鳥籠の中の鳥は、その狭き世界から何を想っているのだろうか――。
 自由に飛び回ることが出来ない現実に悲しんでいるのか。鳥籠に閉じ込めた人間に怒りを感じているのか。それとも、これが自分の人生、または運命なのだと諦めているのか。
 臨也にはわからなかった。臨也の住まう世界は、とても広いからだ。ただ、そんな臨也にもわかることがある。


「人間って不思議だよね。嫌だ嫌だと拒絶を言葉にしても、言葉とは裏腹に身体は馴染み始めるんだ」


 ――それは君が一番わかってるはずだ。…ねぇ、


 くるりと椅子を回転させ、大きな鉄格子に視線を向ける。その鉄格子の中には、白い服を見に纏い、膝を抱えている少女――がいた。


「それを適応力と言う言葉で片付けていいのかはわからないけどね…っと」


 臨也は立ち上がって鉄格子がある場所まで歩いた。わざと大きく靴音を鳴らして。
 鉄格子の近くで腰を下ろし、中にいるを見た。は一点を見つめたままで、臨也に視線を向けない。それでも臨也はにこりと微笑んだ。


 ――君も、もう馴染み始めてる。その狭い世界で生きることに。





 は小さく肩を揺らした。気力のない視線だけを臨也に向ける。のその視線に、臨也は満足そうに口元を歪ませた後、ポケットから鍵を取り出した。一度指で回転させ、それを鉄格子の鍵穴に差し込み、右に回す。
 カチャリ――と小さな金属音が静かな部屋に響き、鉄格子の扉は開かれる。そこから、臨也はに向かって手を差し出した。おとぎ話などでよくある、囚われの姫を助け出そうとする王子のように。


「あれ、出たくないの?」

「出たく、ない」

「怖くないよ?」


 怖くないと言われても、今のには十分怖かった。――広い世界が、怖かった。
 臨也から視線を外し、膝を抱える力を強くした。この小さな世界から出たくないと駄々をこねるように。


「狙い通りと言えば狙い通りなんだけど…」


 ――もっと俺に懐いてくれないと困るなぁ。


「俺も一緒にいてあげるから――おいで?」


 は少しだけ顔を上げて臨也を見るが、ぷいっと背けてしまう。その仕草がいじらしく、臨也の胸をくすぐった。上半身だけを鉄格子の中に入れ、の膝の下に腕を滑り込ませた。臨也の行動に驚いたは、膝を抱えていた力を緩める。それを狙っていたかのように、今度はの背面から腰に腕を回した。
 そして、そのままを扉のほうへと引っ張る。当てないようにと慎重に。


「…っ!」


 この鉄格子から出る恐怖から、は臨也の首元に抱きついた。寧ろ出しやすくなったと、臨也は鉄格子から上半身と共にを出した。ゆっくりと立ち上がる。


「ほら、そうやってると何も見えないよ?」


 何も見たくないとでも言うかのように、首をいやいやと横に振る。仕方のない子だと臨也はの頭を撫で、いつもの椅子に腰をかけた。もちろん、を抱き上げたまま。背もたれに凭れると、二人分の重さが掛かり、ギギッと小さく音が鳴った。


「帰りたい…あそこに、帰りたい…」

「困ったなぁ」


 本当に困ったと臨也はため息をついた。いまだ震えるの頭を撫で、どうしたものかと考えた。
 何も閉じ込めるつもりはないのだ。ただ、臨也に従順になってくれればいいだけで。その手始めに、鉄格子の中に入れた。動物を飼うように、ここが自分の家、部屋なのだと教え込ませるためだ。
 最初は嫌がった。何度も何度もは鉄格子から、この中から出たいと叫んでいた。しかし――。


 ――次第に抵抗する力は無くなり、今はあの鉄格子の中が全てになった。俺は感心したね、人間の持つ『適応力』の強さに。どれだけ嫌でも、続いてしまえばそれが習慣となり、やがてはそれが当たり前になる。


「でも、俺が求めてるものにはまだ程遠いんだよ」


 ――君は強力な武器になるんだ。もちろん、それは俺専用で…対シズちゃん用の武器。


、こっち向いて。…俺を見るんだ」


 臨也に言われ、ゆっくりと顔を上げて臨也と向かい合う。しかし、視線が定まらない。それほど今のの精神は不安定なのだ。
 そして、それこそが臨也の狙い。不安定な部分に漬け込み、の中で欠かすことの出来ない存在となる。それだけで終わりではない。最終的には、自身の生きる意味、理由となることが目的だ。


 ――俺がいるから生きる…何て素晴らしいんだろう。その時点で俺は、の全てを手に入れ、自由に使うことが出来るんだ。今は出来ないけど、焦ることなんて何一つない。こうして、順調に進んでるんだから。


、少しだけ口を開けて」

「口…」

「そう、そのまま」

「ん…」


 の顔を両手で包み、近づけさせる。臨也が何をしようとしているのかがわかったは身体を強張らせるが、お構いなしに近づけた。
 あと少しと言うところで、臨也は思い出したかのように口を開いた。


「あ、そうだ。…この前みたいに抵抗すると、ここに穴が開くかもね」


 片手を外し、ポケットからナイフを取り出した。そのまま刃をの脇腹に当て、にこりと微笑む。


「…痛いのは、好きじゃないだろ?」

「ひっ…!」

「大丈夫!君は俺に何もかもを委ねればいいんだ」


 ――身体も、心も、意思も、何もかも。


 布越しに当てられるナイフに怯えるに口付ける。こうして脅したのは訳がある。以前、今と同様に口付けをしたとき、に唇を噛まれてしまったのだ。それを防ぐためと、命令に従わせると言う行為を合わせて脅した。


「っは、ん…ぅ」


 舌を入れ、逃げようとするの舌に絡ませる。どちらのものとも言えない唾液が、の顎を伝っていった。


「…っ、偉い偉い。やれば出来るんだから、抵抗なんて無意味なことやめなよ?」


 コクンと頭を縦に振るを見て、臨也は自分の計画が順調に進んでいることを実感した。もうすぐ、は臨也が臨んだ強力な武器になると。


「じゃあさ、次は俺がしてるように舌を絡ませて。逃げるだけだと、俺もつまらないからさ」

「わ、わかりまし、た…」

「良い子だね」


 再びに口付ける。舌を入れると、は拙いが絡ませようと頑張っていた。本当に自分の言うとおりにするようになってきたと、臨也の中で気持ちが昂った。緩やかな深い口付けが激しくなり、は息が出来ない苦しさから臨也の服を掴んだ。


「ふぁ、んっ、ん…」


 満足したかのように唇を離すと、二人を繋ぐかのように銀色の糸が見えた。とろんとした目をしているの額に口付け、頬を撫でた。


「くはははっ…!最高だよ!――もっともっと時間をかけて、俺から離れられないようにしてあげるよ!そして君はあいつを黙らせて、殺して…はははははは!想像するだけでわくわくするよ!」


 肩を揺らして臨也は笑う。楽しみで楽しみで仕方がなかった。
 臨也のものとなってしまったを見たときの静雄の反応が。絶望するのか、それとも怒り狂うのか。どちらにしろ、臨也を楽しませるものに変わりはない。
 何がおかしいのかわからないは、不安そうに臨也を見上げた。それを見た臨也は、先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべる。


「あぁ、大丈夫大丈夫。あいつがいなくなったあとも、俺は君を愛してあげる」


 ――だって、君には俺しかいないから。








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