――見れねぇ。


 先程から静雄の視線は定まらない。隣を歩くをちらりと盗み見ては視線を彷徨わせている。


 ――反則だろ。あぁ反則だ。これは反則に違いねぇ。


 からん、と音を立てて歩くは、履きなれない物を履いているからか、どこか歩き方がぎこちない。


 ――手とか繋いだ方がいいんじゃねぇのか……? いや、でも、何て切り出せばいいんだ?


 いきなり行動に出てもいいのだろうか。右手をの左手に伸ばすが、引っ込める。引っ込めた手をまた伸ばすが、あと少しと言うところでその手は何も掴まずに元の位置に戻った。静雄自身は、手を繋ぎたいと思っている。寧ろ、繋いだ方がいいと思っている。何故なら、は足元ばかり気にして前をあまり見ずに歩いているからだ。
 何でも持ち上げる事が出来るくせに、小心者の手だと見つめていると、静雄の少し前を歩いていたが振り返った。その仕草だけでも静雄の胸は大きく跳ねる。


「私、おかしい?」

「……あ?」


 何がおかしいのかさっぱりわからない静雄は首を傾げた。


「もしかして、似合ってない……?」

「何言ってんだ。似合ってるだろ」

「だって! ……さっきから、何か変なんだもん」

「何が」


 は静雄を見た。その目は『静雄が変だ』と告げている。


「目。……合わせて、くれない」


 確かに、静雄はを目を合わそうとしていない。こうして会話をしていても、を見ずに話している。の何かが変で目を逸らしているわけではない。ただ普段とは違う格好をしているを直視出来ないだけなのだ。
 静雄自身、過剰に意識し過ぎている事はわかっていた。そして、その態度がに疑念を抱かせてしまった事に、静雄は少し反省した。


「……すまねぇ。のその姿が似合ってねぇからとかじゃねぇんだ。寧ろ逆だ、逆」

「逆?」

「似合ってるから、その、直視出来ねぇっつーか……」


 ――うなじとか見せるの、反則だろ……!


 その心の声は出さずに、静雄は自分が直視できない理由を話した。


「え、えっと……本当? 似合ってる?」

「似合ってるよ。……可愛い」

「か、かわっ……!」


 ぼんっ、と大きな音がしそうな程、急激に顔を真っ赤にする。面と向かって『可愛い』と言われると、やはり照れてしまう。静雄に背を向けて顔の火照りを冷まそうと両手を頬にあてた。
 すると見えるの白いうなじに、今度は静雄が少し顔を赤く染めた。


「……ほら、行くぞ。行きたかったんだろ? 祭り」

「う、うん」

「手。……さっきから見てたら、危ねぇんだよお前。下ばっか向いて歩きやがって」

「歩きにくいからつい……」


 差し出された手に左手を絡ませる。再び、からん、と音を鳴らして歩く


 ――浴衣着たの初めてだけど、着て良かった! 浴衣を買ってくれた遊馬崎さんと、着付けと髪型をセットしてくれた狩沢さんに感謝しないと……。




 今日偶然狩沢達と会った事が全ての始まりだった。
 会話の中で今日夏祭りがあると言う事を知り、行ってみたいと口に出したところ、狩沢と遊馬崎に引き摺られるように渡草のバンへと向かった。遊馬崎に何かを頼み、狩沢はどこから出したのかわからないメイク道具を構える。何かを買いに出かけた遊馬崎が帰ってくるまでに仕上げたいと、急ピッチでメイクと髪型をに施した。終わったのと同時に帰ってきた遊馬崎の手には何故か浴衣があった。男性陣に外に出てもらい、狩沢はの浴衣の着付けに入る。


「大丈夫、ちゃんと相方さんも呼んでもらってるから!」

「相方って……ま、まさか、静雄さん!?」

「相方って言ったら相方だよーっと。ほら、出来た! 可愛いよ、ちゃんっ!」


 お披露目、と称して外で待っている男性陣に声をかける狩沢。真っ先に反応したのは遊馬崎だった。


「おぉ! ちゃん、似合ってるっすねぇ! これで耳かきとかしてもらいたいっすねぇ……」

「おい、何でそこで耳かきが出てくるんだ」

「渡草、いちいち相手にしてたら疲れるだけだぞ。……でも、確かに似合ってるな」

「そ、そうですか? ……ありがとう、ございます」

「あぁ! 来た来たっ! こっちこっちー、ちゃんはこっちだよー」


 自身も自分が今している格好を見たいと鏡を探しだしたときだった。狩沢が大きく手を振る先には、携帯電話を片手にやってきた静雄の姿。


「何だよ、用……って……」


 銜えていた煙草が口から落ちる。それに気付いて急いで拾い上げて携帯用吸い柄入れの中に放り込んだ。


「ほらほら、ぼーっとしてないで」

「静雄さん用にも何か買っておけばよかったっすねぇ」


 しかし買いに行く時間は無い。狩沢に背中を押されて静雄の元まで来たは、未だ唖然とした表情を浮かべる静雄にかける言葉が見つからないでいた。静雄も浴衣を着たに何か言葉をかけようと思ってはいたが、初めて見る姿に動揺してかける言葉が全て吹き飛んでしまっていた。
 早く行くようにと遊馬崎と狩沢に背中を押されて漸く動き出したのは言うまでもない。




「……あいつらに礼言わねぇとな」

「え?」

「何でもねぇよ。あ、着いたぞ」

「ここ?」


 あたりが闇に包まれる中、今達がいるこの場所は昼間のように明るく、そして賑わっている。きょろきょろと珍しい物を見るかのように見回していると、隣にいる静雄が小さく吹き出した。


「そんなに珍しいか?」

「だって、初めて見るんだよ? 人いっぱいだし、何かお店もいっぱいだし」

「一つ一つ回ってみるか?」

「いいの!?」

「時間はたっぷりあるしな。よし、今日は全部回ってみるか」


 静雄に手を引かれ、は人混みの中へと入って行く。
 中に入って更に気付く事があった。皆、とても楽しそうに笑っているのだ。小さな子供からお年寄りまで、皆にこにこと表情を綻ばせている。年に一度のお祭りだからだろうかと思っていると、すれ違った子供が持っていた『白くてふわふわしたもの』に目がいった。


 ――わたあめだ! いいなぁ、わたあめ……。


「何だ、そんなにわたあめが食いてぇのか?」

「え!? どうしてわかったの!?」

「あのなぁ……そんなに熱心に見てたら、誰だってわかるだろ」


 ――そんなに食べたそうな顔してたのかな……。


 わかりやすい性格をしていると言うのはよく言われる事がある。まさか食べたいものですら顔に出てしまうとは、とまだまだ幼い自分に少しだけ顔を赤らめた。


「わかりやすいのは良い事だろ、気にすんな」


 ほら、と静雄から手渡されたのはが先程まで熱心に見つめていたわたあめ。


「わぁ、いいの!?」

の為に買ってきたんだから当たり前だろ」

「ありがとう!」


 嬉しそうに口に運ぶの姿に、静雄は表情を綻ばせる。


「食べる?」

「……え?」

「だって、ずっと見てたし……はい!」


 ――欲しくて見てたわけじゃねぇなんて言えねぇ……!


 別に甘い物が苦手と言うわけではない。寧ろ好物に入る。
 差し出されるわたあめと、わたあめを差し出すを交互に見た。中々食べない静雄に、は何かに気付いたのか小さく声を上げた。


「そっか。これ、私の食べかけ……」

「おい待て。食わねぇなんて言ってねぇだろ」


 引っ込めようとするの手を掴み、わたあめを少しだけ食べた。甘い味が口内に広がる。


「お、おいしい?」

「ん、うめぇな。昔ながらの味って感じだ」

「そ、そっか」


 ――どうしよう。


 静雄に掴まれた手が、熱い。


 ――何でも無いような事なのに、どうしてかな。……ドキドキする。


「どうした?」

「何でもないよ! ほら、次行こうよ次!」


 恥ずかしさを紛らわせるために、わたあめを口に入れる。顔が熱く、そして身体も熱く感じるのは、この人の多さや熱気などでは無いだろう。空いている左手でぱたぱたとあおいだ。
 何故か足早になっていただが、気になる屋台を発見した。水の入った水槽のようなものの中に、小さな金魚がたくさんいるのだ。


「……ねぇ、静雄さん」

「取るのはいいけどよ、飼う事は出来ねぇぞ?」

「だ、だよねー……」

「でも、一回ぐらいやっていくか!」

「やった!」


 料金を払ってポイと受け取り、は早速ゆっくりと金魚に近づける。


 ――今だっ!


「あっ……」


 無残にも開いた大きな穴。すくえたと思った金魚は、今も水槽の中を自由に泳ぎ回っている。


「……おい、破けてんぞ」

「そういう静雄さんのも破けてるけど?」

「これには、あー、あれだ……大人の事情って言うもんがあるんだよ」


 金魚すくいを終え、二人は他の屋台を回る。射的ではが並べてあったほとんどの景品を落とすことに成功し、一人の少女が屋台の景品を全て落とそうとしていると人がたくさん集まったのは言うまでもない。




「――楽しかったね!」


 行きのときと同じように、からん、と鳴らしながら歩くはとても楽しかったと満足げな笑みを浮かべていた。


「まぁ金魚すくいは悲惨だったけどな」

「それは静雄さんもでしょ」

「……あー、まぁあれだ。射的でこれが取れたんだからすげぇよ」

「話逸らした!」


 静雄がおぶっているのは、大きなクマのぬいぐるみ。これは当てて落とす事など出来ないだろうと誰もが思った景品を、は何故か一発で当てて落とした。さすがにこれには皆が驚いたが、自身はこのぬいぐるみが貰える事にとても喜んでいた。


「今日は本当にありがとう! とっても楽しかった!」

「俺も祭り自体は久々に来たけど、楽しかったよ」


 ――良いものも見れたしな。


「次は、静雄さんも浴衣とか着ようよ。私だけなんてずるい」

「ずるいって何だよ」

「……見たいんだもん」

「はぁ? 何をだ?」

「静雄さんの、浴衣姿」


 ――きっと、かっこいいんだろうなぁ。


 見たいと言われると、嫌な気はしない。それどころか、とても嬉しい。頬を赤らめて『お願い』と照れるの姿にも胸が高鳴る。


「……わかった、来年な」

「本当!? じゃあ来年は二人で浴衣着て行こうね!」


 来年の今頃の約束を今するのはどこかおかしい気もしたが、は真剣だ。嬉しいと言う感情が全身から滲み出ているのがわかる。そんなを裏切らないように、来年は早い内から浴衣を用意しておかなければと静雄は思った。
 そのとき、どんっ、と大きな音が横から響いてきた。――花火だ。


「綺麗……」

「そうだな……」

「お祭りも行けて、花火も見れて……今日は本当良い日だよ」


 ――今日は、本当にありがとう。

 打ち上がる花火は、残り少ない夏の夜空に綺麗に輝いた。





おまけ


「なぁ、俺が脱がせてみてもいいか?」

「えっ!?」

「別にやましい事は考えてねぇぞ。ただ……」

「ただ?」

「ほら、よくあるだろ? 時代劇とかでさ。くるくる回って……」

「やらないよ、絶対にやらない」






星実様へ捧げます!
遅くなりましたが、静雄さんで『夏祭り夢』と言うわけで……夏祭りに行ってもらいましたっ!
本当は浴衣を着せたかったのですが……甚平と迷った挙句、いつものバーテン服となってしまいましたが、夢主にはきちんと浴衣を着てもらいました。
わたあめ関係のお話は、ちょっと書いていて何故か照れくさかったのですが、とても楽しかったです!
よろしければお持ち帰りくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!







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