※臨也と付き合っている設定でお読みください。




 今日は朝から雨が降っていた。朝やっていた天気予報では、明日まで雨は止まないとのこと。それでも買い物に行かなければ今日の晩ご飯は作れない。
 雨が降っている中出掛けたくないのが本音だが、行くしかないと決心し、傘を片手に家を出た。


「わ、すみません」


 ――池袋は人が多い。傘を差して歩いていると、どうしてもすれ違う人が差している傘との傘がぶつかってしまう。ぶつかる度に傘から飛んでくる飛沫が冷たい。特に今日は雨で気温が低いため、濡れるととても寒く感じた。
 もう少しぶ厚い上着を着てくるべきだった、と後悔したが、今更家に取り換えに帰る気すら起きない。


 ――早く買って、早く帰ろう。そっちのほうが賢いよね。


 若干急ぎ足で歩いて行く。この寒さから早く解放されたい。
 目的地である店の屋根の下に入り、傘を畳んで傘立てに立てる。今日は寒いから鍋だなと思いつつ、店に入った。








「――無い」


 急いで買い物を終わらせてきたを待ちうけていたのは、傘の紛失という、今から帰ろうとしていたにとって痛いものだった。
 雨の日は傘立てに傘がたくさん立ててあるため、よく間違えて持って行ってしまう人が居るという話は聞いたことはあるが、まさか自分がそうなるとは思っていなかった。
 もう一度店の中に入って傘を買おうかとも考えたが、今日は鍋にしようと張り切ったため、お金が無い。念のため財布の中を確認したが、やはり百円玉が二枚程しかない。これではビニール傘すら買えないではないかとため息をついた。
 雨は未だ降り続いている。ここに来たときよりも勢いを増しているようだ。
 ――しばらく待ってみるだけ待ってみようかと思い少し俯いたとき、傘を差した人物が現れた。
 影で気付いたは、徐々に視線を上にやっていく。


「やぁ、ちゃん」

「臨也さん…!?」


 いつもの黒いジャケットを羽織った臨也が、傘を差して立っていた。


「どうして臨也さんがここに?」

「偶然近くを通ってね。ちゃんが店の前でずっと立ってるのが見えたから」

「実は、傘が…その、無くなって」


 帰れないんです、とが続けようとしたとき、臨也は少し傘を差しだした。臨也の背中が雨で濡れる。


「ほら、早く入りなよ。近くまで送ってあげるからさ」

「え、で、でも、良いんですか?」

「何言ってるの?ほら、早く」


 臨也に腕を引っ張られ、は少し前のめりになりながらも傘の中に入った。一つしかない傘に二人が入るとなると少し窮屈だが、傘が無くて困っていたのと、臨也の優しさが嬉しかった。
 しかし、帰りも人通りが多い道を通らなければならない。隣を通る人間の肩がの肩にぶつかる。
 ――歩きづらい、そう思ったときだ。臨也がの肩を抱き、自分の方へ寄せた。
 臨也は長身ではないが、それでもよりは高い。自分の頭の上に臨也の顔があり、その近さに顔を紅潮させる。


「恥ずかしい?」

「そういうのじゃ…」

「何回もキスしたりしてるのに?」

「…そうやって口に出されると恥ずかしくなるんですけど」


 隣でくつくつと笑う臨也に、は少し眉を寄せた。
 そのとき、急に臨也が歩くのをやめた。肩を抱かれているも自然とその場に止まる。


「口に出されるのは恥ずかしい?」

「え?」

「じゃあ、するのは恥ずかしくないってことだよね?」


 そう言って臨也は地面に傘を落とした。冷たい雨が臨也とに降り注いだ。
 地面に落ちた傘にも雨は降り注いだ。その様子を見ていると、臨也はの顔を両手で包みこんだ。


「君が見るべきなのは傘じゃないだろ?」

「臨也、さ――」


 ――手に持っている荷物を落としそうになる。
 冷たい雨が降り注ぐ中での臨也とのキス。唇はお互い冷たい。だが、それでも体温は臨也と触れ合っている部分から上昇していく。


「あの、臨也さん――」

「黙っててよ」


 再度口付ける。から酸素を奪うかのように。深く深く口づけた。
 臨也の髪から滴る雫がの顔を濡らし、伝っていった。


「――水も滴るいい男って言葉がある」

「…それ、自分だって言いたいんですか?」

「よくわかったね。その通りだよ」


 にこりと微笑み、臨也は地面に落ちていた傘を拾ってに渡した。受け取った傘を差すが、何故か臨也は傘に入らない。


「その傘はあげるよ」

「もらえませんよ、臨也さんが濡れます」

「俺はフードかぶるから大丈夫だよ。それじゃあ」


 フードをかぶり、歩いて行く。しばらく臨也の方を見つめてたが、何かを思い出したかのようには駈け出した。
 この雨の中、傘を差して走るのは困難だ。何人もの人にぶつかりながらも、臨也に追いつこうと足を動かす。


「あれ、帰ってないの?」


 追いついたは臨也の服を引っ張った。ずれそうになるフードを押さえ、臨也は後ろを振り向いた。


「あ、あの…これ、鞄の中に入れてたので濡れてないし、使ってください」


 少し背伸びをして臨也の首に軽く巻きつけた。
 臨也自身が濡れてしまっているため、効果があるかはわからない。それでも、少しでも風邪をひかないように暖かくしてやりたかった。


「…マフラー?」

「はい、行くときに付けていて、お店入ったときに鞄の中に入れたままにしてたんです」

「でも俺濡れてるし、マフラーも濡れるけど」

「構わないです。傘のお礼です」

「…そう、ありがとう」


 少し照れているのか、マフラーを口元まで上げ、臨也はお礼を言ってまた歩き出した。
 後姿を見ているとくしゃみをする様子がわかり、風邪をひいたのではないかと少し心配になった。また家に着いたらメールでもしようと思いながら、家へ向かって歩き出した。
 首元が少し寒いと感じた瞬間、くしゅん、と小さなくしゃみが出た。そして雨の中でのキスを思い出し、顔を紅潮させる。


 ――口に出すのも恥ずかしいけど、キスをすることが一番恥ずかしいんですよ。


 それでも、臨也とのキスに幸せを感じるだった。








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