「まだ、帰ってこない…」


 六年生は朝から実習で合戦場に出ている。最近は実習で合戦場に出ることが多くなっており、学園に居ることが珍しい状況になっていた。
 それもそのはず。六年生は来年には卒業して普通に忍者として生きていくのだから。今こうして合戦場に出ているのも、卒業した後のことを考えてだ。経験無しで忍者になるよりも、より多くの経験を積ませて忍者になるほうがこれから先も生きていける可能性がある。
 そして、今まで同じ合戦場に出向かせていた六年を一人一人違う合戦場に出向かせているのもそのためだ。


「…潮江くんも、立花くんも、七松くんも、中在家くんも帰ってきた。けど…」


 まだ、食満と伊作が帰ってきていない。それがまたの不安を駆り立てる。
 ひどい怪我を負っているのではないか、もしかしたら倒れて動けないのではないか。


「ううん、皆帰ってくるよ…。帰ってくる…」


 そのときだ、戸の向こうで小さな物音がした。障子には人影が映っている。その影から、帰ってきたのは食満だと言うことがわかった。
 腕を押さえ、肩で息をしている。は急いで保健室から出た。帰ってきた文次郎や仙蔵、小平太や長次は怪我を負っていたと言ってもそこまでひどくはなかったのだ。の中で不安が大きくなる。


「食満くん!」

「あ、あぁ。か…。すまねぇ、腕痛めたみたいだ」

「待ってね、すぐに治療するから!とりあえず、中に入ろう」


 歩きづらそうにしている食満を支えるために、痛めていない腕を自分の肩に回した。どうやら腕は折れてはいないようだが、受け身などを頻繁に取って動かせることすら出来ないのだろう。


「右腕が一番ひどいね。折れてはいないけど、一週間は激しい運動とかは避けて。
 あと、苦無が刺さった部分はそんなに深くなかったよ。でも、出血量が少し多いから貧血状態になってる」

「だからふらつくのか…」

「結構激しい合戦場に出向いたみたいだね…」

「ん、あぁ、そうだな。今まで行ってたところよりは。
 まぁでも良い勉強になるさ。いや、違うな。良い鍛錬になるって言えばいいのか?」

「潮江くんと話してるみたい…」


 くすっ、と小さな笑みを浮かべるに、食満は安堵のため息をもらした。


「…やーっと笑ったな。
 伊作は絶対帰ってくるから、心配すんな。まぁ怪我人の治療ばっかしてると不安にはなるよな。特に伊作は」

「…ありがとう、食満くん」

「いいって。こうしていつも治療してもらってるからな。
 それじゃ、貧血が治まったから部屋に帰るわ。伊作のこと頼んだぜ」

「うん!」


 おやすみ、と食満は部屋へと帰って行った。
 また保健室で一人となった。だが、食満のお陰か、不安は消えていた。


 ――食満くんに感謝しなくちゃ。


 片付けよう、とが立ちあがったときだ。戸が開いた。
 食満かと思い振り向くと、そこにはが帰りを待ちわびていた人物がいた。


…!」

「伊作くん!」


 目立った外傷は無いが、心身共に衰弱しているのだろう。元気の無い笑みを浮かべた後、伊作の身体が前に傾いた。は急いで伊作のもとに駆け寄り、身体を支える。
 ずしりとに伊作の体重が掛かると共に、どれだけ伊作が衰弱しきっているかが伝わった。


「伊作くん、伊作くん!」

「あぁ、うん…僕は大丈夫だから…。ただ、ちょっとの間でいいから、このままでいさせて」

「え?」


 の背中に手を回し、伊作は今ある力で強く抱きしめた。
 そして実感した。あぁ、帰ってきたのだと。自分は、の元へ帰ってきたのだと。


「…こうして、帰りを待っててくれる人がいるっていいね」

「…待ってるほうは気が気じゃないよ」

「うん、そうだろうね…。僕もの立場だったらきっとそうだろうから」

「でも良かった…!伊作くんが帰ってきてくれて、良かったよぉ…!」


 の瞳から涙が溢れ出し、小さな嗚咽も漏れる。の身体を抱きしめている伊作の腕が更に強くなった。


「困ったな…。ちょっと、我慢できないかも…」

「ん、どういうこと…?」

「帰ってきたご褒美ってことで、許して」


 そう言うと伊作は身体を離し、の顔を両手で覆い、口づけた。
 性急な口づけ。伊作の舌がの舌を絡め取る。息が出来ない苦しさから、は伊作の服を掴んだ。


「ふ、ぅ…!」

「…は、ごめんね、。大丈夫…?」


 鼻と鼻がぶつかる距離で伊作はの顔を見た。
 先程の口づけから来る羞恥心で顔を紅潮させているは、伊作と目を合わせることが出来ないでいる。そんなが伊作はとても愛おしく感じた。
 こうして、と口づけを交わすのも何時ぶりだろうかと考える。実習が重なり、とはこうして治療してもらうときにしか会うことが出来なかった。


が、僕のために泣いてくれるのが嬉しくて」

「ふ、不謹慎だよ…!私、本当に心配して…!」

「うん、ごめんね」

「軽いよ…伊作くんの、ばか…!」


 あはは、と笑う伊作につられ、も微笑んだ。
 一時期は帰ってこないのかもしれないという不安が駆け巡ったが、こうして伊作は帰ってきた。


 ――また実習でいなくなるけれど、私は伊作くんの帰りをずっと待ってる。だから――。


 ――だから、絶対に私の元に帰ってきてね。










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