[寂しさの周波数]









雨上がり。ふわり、ふうわりと浮かぶ虹色の透明な玉。

指先に触れた途端、パチンと音を立てて消えていくそれ。



「皮肉なものだね」



青年は雲の割れ目から差し込む陽光を見て、目を細めた。



「君が好きだったシャボン玉を、君じゃない誰かが創り出している」


それを見ている俺の気持ちを、君は理解しているんだろうか。

ねえ、―――












「臨也さん臨也さん、見てくださいよ!シャボン玉!」

「そうだね。でもわざわざ言わなくても、わかってるよ?」


にこにこと笑顔を浮かべながら、自分で作り出した虹色の玉を見て喜ぶ少女。

向日葵のように明るい笑顔を浮かべている彼女は、少しだけ拗ねたように頬を膨らませた。


「いいじゃないですか、別に!シャボン玉なんて久々なんですっ」

「そうだね。この年齢になってやるような子、中々居ないからね」


俺がそう言って彼女の頭を撫でると、彼女は悄然と肩を落とした。


「子供、なんですかね。やっぱり」

「いいんじゃない?滅多に外に出る機会なんてなかったんだから」

「・・・そうだよね!」


彼女はぱっと顔を綻ばせる。

自然と自分の口元に笑みが浮かんでいるのに気づき、俺は苦笑した。


まさか、メールから発展して、こんなことになるとは。


最初はこの少女に興味を持っただけだった。

病院に入院していて、たまに家に帰っても、すぐにまた入院。

そんな病気を持っている人間、未だに居るんだと思って。


実際に会ってみたら、何となくこのこと波長が合うような気がして。


「臨也さんは、そういえば有名な情報屋さんなんですよね?」

「ああ、まあね。知ってたの?」

「はい!」


俺は意外、と言う表情を作る。

すると彼女はしてやったり、と言ったように嬉しそうに笑みを浮かべた。


「それじゃあひとつ、情報屋の臨也さんに聞いてもいいですか?」

「高くてもいいなら、いいよ」


俺は冗談半分だった。

彼女は、実際俺が情報屋だというのを本気にしていないように見えたからだ。

いつも通りの笑顔で、いつも通りの和やかな雰囲気で。

いつもとは違う質問を、彼女は俺に投げかけた。


「いいですよ。臨也さんは、誰か特定の人が好きだったりしますか?」

「・・・え?・・・はは、・・・それは、予想外だな」


いつもは、あの人は何ていう人なんですか。この猫の名前を知っていますか。

臨也さんは猫が好きですか。食べ物は、何が好きですか。

そんな素朴な疑問を投げかけてくるのに、これは、直球過ぎた。

まるで焦っているかのように、だけれども、いつもの微笑を絶やさずに少女は言った。


「情報屋さんなら、わかると思って」

「・・・参ったな。遊んでるの?俺で。」

「いいえ、臨也さんが私に近づいたのと同じ理由です」


少女は随分前から悟っていた。俺が彼女に興味本位で近づいたことを。

多分、初めて会った時から気づいていたのだろう。この子は、妙なところでいつも鋭かった。


「そうだね、もう少ししたら教えてあげるよ。
 丁度、君が今作ってたシャボン玉の季節になったら」

「シャボン玉の季節、ですね。わかりましたっ」


彼女はにっこりと微笑んだ。桜が丁度、彼女の柔らかな黒い髪に落ちる。

俺はそれをそっと払いのけ、少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「それで、報酬は何をくれるのかな?」


耳元でそっと囁けば、彼女はうーん、と小首を傾げて考える仕草をした。

数分後、彼女はやはり微笑んだ。いつものような、やわらかい笑みで。


「私の、命とか」

「・・・え?」

「なーんて。冗談です。本気にしたんですか?」


悪戯っ子が浮かべるような表情で、彼女はすくっと立ち上がった。

そして、俺のほうを振り返らずに歩いていく。桜並木が、その先には広がっている。


・・・?」


そっと声をかけても、彼女は決して此方を向かなかった。

背を向けたまま、遠くへ遠くへと。

ぱたり。音がして、そちらへ目を向けると、彼女が持っていたシャボン玉セットがベンチの上でと転がっていた。

ぽたり、ぽたりと流れ落ちる七色の液体。

俺ははっとして、取られていた視線を上げる。

彼女の姿は、桜吹雪の作り出したカーテンによって、霞んでしまった。


?」


ぐっと拳に力を入れて、掠れた声を絞り出す。

彼女のか細く、壊れてしまいそうな背中は、とっくに見えなくなってしまっていた。

繰り返される彼女の言葉。――― 「私の、命とか」

何度も何度もそれを反復している内に、彼女の笑顔が段々薄れて行くことに気づいた。

彼女の言葉に集中するたびに消えていく表情。ああ、失いたくない。

そう思っても、考えてしまう。思考を巡らせてしまう。そして、消えていく思い出。

言葉によって俺の頭が撹乱されているのだろうか。それとも何度も鳴り響く、携帯の音にだろうか。


俺は、ポケットから携帯を取り出し、着信履歴を見た。

それは、彼女の両親と、病院からで埋め尽くされていた。

―――彼女と今日、この場所で出会う前に。








パチン、指先で弾ける感触。

不意に青年は我に帰り、自分の手を見た。


「そうか、もう、夏か」


しみじみと彼はそう呟いて、晴天の空を見上げる。

真っ青なその色は、もう春の色を消し去ってしまっていた。


「何でかなあ。君のいつもの、ありふれた表情だけは忘れないんだよね」


それも、最期に見たあの表情だけは。


青年はそっと笑って、自分でも馬鹿らしいと思いながら携帯を取り出した。

そして、ずっと消していなかった彼女の番号に、電話をかけた。




「聞こえるかい?俺が好きなのは、――――だよ」




まるで、それに答えるかのように。

暖かな春の日のようなそよ風が頬を掠めた。






[約束の日が来る前に、弾けた玉の緒]

―――(「もしもし、もしもし?・・・ああ、何だ。聞こえてるみたいだね」)










八方様から相互夢『寂しさの周波数』を頂きました!本当にありがとうございます!
彼女が好きだったシャボン玉を見て、いなくなってしまった彼女を思い出す臨也さんがとても切ないです。
でもその切なさがまた良い…!感動です、ありがとうございます!
今後ともサイト共々よろしくお願いします







戻る