ行く意味はあるよ。
臨也がいなくなるから、は悲しんでいるわけではない。そんな事、臨也が一番わかっている。わかっているからこそ、敢えて口にした。を悔しがらせる為に。自分はとことん性質が悪いと思う。だが、止められない。このような表情をさせているのが自分だと言うのが、嬉しくて堪らないのだ。
は臨也から目を逸らすが、距離は近いまま。すると、唇に柔らかいものが当てられた。
それが臨也の唇だと気付くのには時間は掛からなかった。生温かいものが口内に侵入し、逃げるの舌を追いかけて無理矢理絡める。
「ん、ん……っ!」
お互いの唾液が絡み合い、の顎を伝う。臨也の肩を押して抵抗するが、息が苦しくなり、次第に力は弱まった。なされるがままになり、の口からは吐息が漏れた。
唇が漸く離れたときには、は足に力が入らず、そのまま地面に崩れ落ちた。
「それじゃ、良い子にしててね」
カツンカツンと音を鳴らしながら、臨也は廊下を歩いて行く。
その場に残されたの目には涙が浮かび、瞬きをすると涙は頬を伝った。廊下に敷かれている絨毯に涙が落ち、色が変わる。
――もう嫌だ。どうして、どうしてこんな……!
拭っても拭っても溢れる涙。声が漏れそうになったとき、の目の前に人影が出来た。
――もしかして、旦那様……!?
戻って来たのかと顔を上げると、そこには黒い服を身に着け、何故か首に黄色い布を巻きつけている少年が立っていた。
「おチビちゃん、きみは泣いている顔より、笑った顔のほうがかわいいよ」
はわからないが、この台詞は、昔、そばかすの女の子が主人公の漫画やアニメで出てきた人物が言っていた台詞なのだが、目の前に立っている少年が言うとどうも締まらない。
――って言うか、この人……どこから……?
「丘の上の王子様のような存在に俺はなりたかったわけだが……まぁ失敗したみたいだな」
「……だ、誰ですか?」
「俺? 俺は正臣。君を助ける為に現れた正義の魔法使いさ!」
「え?」
目を丸くして驚くに、正臣は少年らしい笑みを浮かべた。膝を折り、に手を差し出す。
「俺が魔法をかけてやる」
「魔法、を?」
元気よく頷き、正臣は何も無い場所から杖を出す。それを振ると、一瞬で景色が変わった。屋敷内の廊下から、一気に庭まで出てきたのだ。
呆気にとられていると、目の前にカボチャの馬車が現れた。
「カボチャの馬車……? 一対どこから……?」
「だから、魔法をかけてやるって言っただろ? 俺はカボチャに魔法をかけただけだ。ほら、次は君の番だぜ!」
正臣に促され、は彼と向き合うようにして立った。すると、正臣は再び杖を振り、先端からは光が溢れ出た。その光はの周りに集まり、くるくると回転している。光に触れようとすると、正臣に『触れないように』と言われ、は動く事が出来ない。
次第に光はの身体を纏うようにくっつき始める。
「え、え!?」
「大丈夫。ほら、よく見てみな」
光が消えたところから今まで身に着けていたメイド服とは違う綺麗な服が姿を現わす。それはドレスで、とても綺麗な布で出来ていた。
「す、すごい……」
「もちろん、靴はガラスの靴だ」
「ガラスの?」
「そっちの方が綺麗だろ?」
ドレスの裾を少し上げると、確かにガラスの靴を履いていた。鏡が無い為、噴水の近くに行き、水面に映った自分を見て驚いた。
――これが、私……? すごい、すごいけど……どうしてこの人は私なんかの為にここまで……。
何故、ここまでしてくれるのだろうか。見知らぬ人間の為に、何故ここまで優しくしてくれるのだろうか。そう思っていると、の肩に手が置かれた。正臣の手だ。
「……俺さ、ずっと見てたんだ。君を……をさ」
「え?」
「あいつの仕打ちに、よく耐えてたな。偉いぜ、まったく。泣きごと一つ言わないんだからさ」
正臣に手を引かれ、カボチャの馬車の所まで歩く。
「助けようと何度も何度も思ってたんだけどさ、あいつがいる所で魔法を使うとバレちまう可能性があったから助ける事が出来なかった。……ごめんな」
「そんな! ……謝らないで下さい」
「だから、今日はそのお詫びも兼ねての願いを叶えてやろうと思ってな」
ありがとう、とお礼を言って馬車に乗り込む。だが、そこではある事に気付いた。舞踏会の招待状は、臨也の手によって破かれてしまった。招待状が無いと、舞踏会に参加する事はおろか、城の中にすら入れない。落ち込んでいると、正臣がの手に触れた。
「大丈夫だって! 俺を誰だと思ってるんだ? 大魔法使い正臣様だぜ。これぐらいお茶の子さいさい!」
の手には、破かれたはずの招待状。正臣がの為に復元させたものだ。
「あなたには、助けてもらってばかりだね。本当に、ありがとう」
「喜んでくれるのはすっげー嬉しいんだけど……一つだけ言っておく事があるんだ」
「何?」
「魔法は、あの城の0時の鐘が鳴り終わるのと同時に解ける。今夜限りの魔法だ」
鐘が鳴り終わる前に帰ってこい、と正臣は馬車を出発させた。を乗せた少し変わった馬車は城へと急いで走る。正臣は申し訳なさそうに見送っていたが、はとても嬉しかった。例え0時に魔法が解けたとしても、正臣のお陰でこうして諦めていた舞踏会に参加する事が出来るのだから。
は馬車から城を見た。もう舞踏会は始まっている。
舞踏会とは、どんな感じなのだろうか。とても、楽しいのだろうか。胸を躍らせながら、城に着くまで馬車の中からずっと見ていた。
「――で、何でてめぇがここにいるんだ? いーざーやーくーんよぉ」
正装をし、腕を組んで臨也を見る静雄。威圧感が漂っている。そんな威圧感を物ともせず、臨也は呆れたように両手を上げて笑った。
「何でって、俺はこれでも貴族だよ? 城からの招待状が来たから参加したに決まってるじゃないか。それに、今日はシズちゃんの花嫁選びが行われるって聞いたしね」
「帰れ」
「シズちゃんの花嫁選びが終わったらね」
『臨也、これ以上静雄を怒らせるな! 静雄も落ち着け!』
わなわなと拳を震わせてはいるものの、一応怒りを抑えている静雄。このような場でなければすぐにでも臨也を殴り飛ばしたいところなのだが、今は花嫁選びとは言え舞踏会中だ。これ以上臨也の顔は見たくないと静雄はその場を去った。
近寄ってくる女性達。我先にと静雄にアプローチをしかけ、花嫁に選んでもらおうと必死になっている。静雄はそれをうまく回避してきたが、さすがに疲れたようだった。テラスに出て、ため息をつく。
「……疲れた。あー、煙草吸いてぇ」
――俺が王子だから近付いてくるだけの奴なんか、愛せないに決まってるだろ。
それでも逃げ出さずにこの場にいることだけは称賛に値するだろうと静雄は苦笑を浮かべた。後はこのままうまく回避し続け、舞踏会が終わるのを待つだけだ。
静雄がそんなことを思っているとき、広間ではちょっとした騒ぎが起きていた。
とても美しい少女が来たと、皆が騒いでいるのだ。
「凄い綺麗……」
その少女とは、正臣の魔法で舞踏会に参加する事が出来るようになっただった。
初めての舞踏会に足を踏み入れ、その華やさに感動していた。
――これも全て、正臣君のお陰。……今度会ったときに、ちゃんとお礼しないと。
は自分が騒ぎの中心になっている事に気付かないまま、広間を歩いている。すると、貴族らしき男性がに近付いて行った。
「お嬢さん、よろしければお話しませんか?」
「え? あ、えっと……」
困ったように顔を背けると、の周りには男性しかいない事に気付いた。皆、に話しかけようと躍起になっているようだ。更に困り、はゆっくりと後ずさりしながらやんわりと断った。続いてまた違う男性がに話しかけようと近付いてくる。
――怖い。男性に囲まれ、は恐怖を感じた。逃げ出すようにしてその場を離れた。人と人の間をうまく抜け、テラスへと出る事に成功した。
人が密集した場所から解放され、外の空気を取り入れる。夜の清々しい空気はすぐに身体に染み渡った。
「……?」
の隣には、正装をした男性が気だるそうに立っていた。
――どうしたんだろう?
話しかけようとしたとき、青年がこちらを振り向いた。
「あ?」
「あ」
自分の隣に立っている少女を見て、静雄は目を丸くした。シンプルなドレスにシンプルな飾り付け。素朴だが、それでもとても綺麗だと思った。
しかし、すぐに無表情に戻った。この少女もまた、あの女性達のように『王子である自分』にしか興味が無いのだろうと思ったからだ。
「王子様、ですよね」
「……」
「私、今日初めて舞踏会と言うものに参加したんですけど……人がいっぱいで驚きました」
少女は空を見る。その横顔がとても寂しそうに見え、静雄は中に入ろうとした足を止めた。
「でも、来れて良かった! 男性の方達に囲まれたときは怖かったけれど、とても華やかで、ここにいるとお姫様みたいな気分になりました」
風が吹き、少女の髪を結んでいたリボンが解ける。リボンはそのまま風に乗ってどこかへと飛んで行ってしまった。少女はしばらくその様子を眺めていたが、再び空に視線を向けた。
「いいのか、リボン飛んで行ったぞ」
「いいんです、もう帰りますから」
舞踏会に参加する事だけが目的だった少女。その事を知らない静雄は、とても不思議でならなかった。今日の舞踏会は、自分の花嫁選びの為に開かれた舞踏会。少女もまたその一人で、静雄にアプローチを仕掛けてくるものだとばかり思っていた。
だが、少女は帰ると言う。今までの女性達とはまったく違うその少女に、静雄は興味を持った。自分が身に付けている服の一部を取り、少女の髪を結んだ。
「あ、あの」
「さっきみたいに綺麗には結べねぇけど……飛んでいったリボンの代わりにはなるだろ」
少女の髪を結んだ後、静雄は隣に立った。先程まではそうでもなかったこの場所が、とても心地よくなったからだ。
「名前は?」
「です。これ、ありがとうございました、王子様」
「気にすんな。……俺は、静雄だ。王子様って呼ばれるの、あまり好きじゃねぇから出来るなら名前で呼んでほしい」
「わかりました、静雄さ」
「『様』も嫌だからな」
「わかりました、静雄さん」
まるで子供のようだとは笑みを零した。王子である静雄と喋るのは今日が初めてなのだが、先程の貴族の男性達よりも話しやすいと思った。
「あ、そうだ。中にお戻りにならないんですか? 今日は王……静雄さんの花嫁選びの舞踏会だと聞いてますけど」
ここにいてもいいのだろうか。はそう思っていた。
テラスに静雄がいる事は広間にいる女性達は知っている。中からこちらを窺っている様子が見て取れた。
「そうだな、入った方がいいんだろうな」
「じゃあ……」
「入らねぇ」
は漸く気付いた。静雄も自分と同じように囲まれ、それが嫌でここに来たのだと。安易に『戻ったほうがいいのではないか』と言ってしまった事を後悔した。
落ち込むの頬におそるおそる触れ、静雄は顔を自分の方へと向けさせる。ずっと様子を窺っていた女性達から小さな悲鳴が漏れるが、気にしていないようだ。
「でも、舞踏会ももうすぐ終わるからな。せっかくだ、一緒に踊らねぇか?」
「わ、私でいいんですか!?」
「お前が、がいい」
「……でも」
私なんかが、と言おうとしたとき、静雄の人差し指が唇に触れた。それ以上は言うな、と目で訴えている――そんな気がした。
「ほら、行こう」
静雄に手を引かれ、は広間へと戻っていく。皆の視線が二人に集中した。
「……あれ?」
その中で、ある男が傾けようとしていたグラスをぴたりと止めた。
を召使として雇っている主人、臨也だ。静雄と共に中央で踊る少女に見覚えがあるのだ。それはそうだ、その少女はなのだから。
臨也はグラスを握り締めた。ひびが入り、グラスの中のワインが漏れ出した。
「に似た女の子……で済ませる事が出来る問題じゃないよねぇ、これ」
今日舞踏会が開かれ、静雄は一度も女性と踊っていなかった。それが今、と笑い合いながら踊っている。それが何を意味するのか、臨也にはわかっていた。
「羽をもぐのは苦労するんだけど、仕方ないか」
臨也がそんな事を考えている事も知らずに、二人は幸せな時間を過ごしていた。
「……今日は、出て良かった」
「私も、来れて良かったです。……ありがとう」
――今、言ってしまおうか。
考えていた事があった。を、自分の花嫁に選ぼうかと。
一緒にいて、話して、楽しいと思えた女性だった。が自分の事をどう思っているかはわからないが、静雄自身はもっと一緒にいたいと思っていた。
「なぁ、――」
そのとき、0時を知らせる鐘が鳴り響いた。は急いで柱時計を見る。
「0時……!」
――魔法は、あの城の0時の鐘が鳴り終わるのと同時に解ける。
「忘れてた、私……!」
「お、おい、!」
「ごめんなさい、もっと一緒にいたかったけれど、もう、もう帰らないと……!」
静雄から離れ、は急いで城を出て行く。せめて鐘が鳴り終わるまでにこの城から離れないと、魔法が解ける瞬間を見られてしまう事になる。
長い階段を走って下りて行く。後ろから静雄が追いかけているのはわかっていたが、止まる事は出来ない。
「あっ」
片足だけ、ガラスの靴が脱げてしまった。取りに行こうか迷ったが、そんな時間はもう無かった。脱げたガラスの靴をそこに置いたまま、は残りの階段を走って下りた。下で待っていた馬車に乗り込み、急いで城を離れる。ガラスの靴が脱げた場所で、静雄がこちらを見ているのがわかった。
――ごめんなさい。
途中で鐘は鳴り止み、馬車は普通のカボチャに戻ってしまった。の姿も、今までのメイド服に変わり、魔法は解けてしまった。
「……ガラスの靴が」
脱げていないガラスの靴だけは魔法が解けていなかった。そのガラスの靴を脱ぎ、は屋敷へと歩き出した。
――これは、私の宝物。あと、これも。
それは、静雄が飛んでいったリボンの代わりにとつけてくれたものだ。それを外し、ガラスの靴と共に抱きしめる。例え今日だけの夢だとしても、一生忘れないと誓いながら。
「――明日、を迎えに行く」
静雄はそう宣言した。
が持ってきていた招待状の住所には、臨也の屋敷の住所が書かれていた。そこで臨也本人に話を聞こうとしたが、すでに姿は無かった。彼はもう帰っていたのだ。
の情報は少ない。臨也の屋敷に住んでいる事、ガラスの靴の片方を持っていると言う事。この二つだけだ。
『臨也の屋敷に住んでいるのか……』
「あぁ、あのノミ蟲野郎と顔を合わせるのはすっげー嫌だけどよ、ともう一度会うためなら我慢出来るさ」
『私も一応ついていくよ』
「ありがとな、セルティ」
城ではを迎えに行く計画が立てられていたその頃、臨也はちょうど屋敷に着いていた。急いで馬車を下り、がいる部屋へと向かう。ドアを開けると、寝息を立てるの姿があった。
「……ドレスも無いし、靴も無い。捨てたのかな?」
部屋を出て、臨也は自室へと向かった。
城から出る前に、受付の者に招待状を見せてもらっていた。臨也が破いた痕跡は残っていない招待状。一体どうしたと言うのだろうか。気になると言えばあのドレスもそうだった。臨也はにメイド服しか与えていない。あのドレスはどうしたと言うのか。――突如、臨也は大きな声で笑い出した。
「クハハハハハハハ! まさか、この俺に『わからない事』があるなんてね! ハハハハハ!」
――本当に、一体どうなってるんだ。
明日の朝には静雄達がを迎えに来るだろう。だが、そううまく事を運ばせるわけにはいかない。
「……今まで、何のためにから嫌われる役を担ってきたと思ってる。愛してるからだよ。どんな事でもいい、俺の事でいっぱいになればそれで良かった。俺の事だけを考えてくれてるってだけで、良かったからさ。歪んでるさ、あぁ俺は歪んでる。それでも、俺はが好きだ。愛してる!」
だから、大切なものは、誰の目にも触れないところに隠してしまおう――。
翌朝、の部屋には誰もいなかった。
――どれだけ探しても、臨也の屋敷にはの姿が無い。だが、がこの屋敷に住んでいる事だけは確かだ。静雄達は部屋と言う部屋に入り、隅々から探す。
「……だから、は実家に帰ったって」
「うるせぇ」
「いい加減諦めなよシズちゃん。それに、彼女は召使だよ? 王子である君と釣り合わないじゃないか」
「てめぇには関係無いだろ!」
名前を呼ぶが、返事は無い。
――臨也の言う通り、実家に帰っちまったのかよ…………!
拳を作り、力任せに壁を殴る。すると、壁がくるりと回転した。
さすがにこれには驚いた。臨也も目を丸くしている。隠し部屋か――静雄はおそるおそる中の様子を窺った。
「……!」
「……し、静雄さん?」
「まさか、そんな見つけ方されるとはね……」
ボロボロのベッドの上に三角座りをしているがいた。急いで駆け寄るが、怪我は無い。静雄は急いで執事を呼んだ。昨日落としていったガラスの靴が、本当にのものなのかを確かめる為だ。
だが――。
「そうはさせないよ」
静雄の元へ駆け寄ろうとした執事に足をかけ、転ばせる。ガラスの靴は宙を舞い、床に落ちた。
パリンッ、と音を鳴らして。
「これで確かめる事は出来なくなったね、シズちゃん」
「……臨也ぁ、てめぇ!」
『や、やめろ静雄! 臨也も!』
一緒に来ていたセルティが二人を止めるが、喧嘩は止まらない。肩を落としていると、ふとある事に気付いた。
片方のガラスの靴は割れてしまったが、もう片方はまだ残っているのではないかと。そしてそれは、ガラスの靴を履いていた本人が所持しているのではないかと。
セルティはの肩を掴み、PDAを見せた。わざわざ太字で強調して『ガラスの靴は持っているか』と書いて。それを見たは小さく頷く。
『見せてくれないか?』
は隠し持っていたガラスの靴を差し出す。それを見た二人は喧嘩を止めた。
『履いてみてくれ』
ガラスの靴はの足にぴったりと嵌った。呆然とする静雄の肩を叩き、セルティは手を引っ張っての元へと連れて行く。しばらく無言の時が流れたが、それを破るかのように静雄が口を開いた。
「……もう一度、会いたいって思ってたんだ」
の手を握り、向き合う。
「俺と、結婚してくれないか」
が俯いてしまった為、今どのような顔をしているのかわからない。それでも、静雄は答えを待ち続けた。そのとき、の手を握っていた静雄の手に、雫が落ちてきた。ぽたり、ぽたりとの涙が静雄の手に落ちてきていたのだ。よく見ると、肩を小刻みに震わせている。
「私で、いいんですか……?」
「あぁ」
「私、ただの召使ですよ……?」
「だから何だ。俺は、だから、結婚してぇって思った。……それだけだ」
その言葉に、は静雄の胸に飛び込んだ。臨也は顔を背け、部屋を出た。
「ついてくるなよセルティ」
『気になるだろう。……お前が、そんな顔をしていたら』
「うるさいよ。俺だって人間だよ? ……大切なものを手放す事になったら、こんな顔にもなるさ」
後日、静雄との結婚式が盛大に行われた。この国の皆が二人を祝福している。
「最初さ、舞踏会なんかに出るつもりなかったんだ」
「え?」
「……でも、セルティに言われて出てよかったよ。に会えたしな」
「私も、最初は舞踏会に行けなかった。……けど、魔法使いさんが私に魔法を掛けてくれたの。私は、その魔法のお陰でこうして静雄さんと会う事が出来た」
「だから、0時の鐘が鳴ったときに焦ってたのか」
小さく頷き、民衆に手を振る。
本当は、正臣にも来てほしかった。そして、臨也にも。正臣はどうすれば会えるかわからないが、臨也には手紙を送った。来てほしいと。だが、手紙は返って来てしまった。臨也は、どこかに行ってしまったのだ。大きな屋敷は取り壊されてしまい、臨也の行方は解らず仕舞いになってしまった。
「幸せに、なろうな」
「はい」
結婚式のニュースを、テレビで見ている者がいた。ナイフの刃を出したり戻したりしながら。
「が幸せになるのは大いに結構だけど、シズちゃんが幸せになるのは許せないなぁ」
カチン、と音を立ててナイフの刃を戻し、ポケットに入れる。ブラインドに手をやり、外の景色を見た。イケブクロと同じくらい賑やかな国、シンジュク。静雄との結婚が決まったその日に、彼は拠点を移していた。誰にも何も告げず、ひっそりと。
ここでもイケブクロと同じくらい名を広め、情報屋として仕事をしている。
「シズちゃん、消しちゃおうか。あぁ、でもそうするとは不幸になってしまう事になるね」
――それでも、俺が幸せにしてあげるから問題ないか。
「……何か今、寒気がした」
「だ、大丈夫? 静雄さん」
「ちょっと外に出過ぎただけだろ。……初夜で風邪とかやってらんねぇしな」
「な、何言って!」
純粋な愛と、歪んだ愛。それはどちらも同じ『愛』に属しながら、形がまったく違う愛。
魔法が解けたシンデレラは、純粋な愛に護られ、歪んだ愛に見守られながら、毎日を幸せに暮らしたそうだ。
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