人が集まって来る。視線が集中する。
 目の前にいる二人は気付いていないのか、それとも気付いていて気にしていないだけなのか。恐らく両方とも外れているだろう。


「だからさぁ、俺が最初に見つけて声をかけたんだって」

「あ? 先に俺が見つけて声をかけてたんだよ」


 人が集まるよりも、視線を浴びるよりも、この二人、静雄と臨也には大切な事がある。


「順番って言葉があるだろ。そんなのもわかんねぇのか?」

「シズちゃんこそ、横取りって言葉がある事を知らないの?」

「臨也ぁ……!」

「おー、こわ!」


 ――怖いのはわたしです。


 何故こんな事になってしまったのか。持て余した暇を潰すために外に出たのだが、家で昼寝をするなり読書をするなりしておけば良かったと後悔した。先程よりも人が集まり、騒ぎの中心である静雄と臨也を囲むようにして円が出来ている。この二人が言葉で争っているのが非常に珍しいのだろう。携帯を取り出し、写真や動画を撮る者までいる。
 二人はどちらが先に声をかけたか言い争っているが、本人が思うには、細かい所まではわからないがほぼ同時だった。ほぼ同時に声をかけ、その直後に二人ともお互いの存在に気付いた。


 ――これって、わたしがタイミング悪いのかな。それともお兄ちゃんと臨也さんがタイミング悪いのかな。


 今回に限っては、もタイミングが悪かっただろう。そして、静雄と臨也もタイミングが悪かった。全ては、タイミングの悪さが引き起こした。


「こんな奴の近くにいちゃ大変だよ。こっちにおいで」

「い、臨也さん!?」

「……大丈夫、俺が護ってあげるからね。ちゃん」


 臨也に引き寄せられ、身体が密着する。耳元で喋られ、息が吹き掛かり、ぞくりと身体が震えた。もちろん、臨也はわざとやっている。目の前にいる静雄を挑発するために。
 だが、静雄は臨也の挑発に乗らなかった。無言でを引き寄せ、抱き締める。


「え、え!?」

「護る? てめぇの傍にいるほうが危ねぇだろうが」

「化け物じみた力を持ってる奴の傍のほうが何倍も危ないと思うけど?」

「得体の知れねぇ奴よりマシだろ」

「ひどいねー、俺のどこが得体の知れないって言うのさ」

「全部だろ? 自分でわかってねぇって最悪だな」

「シズちゃんだって自分の事全部わかってないだろ? お互い様じゃん」

「一緒にするな!」


 静雄の腕の力が強まる。臨也の時よりも身体が密着するのだが、それよりも息苦しさが勝っていた。


 ――く、苦し……!


 本当は、目の前の臨也を殴りたくて仕方無いのだろう。それを我慢している事は良い事だが、その影響がに出てしまっていた。だが、本人に言えなかった。今のこの状況で、切り出す瞬間がわからないのだ。しかし、ある男はの異変に気付いていた。
 そう、目の前にいる臨也だ。
 苦しそうに表情を歪めるに気付いた臨也は、にやりと口元を歪めた。漸く静雄にチェックメイトをかけるチャンスが来たと。


「シズちゃん、見てみなよ。君の強すぎる力が、ちゃんを苦しめてる」

「……!」


 急いでを見る静雄。腕の中にいるは、苦しそうにしていた。


!」


 慌てて腕の力を緩める静雄に、は深く息を吸って吐き、にこりと微笑んだ。


「ねぇ、ちゃん。怖いよねぇ?」

「怖いって、何がですか?」

「シズちゃんだよ、シズちゃん。俺、怖くて近寄れないよ」

「……じゃあ何で今近寄ってんだよ」

「俺は、ちゃんに近寄ってるんだってば」

「あ、あの」

「離れろ。俺からも、からも離れろ」

「シズちゃんからは離れるよ。頼まれなくても離れるさ。でも、ちゃんからは離れない」


 静雄の近くにいても怖くない。そう伝えるつもりが、二人によってかき消されてしまう。野次馬は多くなる一方で、この状況を打破する策も思いつかない。はため息をついた。


 ――お兄ちゃんの近くにいても、怖くない。臨也さんはちょっと苦手だけど、嫌いじゃない。


 仲良くして貰いたい。もちろん、それは無理な事だとわかっている。かと言って、がどちらかを選んで出掛ける、と言うのは更に二人の仲を拗らせるきっかけになってしまう。としては、それだけは絶対に避けたいものだ。これ以上仲を拗らせてしまうと、何が起きるかわからない。


 ――でも、この状況は良くないよね。どうしよう。どうすればいいんだろう……。あ!


 我ながら良い事を思いついたと、は笑顔を浮かべた。未だ激しい言い合いを繰り広げている二人の間に割って入り、臨也の右手を、静雄の左手をそれぞれ掴んだ。
 一体何なのか。静雄と臨也は先程までのやりとりから想像がつかない程静かになり、二人ともを見た。いきなり割って入って来たと思えば、手を握られ、彼女は何がしたいのかと。の次の行動がわからないと首を傾げていると、はにこりと微笑んだ。


「三人で、出掛けましょう!」


 二人とも、少しだけ時間が止まったように感じた。


「……ちょっと待って」

「あぁ、ちょっと待て

「何ですか? あ、最初に言っておきます!」

「何?」

「何だよ」

「何で三人で? とか、そう言った質問は、受け付けません! もう決めたんです! 今日は、三人で出掛けるんです!」

「で、でも、

「出掛けるの! 決めたの!」


 ――この状況を何とかするためにも! お兄ちゃんと臨也さんは嫌かもしれないけど……でも、このままここで終わらない言い合いを続けるよりはマシだよね……!


 予想通り渋る静雄と臨也の手を無理矢理引っ張り、はその場を離れた。行き先は、決めていない。


「ちょ、ちょっと、ちゃん。本気?」

「本気です」

。今からでも遅くねぇ。三人でどっか行くっつーのはやめねぇか?」

「やめない」


 の気迫に二人は口を噤んだ。今まで静雄と臨也を面白半分で眺めていた野次馬は、二人を引き摺るようにして歩いて行くの後姿を呆然と見ていた。あの二人が、一人の少女に何も言い返せないでいると。


「……それで? 今から何処に行くつもりかな?」

「ど、どこかです」

「考えて無かったのかよ……。あ、煙草切れた」

「じゃあ煙草買いに行く?」

「はっ、俺は嫌だね。何でシズちゃんの買い物に付き合わないといけないんだよ、この俺が」

「ってことは、わたしの買い物なら付き合ってくれるんですか?」

「もちろん」


 爽やかな笑みを浮かべる臨也に、静雄の背筋に悪寒が走る。早く臨也から離れたい。その気持ちは一層強まる。このままを臨也から引き離して二人きりになれればいいのにと。
 それは臨也も同じ気持ちだった。静雄との手を無理矢理離し、二人きりになれるところまで逃げたいと。
 だが、もしそんな事をすれば、はどんな気持ちになるだろうか。そう考えると、二人は行動に移せないでいた。やはり、が悲しむ姿は見たくないのだ。


 ――臨也の奴が悲しんでも何も思わねぇけどな。

 ――シズちゃんが悲しんでも何も思わないけどね。


「でも、煙草無いと口寂しいよね?」

「あ? あ、あー……まぁな」

ちゃんが口寂しくなったら俺の出番かな?」

「てめぇは一生喋んな」

「何でシズちゃんに指図されないといけないんだよ」

「喧嘩はしないで!」

「……はい」

「はぁ……わかったよ」


 煙草が無いとわかった静雄が、そわそわしている。臨也への苛立ちや鬱憤を煙草で晴らしたいのだろう。仕事の苛立ちやストレスは、煙として吐き出せば、少しだけ気が楽になると言う話を静雄本人から聞いた事がある。このまま放っておくと、今度は言い合いでは済まないかもしれない。静雄も臨也も怪我を負ってしまうかもしれない。


 ――二人とも傷だらけになるのも嫌だし……昔みたいに、お兄ちゃんが警察に捕まっちゃうのも見たくない。


 やはり煙草を買いに行くか。そう考えたとき、少し先に行ったところにある店が、安売りセールを行っていた。


「あ、キャンディ!」


 普通で買うとちょっと高い棒付きのキャンディが、半値で売られている。昔からはこのキャンディが好きで、よく静雄に買ってもらっていた。


「わぁ……! わたし、このキャンディだったらこの味が好きなんだよね……」


 最近は新しい味が増え、中々見つからなかった。久々に見つけたそれに、の口元は自然と綻ぶ。


「へぇ、ちゃんはこの味が好きなの?」

「はい、大好きなんです」

「……じゃあ、さ。これ、に」

ちゃんにあげるよ」


 すぐに静雄と臨也のにらみ合いが始まった。店の店主は大の大人が何をしているのかと呆れ顔なのは言うまでも無い。


「俺が、ちゃんにあげるの」

「いいや、俺が、にあげるんだよ」

「……」


 ――何でこうなっちゃうんだろう……。


 これ以上騒ぎを大きくすれば、今度は店にも多大な迷惑がかかる。は二人を何とか宥め、三人分のキャンディを購入して急いでその場を後にした。




「――これは、お兄ちゃんの。これは、臨也さんの」


 は少しだけ拗ねていた。少しだけ頬を膨らませながら、棒付きキャンディを銜える。


「喧嘩ばっかり……」

「……シズちゃんのせいだよ」

「……てめぇのせいだろ」


 小さな声でなすりつけ合う二人。はそんな二人に気付かれないようにため息をついた。
 あのまま言い合いを続けさせておけばよかったのか。いや、そんな事は無い。続ければ続ける程、野次馬が増えるだけだ。何とか移動しなければと三人で出掛ける事を思いついたが、出掛けた先でも同じように言い合いをしてしまえば、意味が無い。安易に考え過ぎた、とも反省をした。とにかく騒ぎを大きくしたくない、その事しか頭に入れていなかった自分が情けなかった。


ちゃんは、悪くないよ」

「こんな奴と同じ意見っつーのは本当に嫌だが、確かには悪くない」


 二人を見ると、と同じようにキャンディを銜えている。しばらくその様子を見つめ、は吹き出した。


「……シズちゃん、何かしたの?」

「俺が何したって言うんだよ。するならてめぇだろ」


 ――お兄ちゃんと臨也さんが、仲良くはしてないけど、こうやって一緒にキャンディ銜えてる姿が見れるなんて思ってなかった。


「でもさ、やっぱりちゃんには笑っててほしいなぁ。ふくれっ面なちゃんも良いけどさ」

「……まぁ、あれだ。今回は、俺が大人げなかっ」

「俺が大人げなかったね。ごめんね、ちゃん」

「……臨也ぁ……」


 ぽん、と頭に臨也の手が乗る。今まで見たことが無い優しい笑みに、の目が丸くなった。
 気が緩んだ瞬間だった。
 臨也はが銜えていたキャンディを取り、自分が銜えていたキャンディをの口の中に入れた。そして、のキャンディを臨也は銜える。


「……へ?」


 一連の様子を見ていた静雄は、呆気にとられた表情をしている。張本人である臨也は至極楽しそうに肩を揺らして笑っていた。


「ははははははは! ま、まさか、こんなに上手くいくなんて……! あはははははは!」

「な、何が、ど、どうなって……」

ちゃん、今回はシズちゃんが大人げなかったんだ。許してあげてね」


 ころころとキャンディを転がし、臨也はブロックの上に立つ。


「って事で、ちゃんのキャンディは俺が貰っていくね」

「あ、あの、臨也さ」

「今日は俺の勝ちかな? あー、今日は良い日だねまったく! ははははは!」

「下りてこい臨也!」

「やだね。今日はずっと引き分け続きだったけど、これで俺の勝ち。良い気分のまま帰らせてもらうよ」


 それじゃあね、と臨也は姿を消した。追いかけようとしたが、をここに残していく事は出来ない。追いかけて殴りたい気持ちをぐっと堪え、静雄はの方を振り向く。今が銜えているのは、臨也が銜えていたキャンディ。それを取り上げて捨てたい。


「そ、それ……」

「……うん」

「す、捨て……いや、何でも無い」


 一本取られたと言うのは、まさにこの事を言うのだろう。静雄はに背を向け、髪をかき上げた。


「……はぁ」


 落ち込んでいます、と言うのがはっきりとわかる背中に、はくすりと笑みを零した。ゆっくりと静雄に近づき、後ろから抱きつく。


「うお、な、何だよ」

「あとで、お兄ちゃんのキャンディちょうだい」

「お、俺の?」

「うん」

「……お前がそれ食い終わるまでには無くなってるかもな」


 そんな事を言いつつも、の言葉が嬉しかった静雄だった。





おまけ


「……あれ、これって、もしかしてシズちゃんの勝ち?」

「そんなところで何やってるのさ、臨也」

「新羅」

「珍しいね、キャンディなんか銜えて」

「ねぇ新羅」

「何?」

ちゃんに俺が銜えてたキャンディをあげて、俺はちゃんが銜えてたキャンディをもらった。そのあと、ちゃんがシズちゃんに『あとでお兄ちゃんのキャンディ欲しい』って言った」

「……何が言いたいのかさっぱりなんだけど?」

「俺って、負けたの?」

「……勝ち負け以前の問題だと思うけど?」






平和島の42番様に捧げます!
遅くなりましたが、静雄 vs 臨也で夢主の取り合い夢です。ペロキャンの登場がこんな形になってしまって本当にすみません……!
ただ、臨也が自分の銜えていたキャンディを夢主にあげる、と言うシチュが入れたくて、ギャグに混ぜるとこんな形になってしまったって言う……。そ、それでも受け取っていただけると嬉しいです!
よろしければお持ち帰りくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!







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