携帯のディスプレイに表示される時刻を見る。ここに来てからもう10分以上が経過した。
「……臨也さん、まだかな」
今日は12月24日。クリスマス・イヴだ。辺りは日が沈み、街灯の光やイルミネーションなどで周りは明るいが、待ち合わせ時間に臨也が来る気配が無いため、自身は少し暗かった。
いつもなら待ち合わせ時間ちょうどに来る臨也。その臨也が待ち合わせ時間を過ぎても来ない為、徐々に不安がの中に募っていく。
臨也の職業は情報屋。危ない仕事だと言う事がわかっているからだ。
「大丈夫かな……」
――何かに巻き込まれたとか、そんな事無いよね……?
そのとき、目の前から臨也が走って来た。手には白い紙袋。
「ごめんごめん、これを受け取りに行ってたら遅くなってね」
どの辺りから走って来たのか。臨也は肩で息をしている。手に持った白い紙袋を掲げるが、中身はまったくわからない。
「お仕事、大変ですね」
「仕事は関係無いよ」
「え?」
「これは私用だよ。ははっ、今からすごく楽しみで仕方ないよ!」
紙袋の中身を少し確認して、臨也は至極楽しそうに笑う。
は知っている。臨也がこうして笑うときは、何か良からぬ事を考えている時が多いのだ。今も十分寒いのだが、背筋にぞくりと寒さが走り、ぶるりと身体を震わせた。
「さ、行こうか。時間がもったいない」
臨也はの手を握る。普段なら臨也の手の方が冷たいのだが、今はの手のほうが冷たかった。が寒い中ずっと待ってくれていた事を改めて思い知らされ、臨也は無言で手を繋いだままジャケットのポケットの中に入れた。片方しか入れる事は出来ないが、これで少しでも温まればと思ったのだ。
「待たせるつもりは無かったんだけどね。寒かった?」
「結構着込んだつもりだったんですけど、待ってる間はやっぱり寒かったですね」
「本当にごめん! でも大丈夫。俺の部屋は暖かくしてあるから、どんな薄着でも十分過ごせるよ」
――そこまで薄着で過ごすつもりは無いんだけどなぁ。
臨也の考えがいまいち分からないまま、マンションに到着。先程臨也が言っていた通り、部屋の中はとても暖かい。コートを脱いでハンガーにかけようとした瞬間、例の紙袋を手渡された。とりあえず受け取って臨也を見ると、彼は満面の笑みを浮かべていた。その笑みに、本日二度目の悪寒が背筋に走る。
「これに着替えてきて」
おそるおそる紙袋の中身を見ると、赤い布のようなものが見えた。
――に、逃げたい。
「逃げるなんて甘い考えは捨てて、早く着替えてきてよ。俺はこの日が来るのをずっと楽しみにしてたんだからさぁ」
幼い子供のように無邪気にはしゃぐ臨也。断る事も、逃げる事も出来ないは、渋々着替える事にした。
「――まだかなぁ」
今着替えているのかと思うと気分が高揚して仕方が無かった。早く早くと急かす自分を何とか抑えて、この待ち時間すらも楽しむべきだと臨也は一人で頷いた。
だが、そわそわと動いてしまう。部屋の中を行ったり来たり。
臨也の中でイメージはしっかりと出来ている。そして、はイメージ通りの姿で出てくるのだろうと確信している。しかし、イメージよりは実物が見たいのが本音だ。自分が選んだもので失敗した事は無い。臨也はそう自負しているからこそ、とても楽しみなのだ。
そろそろ声をかけるかと思い始めたとき、ガチャリと扉が開く音が響いた。
「あ、あの、こ、これでいいんですか……」
とても短い裾を引っ張りながら、は出てきた。その姿に臨也は思わず手を叩いた。
「いいねいいね!」
嬉しそうに手を叩く臨也とは対照的には顔を真っ赤にして俯いている。そんなに近づき、裾を引っ張っている手に自分の手を重ねた。
「その手をどけて」
「で、でも」
「俺が見たいんだって。ほら早く」
無理矢理手をどかせると、臨也は上から下まで眺め、を抱き締めた。
「うんうん、よく似合ってるよ! ミニスカサンタさん!」
「……そう、ですか」
ミニスカサンタ。今のにはぴったりの言葉だった。
「――この服、遊馬崎さんと狩沢さんに借りたんですか!?」
「そうだよ。コスプレとかに関してはあの二人以外考えられないからね」
「はぁ……」
クリスマスが近づいてくるにつれて街頭に増える、サンタの格好をした人達。臨也は今まではまったく興味が無かったのだが、に着せてみるとどうなのだろうかと考えると、とても興味が湧いた。
そういう衣装を着たが一度でいいから見たいだけなので、誰かに借りれないかと考えた時すぐに浮かんだのがあの二人。臨也自身は別にミニスカートで無くても良かったのだが、遊馬崎や狩沢はミニスカサンタのコスプレを推してきたので、はミニスカサンタのコスプレをする事になってしまった。
「あの二人は『パンツが見えそうで見えないのがミニスカサンタの良い所』とか言ってたけど、俺は別にそう言うのを求めてはいないからどうでもいいんだ。大切なのは、ちゃんがサンタの格好をして、俺だけのサンタさんになるって言う所だからね」
――真面目な顔でそんな事言うから、パンチラを期待する遊馬崎さんや狩沢さんよりも性質が悪いよ……。
プレゼントは別に用意してこなくてもいいと言った臨也の魂胆が、今漸くわかったはがっくりと肩を落とした。
「ねぇちゃん。俺はね、思うんだ」
「な、何をですか」
――嫌な予感がする。
「サンタは、願いを叶える為に存在しているんじゃないかって」
「……私に、願いを叶えろって言ってますよね?」
「正解! 今日一日、ちゃんは俺だけのサンタ。だから、俺の願いを叶えてね」
臨也のお願いその一。膝枕。
「膝枕でいいんですか?」
「うん。よく思い出してみるとしてもらった記憶が無いからさ」
ソファーに座り、足を揃える。スカートが短いため、膝は丸見え状態。クッションか何かを置こうとしたとき、膝の上に臨也が頭を置いた。
「ひゃあ!」
「……何でそんな声出すの?」
「く、くすぐったい……!」
臨也が少し動くだけで髪の毛も動く。髪の毛の緩い動きがとてもくすぐったいのだ。
「へぇ、本当に下着が見えそうで見えないね」
「臨也さん! めくらないでください!」
「あ、今日はみ」
「臨也さんってば!」
「下着見たって減るもんじゃないよ」
「減るとかそういう問題じゃないですよ!」
「じゃあ何で駄目か言ってみてよ。もちろん、俺が納得できる理由でお願いね」
「またそうやって言う……」
臨也のお願いその二。耳掃除。
「膝枕してもらってるし、ついでに耳掃除でもしてもらおうかな」
「……は、はぁ」
――自分のはするけど、誰かにしてあげるのって初めてだなぁ。
そっと臨也の耳に触れると、今度は臨也がくすぐったいのか、少しだけ身を捩らせた。あまり見ない姿だとくすりと笑みを零す。ゆっくりと耳かきを臨也の耳の中に入れる。光を当てて中を窺うが、掃除の必要など無い程綺麗だ。
だが、もう少しだけ雰囲気を味わいたいと臨也が言うため、耳掃除を続ける。
「誰かにやってもらうのって良い気分だね」
「そうですか?」
「うん、気持ち良いよ」
「……またやってあげてもいいですよ」
「へぇ、じゃあまたやってもらおうかな」
臨也のお願いその三。
「足、疲れてない? しばらくこのままでいたいんだけど」
「大丈夫ですよ」
少しの間だけ、このままでいたい。それが臨也の三つ目の願い。
臨也は仰向けになり、天井を眺めている。先程まで楽しそうに話していた臨也とは一変して、何か思い詰めているような表情を浮かべている。そんな臨也に話しかける言葉が見つからないは、窓の外の景色を眺めていた。
長い沈黙が続いているとき、臨也に手を握られた。どうしたのかと臨也の方に視線を戻すと、彼は笑っての掌にキスをした。
「は、幸せ?」
寝転んだまま臨也はに手を伸ばし、頬に触れる。その手つきはとても優しい。
「反吐が出そうなくらい最悪な仕事に、自分の事最優先な男。……彼女なんて、二の次」
「……」
「普通の女ならこんな男は嫌だろうねぇ。『どうしてそんな仕事をするの』『どうして私が一番じゃないの』ってね」
いつものトーンなのだが、表情と声が一致しない。
初めて見る表情に、戸惑った。
何故縋るような目でこちらを見ているのかと。思わず、頬を撫でる臨也の手を握った。
「は、幸せ? こんな俺といて、幸せ? ……ま、ふと気になった事だからあまり気にしないで」
臨也の表情は元に戻っていた。いつもの飄々とした臨也。
「仕事の事は、よくわからないです。だから、何も言えない。臨也さんが自分最優先だって事は、最初から知ってますし……今更何も思わないですよ」
「へぇ」
「私の事は……二の次でも、ちゃんと私の事を想ってくれてるから、幸せです」
「……なるほどね」
幸せだと言う一言を聞いて安心したのか、臨也は安堵の笑みを浮かべた。だが、と目が合った瞬間、咳払いをして表情を変える。
「まぁ俺も幸せだって思ってるからちゃんも幸せで当たり前だよね」
――照れてるのかな。
少しだけ、頬が赤いような、そんな気がした。
臨也のお願いその四。外出。
「こ、この恰好のままで行くんですか!?」
「我儘だなぁ。……はい、これで大丈夫」
臨也が所有しているジャケットの中から、長めのジャケットをに羽織らせる。そのジャケットのお陰でどうにか恰好を誤魔化す事が出来た。
「どこに行くんですか?」
「内緒。言ったら楽しくないからね」
行きと同じように手を繋いで歩くが、早く行きたくて堪らない臨也は小走り状態。
新宿には臨也のマンションへ行くぐらいでしか訪れない為、は地理がまったくわからない。臨也の後ろを付いて行くことしか出来なかった。
小走り状態で人の間を抜けてしばらく行くと、人気のない所へと出てきた。その一帯のとあるビルに入り、階段を上って行く。どうやら臨也は屋上を目指しているようだった。体力はあるほうなのだが、さすがに疲れてくる。まだ着かないのかと思っていると、階段が終わり、扉の前で臨也が止まった。
「臨也さん?」
「……ここからは目隠しで歩いてもらおうかな」
「え!? 目隠しですか!?」
臨也がの後ろに回り、彼女の目を手で覆う。
真っ暗になった視界。耳が唯一の情報源。扉が開く音が聴こえて来た。
「大丈夫、そのまま歩いて」
今頼りになるのは臨也の声だけ。は臨也に言われた通り、歩いて行く。まっすぐに進んでいるのか、それとも左か右に進んでいるのか。今のにはわからない。
「まだ目を覆ってるけど、開けるよね。開いてみて」
「は、はい」
目を開ける。見えるのは臨也の手だけで、他には何も見えない。次は何をするのかと思っていると、急に目を覆っていた臨也の手が離れた。
視界に映るのは、夜の新宿の街の風景。
それだけでは無い。今日はクリスマス。ビルや建物はイルミネーションを施しているため、一段と光が凄い。
「すごい……!」
その景色に、は圧倒された。いや、圧倒と言うよりは、感動に近かった。
初めて見るその景色に、言葉が出ない。
「イルミネーションも綺麗だと思うけど、街の光には敵わないからね」
背後にいた臨也から抱き締められる。
「クリスマスが終わると装飾が取られて光が半減するからさ。今日は絶対にここに来てこの景色を見せてあげたかったんだ」
「……コスプレの必要性が無いような」
「あるさ! そんな恰好をしたちゃんなんてクリスマスしか見れないだろ? それにサンタに願いを叶えてほしくてさぁ」
言い終えると、臨也はの首筋に顔を埋めた。至近距離で感じる臨也の吐息に、緊張から身体が強張り、心臓が早鐘を打つ。
「ちゃん、これが俺の最後のお願い」
臨也のお願いその五。
「俺にキスしてよ」
「……え?」
「いつも俺からだと面白くないからね。さ、早く俺にキスして」
ここまで来たのなら、臨也の願いは全て叶えてやりたい。その一心で、は臨也の頬に触れた。手が微かに震えている事に臨也が気付き、くすりと笑みを零した。その笑みに、は思わず手を引っ込めたくなるが、臨也が手を重ねた為、引っ込める事は出来ない。
「目、瞑ったほうがいい?」
「……で、出来れば」
「はい」
素直に目を瞑る臨也に、は少しだけ背伸びをした。徐々に顔を近づけていく。鼻先を掠ったところで、も目を瞑り、そして、ゆっくりと臨也の唇に触れた。
こうしてから臨也にキスをするのは初めてだ。触れてすぐに離れる。恥ずかしさから全身の熱が上がったような気がした。
「はははっ、顔赤いよ!」
「だ、だって!」
恥ずかしい、と言う言葉は、臨也によって遮られた。
「メリークリスマス、」
の顔を両手で包み、口付ける。いつもなら舌を入れるのだが、今日は触れるだけだった。すぐに離れ、額をくっつける。
「愛してる」
とても幸せそうに笑う臨也に、は再び自分から口付けた。臨也が驚いているようだったが、今は言葉よりも行動で示したかったのだ。
私も愛してると――。
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