一週間程前から、の頭を悩ます出来事が起きていた。
放課後、靴箱を覗くと何かしら物が入っていたりする。どこで知ったのか、携帯に何度も無言電話をかけてくる。友人である帝人や正臣や杏里に相談をすると、三人とも同じ答えを返してきた。
「それ、ストーカーだよ!」
「ストーカーだろ!よし、任せろ。この俺、紀田正臣がのことを守ってやるよ!」
「ちゃん、自宅とかにはまだ入られてないですよね…?」
――ストーカー。は少し身体を震わせた。
こうして三人に相談している間も、携帯は鳴り続けている。着信拒否をしても、公衆電話からかけてきたり、電話番号を変えてかけてきたりと、効果がまったく見えない。
電源をずっと切っておくと言うのも考え、実行してみた。三日経ってから電源を付けると、何百件もの無言の留守電が入っていた。
「…ねぇ、静雄さんには相談したの?」
「してない…」
「した方がいいだろ。今日にでもして、しばらく傍に居てもらえよ」
「私も、それが良いと思います…。ちゃんに何か遭ったら、私達も悲しいですし…。それに、一番静雄さんが悲しむと思います」
「じゃあ、今日にでも話してみる…。ごめんね、皆。ありがとう」
心配をかけたくないとの思いから静雄には相談をしていなかったのだが、三人からそれはダメだと言われ、今日にでも相談することにした。
下校時刻になり、四人はいつものように一緒に帰る。分かれ道では三人と別れた。気をつけるんだぞ、と正臣に肩を叩かれ、は縦に首を振った。
いつもの帰り道ではなく、帝人達に言われた通り、人通りが多い道を使った。これなら襲われないだろうとの考えからだ。しかし、現実はそうでもなかった。ストーカー行為をしている者にとって、人通りが多かろうが少なかろうがどうでもいいこと。それはにストーカー行為をしている者も同じだった。着実に、に忍び寄ろうとしていた。
――付けられてる?
は背後から感じる視線に身震いした。足音は周りの人間にかき消されているのでわからないが、自分に注がれている視線は隠しきれない。
急ぎ足で歩を進める。それに合わせて後ろに居る人物も急ぎ足になった。
携帯が鳴る。しかし、着信音は短かった。友人からのメールだろうか、と携帯を開いてみると、臨也からだった。
『そのまま右に曲がって。路地に入るんだ』
――何で臨也さん?
付けられていることを知っているかの内容。だが、今その疑問を相手に言う時間すらない。ちょうどもどうすればいいか迷っていたため、言われた通り右へ曲がり、路地へ入った。
人気の無い路地。嫌な予感がしたそのとき――の右手が何者かによって包まれる。
その感触に驚き、おそるおそる振り向くが、そこにはまったく見覚えのない人物が立っていた。
「あぁ、会いたかったよ、。僕の、」
「だ、誰ですか…」
「僕だよ、僕。君の彼氏じゃないか」
まったく知らない人物に『君の彼氏だ』と言われ、じりじりと路地の奥へ押される。
「ずっと電話をかけてたんだよ?なのに君は出てくれないし、寂しかったから会いに来ちゃったよ」
「なっ…!じゃあ、あの電話はあなただったんですか!?」
「そうだよ?君の声が聞きたくて、何回も何回も何回も何回も何回も何回も電話した!けど!!
…君は出てくれなかった。出てくれたのは最初だけだ。何で?ねぇ、何で?僕は君の彼氏なんだよ?ねぇ、何で電話に出てくれなかったの!?」
「その疑問に答えてあげようか?」
首を絞められる寸前に、薄暗い路地の奥から聞き覚えのある声がした。先程、に路地に入るようにメールを送った人物の姿がそこにはあった。
「君が、の彼氏じゃないからだよ」
口元を歪め、その男――折原臨也はに近寄り、男から引き離した。
自分の元へと引き寄せた臨也は、の腰に手を回す。その行為が男の怒りの引き金をひいたようだ。
「は僕の彼女だ!離せよ、彼女を離せよ!」
「はぁ…見てわからないかなぁ。は、俺の彼女なんだけど」
「え、ち――」
「(これからもずっとこの男に付き纏われたい訳?)」
臨也に小声で言われ、は男を見た。
――それだけは、嫌だ。
そう思い、臨也の口裏に合わすことにした。その様子を見て、臨也は楽しそうに口元を歪める。
だが、男はそれを受け入れない。何せ、男の頭の中ではと付き合っているのは自分となっているのだ。の隣に居て自分しか居てはいけない。他の男はあり得ないと。
「彼女のことを愛する人間も、僕一人でいいんだよ。お前なんかいらないんだよ」
「クハハハハハ!君とは気が合いそうだ。でもごめん、俺は君が大嫌いだ」
二コリと微笑む臨也だが、目は笑っていなかった。冷徹な光を宿し、目の前に居る男を見ている。
「のことを愛する人間は、俺一人で良いと思ってる。あぁ、思ってるさ。でも、きっとのことを愛する人間は他にも出てくる。それは仕方のないことだ。俺も人間が好きだし、愛してる。けど、そんな俺でも許せないことはあるんだ」
そこで臨也は区切り、一呼吸する。そして、男にとっても、にとっても驚くような内容を言葉にした。
「俺以外の人間が、を苦しませたり悲しませたり傷つけたりするのだけは許せないんだ。言ってる意味わかる?」
――を苦しめたり悲しませたり傷つけたりするのは、俺だけがしていいってことだよ。
「俺は人間が好きだよ。…だからこそ、を苦しめ、悲しませ、傷つける人間は許せないね。俺が人間を愛しているのに、何でを苦しめる?悲しませる?傷つける?…理解に苦しむよ」
正直、は臨也に戦慄が走った。
――震えが止まらない。ストーカー行為を働いた男など、今はどうでも良かった。とにかく臨也から逃げ出したかった。
「あぁ、そういえば君はを苦しめたね。数えきれない程の無言電話。留守電…。あとプレゼント、だっけ?」
臨也の言葉はナイフとなり、男に突き刺さる。
男も怯えていた。臨也から感じる狂気がそうさせるのだろう。
――すとん、と腰を抜かし、後ずさりを始める。そんな惨めな男に、臨也は更に追い打ちをかけた。
「俺は情報屋を生業としててさ、君のことは事前に調べておいた。どうでもいい内容だったけど、とりあえずいろんなところに売っておいたよ」
「へ…?」
「今日の夜あたりから君は引っ張りだこかもね」
「う、ぁ、うわぁぁぁあぁあああ!!」
「クッ…ハハハハハハハ!!逃げても無駄なのにさ」
その場から逃げ出した男を嘲笑う臨也。その姿に、は先程までその場に居た男のように座り込んだ。
――足に力が入らないとは、このことを指すのだろうか。と思った。それほどまでに、今の臨也からは狂気しか感じ取れなかった。
そんなの様子を見て、臨也はしゃがみ込んだ。の頬に手を添える。びくん、と跳ねるに微笑み、耳元に顔を寄せた。
「…そんなに俺が怖い?ねぇ――」
「あ、あの…」
「ははっ、ごめんごめん。脅かしすぎた?ほら、立ちなよ。家まで、は無理だけど送ってあげるよ」
を立ちあがらせ、臨也はの手と自分の手を絡ませた。
二人は無言で歩いた。このような状況で、は臨也と話す気分にはなれなかった。
「この辺でいいかな、それじゃあねちゃん。気をつけて」
「あ、ありがとう、ございました…」
臨也から早く離れたい――その一心では走った。怖かった。あの目が。逃げてもどこまでも追いかけるあの目が。
「ハハハハハ!!楽しいなぁ、本当楽しいなぁ!好きな子ほど苛めたくなるってまさしくこのことだと実感したよ!」
ポケットから携帯を取り出し、臨也は笑みを深めた。
そして、電話帳からある男の情報と連絡先を消す。それは、に迷惑行為を繰り返していたあの男。
「…あの男も馬鹿だよねぇ。俺にの情報をくれって言うからこんな目に遭うんだよ」
携帯を口元に当て、肩を揺らして笑う。
あの男は面白い玩具だったと。臨也の手の平で踊らされ、消えていく。傑作だ、と心の中で思った。
――ま、シズちゃんもいつかは、ね。
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