それは、伊作とが保健室で書類の整理などを行っているときに起きた。
 出入り口付近から、コトンッ、と言う小さな物音がした。
 同級生や知り合いの忍からは『忍に向いていない』と言われる二人だが、それでもさすがは“忍者のたまご”と言うべきか。話をぴたりと止め、静かに物音がした方向に視線を向けた。


「ねぇ。今、何か音がしたよね」

「うん、気のせいじゃないと思う…」


 何故そこまで気にするのか。それは、この忍術学園がよく狙われたりするからだ。そして、今は昼や夕方ではなく、夜。夜でなければここまで気にはしていないだろう。生徒達は、皆眠っているはずだ。
 ならば、何故伊作とは保健室にいるのか。それは、明日の夕方に委員会会議を行うために書類整理がどうしても必要だったからだ。夜なら静かに出来るだろうと寝静まった頃を見計らって作業を開始したのだが――。


はそこを動かないで。僕が見てくるよ。」


 万が一、この忍術学園内に敵が侵入して、明かりがついているこの部屋に来たのだとしたらを護らなければ。そう思い、伊作は気配を消して戸に近づく。




 ――誰も、いない。




 外の気配を探るが何も感じない。おそるおそる戸に手をやり、横に滑らそうと力を入れた。


「…あ、あれ?」


(間違えて、ないよね。戸の開け方を間違えたとかじゃ、ないよね)


 何度も力を入れて戸を開こうとするが、ガコンッ、と音を立てるだけで開く気配がない。


「どうしたの?伊作くん」

「あ、うん、それが…開かないんだ。ほら、何か音が鳴って。まるで――」




 何かが開くのを阻止しているような。





 そこで伊作はようやく気付いた。何かがつっかえ棒の役割を果たし、戸が開かないのではないかと。も気付いたようで、伊作の顔を見ていた。
 まず二人が思いついたのは、誰かの悪戯。だが、こんな時間に自分の睡眠時間を削ってまで悪戯を仕掛ける人物はこの学園にはいない。ならば一体誰がこんなことを、と伊作が考えたとき、何か思いついたのだろうか、が声をあげた。が、何故か顔色が悪い。


「ごめんなさい、伊作くん…!」

「え?」

「早く来すぎちゃって、伊作くんを待ってる間に廊下に溜まってた埃を掃除してたの…。
 終わってすぐに一年生の子が来て、お腹の調子が悪いって言うから診て、薬をあげて…そのときに、箒を戸の近くに置いて行ってしまって…そ、そのままに…」


 掃除道具を入れている棚を開けると、確かに箒が一本無くなっている。の話が正しいのならば、今つっかえ棒になっているのは明らかにその箒だろう。
 ごめんなさい、と謝るの瞳は潤んでいた。
 伊作はの近くに腰を下ろし、頬に触れ、瞳から零れそうになっていた涙を拭う。


「気にしないで」

「でも、故意じゃ無いにしても、原因は私にあるよ…」

「うーん…それでも、僕は気にしてないよ?寧ろ、この状況を楽しんでるかな」


 にこにこと笑いながら言う伊作を見て、この状況のどこに楽しむ要素があるのだろうかとは首を傾げる。自分の部屋には帰れない、この部屋から出るためには朝に来る新野先生を待つしかないはずなのだ。
 だが、伊作は楽しそうに笑っている。本当にこの状況を楽しんでいるのだろう。


「こんな状況って滅多に無いよね。
 他の人から見れば不運だとか思われるだろうけど。…僕からすれば、が居るから幸運だよ。こうして、二人で居れるからさ」

「え?」

「あ、いや、その、嬉しいって言うのは、あの、変な意味ではなくて、ただ純粋にその…」


 顔を紅潮させ、手をぶんぶんと振る伊作の様子に自然を笑みが零れた。
 怒られる、はそう思っていたからだ。自分の不注意で保健室に閉じ込められてしまったのに、文句の一つや二つ覚悟していた。だが、それすらなかった。泣きそうになっているを慰め、気にしていないと言う伊作。は改めて伊作の優しさに触れた気がした。
 ――昔からそうだった。伊作は優しかった。同じ保健委員になってお互いの存在を知り、支え合って来た。そして、いつしかの隣に伊作が居ることが当たり前になった。
 確かに、伊作は忍に向いてはいないのかもしれない。優しすぎるからだ。だが、にとって伊作はとても頼りになり、隣に居て安心できる存在。そんな伊作に『二人で居れるから』と言われ、嬉しくないはずがない。


「私も、幸せ」

?」

「こうして、伊作くんと一緒に居れるの、とても、とても、幸せ」

「…僕だけじゃなくて、もそう思ってくれてることが、僕にとって一番の幸運だね」


 あ、でもさっきも言ったけど、とこうして二人で居れることも幸運だよ。けど、僕と同じように幸せを感じてくれてる、思ってくれてるってことが、一番の幸運なんだ。
 そう言って伊作は、を抱きしめた。六年間秘めていた想いをに伝える。いつか伝えなくてはと思っていたが、今まで拒絶されることが怖くて言えなかった。しかし、今は違う。同じ感情を抱いてくれている今なら伝えることが出来る――そう思ったのだ。


「まさか、箒がお手伝いしてくれるとは思わなかったけどね」

「ん?何か言った?伊作くん」

「ううん、何でもないよ」


 朝、新野先生が保健室を訪れ二人を起こすまで、伊作とは寄り添いあうようにして眠っていた。










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