※静雄と付き合っている設定でお読みください。



「また泣いているの?」


 飽きないねぇ、とこの家の主である男――折原臨也が帰ってきた。そんな彼に、は見向きもしない。ただ涙を流しながら窓の傍に立ち、そこから見える景色を見ている。
 今、外は雨が降っている。薄暗い雲、雨。それらはまるでの心境のようだと臨也は思った。
 デスクに近づき、羽織っていたジャケットを無造作に置いた。濡れているため、どすん、と重い音が静かな部屋に鳴り響く。


「ただいま」


 の横に手を置き、耳元で囁く。返事は返ってこない。それに少し苛立った臨也は、窓の方ばかりを見ているを無理矢理自分の方へ向かせた。


「お帰りなさい、は?

「お、お帰り、なさい…」


 臨也の方を見ないようにと、は視線をずっと下げている。
 ――気にはならなかった。臨也にとってそれは無駄な努力にしか見えないからだ。同時に、そのような無駄な努力をするを愛おしいと思う。口角を上げ、臨也はの目尻に口付けた。小さく震えるの後頭部に手を添え、柔らかな髪を手に絡ませる。
 しばらくはその感触を楽しんでいたが、少し力を入れ、後ろに引っ張った。その衝撃には表情を歪めるが、臨也はの仰け反る首筋に口付ける。


「君はそうやって外ばかり見てるね。そんなに恋しい?」

「わかってるくせにっ…!」

「あぁ、わかってるよ。外ばかり見ているのは、見つけてほしいからなんだろ?
 友達の竜ヶ峰帝人君、紀田正臣君、園原杏里ちゃん。心配しているだろうね、彼らは。もう何日も姿を見せてないんだから。
 ま、その中で一番心配しているのは――シズちゃん、かなぁ」


 シズちゃん――平和島静雄のを出した瞬間、臨也の表情が歪む。
 空いている手でそっとの首筋を下からなぞり、頬に触れる。その仕草が優しく、は内心戸惑いを隠せなかった。


「見つかると厄介だけどさ、楽しいんだよね。必死なシズちゃんを見ているのがさ。
 滑稽だと思わないか?だってさ、シズちゃんが探している君は――は、俺のところに居るのに」


 今度はの頬に口付ける。リップ音を鳴らし、唇を離した。


「もう、家に、帰らせてください…」

「駄目だよ。それは駄目」

「どうして!」

「どうして?愚問だね!クハハハハ!」


 二人だけの空間に響く臨也の笑い声。その笑い声に、は狂気を感じていた。
 一頻り笑ったあと、臨也は無表情でを見た。ぽたりと臨也の髪から雫が落ち、の目尻から伝っていく。まるで、が涙を流しているかのように見えた。


「家に帰すとさ、は俺を見ないだろ?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。…は俺を見ない。絶対にね。
 だってそうだろ?が見るのはシズちゃんだけ。シズちゃんもだけを見る。…ムカつくんだよねぇ、本当。」


 そう言ってを抱きしめる。臨也の身体は濡れていて、冷たさがにも伝わった。臨也はそのままを窓のほうに寄せる。片足をの両足の間に入れ、左手をの右手に絡ませた。右手はの顔の横に置いてある。


「でもさ、こうしていれば、は俺を見るしかない。他の奴なんか視界に入らないだろ?」

「…臨也さんは、他の人を見るのに?どうして私だけ駄目なんですか?」

「俺は良いんだよ、俺は人間が好きだから。愛しているから。でもは駄目」

「おかしいじゃないですか!」

「おかしい?どこが!当たり前のことを言っているだけだろ?」


 ――もう何を言っても届かないのか。
 絶望感がを襲い、一瞬、意識が遠のいた。足に力が入らなくなり、立っていられなくなったところを臨也が支えた。
 ――会いたい。彼らに。友人達、そして、静雄。


 ――会えないのかな、もう。こんなにも私は会いたいと思っているのに、願っているのに。


「ほら、またシズちゃんのこと考えてる」


 意識が現実に引き戻される。
 の目の前に居るのは、静雄ではなく、臨也。それは変わりようのない現実。


「俺だけを見て、俺だけを感じて、俺のことだけを考えればいい。そうすれば苦しくないよ。
 ――だって、俺はずっとの傍に居るんだからさ」


 ――もう、この人からは逃げられない。


 絶望感は虚無感へと変わり、それらがから拒絶する力を全て奪ってしまった。瞳からは光が消え、ただ涙を流しながら臨也を見る。
 ――堕ちた。臨也はそう確信した。これでもう彼女は自分しか見ない。いや、自分しか見れない。他の者をその瞳に映すことなどないと。
 込み上げる感情を抑え、に口付ける。自分のものになった喜びを表現するかのように、深く。


 ――の世界に存在するのは俺だけでいい。他はいらないんだ。
 あぁ、何て今日は素晴らしい日なんだろうね。ようやく君の世界から俺以外の人間がいなくなった。あれだけ邪魔だったシズちゃんすらいなくなった!
 これからは小さな世界で生きるんだ。でも、幸せだよね。


 だって、その世界には俺としか存在しないのだから。








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