――東京でソメイヨシノが開花したと発表された。平年より六日早く、昨年よりも一日遅い開花らしい。
ニュースではそう言っているが、自身は今回の開花が早いのか遅いのかがわからない。ただ、暖かくなったら開花するものだと思っていた。
だけど、とはベランダへと続くガラス戸を開けた。少し開いただけで冷たい空気が入ってくる。
「三月なのに、まだこんなに寒いんだよね」
未だにヒーターを仕舞えない。昼間は暖かいときが多くなってきたのは確かだが、朝と夜はまだ春が訪れていないのではないかと思うほど寒い。
「それでも桜が開花したってことは、もう春ってことかぁ。まぁ来月から四月なわけだし」
ガラス戸を閉めようとしたとき、机の上に置いていたの携帯が震えた。最初はメールかと思っていたのだが、どうやら電話のようだ。急いでガラス戸を閉めて携帯を取りに行く。
誰からだろうと携帯を開いた瞬間、意外な人物のが表示されていた。静雄が家に居れば怒らすだけなので電話には出ないのだが、今は仕事で居ない。休日の朝に何の用だろうかと不思議に思いながら電話に出る。
『やぁ、ちゃん。おはよう』
「おはようございます、臨也さん」
『君がこうやって俺の電話に出るってことは、今シズちゃんいないんだ』
「…何か用があるんじゃないんですか?」
知っていて電話をかけたくせに、とは心の中で悪態をつく。
そんなに気付いているのか気付いていないのか、臨也は先程のニュースを見たかとに聞いてきた。もちろん、先程のニュースと言うのはソメイヨシノが開花したというニュースだ。
「えぇ、見てましたけど」
『今日の夜って暇?』
――それってさっきのニュースと何の関係があるんだろう。
臨也が何を言いたいのかがさっぱりわからない。しかし、それを臨也に言ったところで答えてくれるはずが無いことをは知っている。だから聞かない。そのまま臨也の言葉に答えるだけだ。
「今日はお兄ちゃんの帰りが遅いので暇だとは思いますけど…何か?」
『夜桜』
「え?」
『今日の18時に来良学園の校門前で待ち合わせだから。それじゃ』
「あ、あの!言ってる意味が――」
――切れちゃった。
電話の向こうから聞こえてくるのは、臨也の声ではなく電子音。
暇だと答えただけで、臨也は勝手に時間と場所を指定して切ってしまった。
臨也は夜桜を見に行くつもりらしいが、そこまで桜は咲いているのだろうかとは思う。実際、が住んでいる付近や池袋では、開花しているような気配は感じられない。
「…っていうか、私まだ行くって言ってないんだけど」
暇かどうか聞かれたから答えただけなのに、と携帯を机の上に置いた。だが、どこか楽しみにしている自分がいる。
夜桜を見に行くから?臨也に誘われたから?――どちらかにはわからない。前者のような気もするし、後者のような気もする。
どちらにせよ、それでもは楽しみだった。
――18時。来良学園の校門前。臨也が待ち合わせに指定した場所に、は立っていた。
三月も終盤に差し掛かっているのに、まだ夜は寒い。厚着をしても身体はこの寒さに震えていた。
「本当に来てくれたんだ」
「…臨也さんが言ったんじゃないですか」
数分遅れて臨也がやってきた。いつもの格好で寒くないのかと思っているとき、臨也はおもむろにの手を取った。この寒さで冷えてしまったの手。
「ちょっと来るの遅すぎたかな。こんなに冷たくなってる」
「いえ、別に…」
「そうだ、前に面白いものを見て試してみようと思ったことがあるんだ」
臨也はと自分の手を絡ませ、そのままジャケットのポケットに突っ込む。そして、何事もなかったかのように歩き出した。
臨也に引っ張られる形で歩く。何もかもが突然過ぎて状況についていくことが出来ない。もつれないようにと足を動かすので精一杯だった。
本当は言いたいことがたくさんあった。
何故誘ったのか、何故この時間からなのか、――何故このようなことをするのか。試すだけなら、他の人にすればいいのに、と。
ただに分かるのは、冷え切った自分の手よりも臨也の手が暖かいこと。ポケットの中にある臨也との手は、しっかり繋がっていること。この二つだけだった。
「夜桜って言っても、あんまり咲いてないんだよねぇ」
「…だったら何で誘ったんですか」
「君と一緒に桜を見る一番最初の人間になりたかったからさ」
「意味がわかりません」
「そのままの意味なんだけどなぁ」
とりあえず、と臨也は携帯を取り出した。情報屋の彼ならではの情報網を使用しているのだろうか、そう思いながらは臨也を見ていた。
「開花し始めてる場所が結構あるみたいだ」
「え、そうなんですか?」
「この近くにもあるみたいだから、そこに行ってみようか」
もう春だとは言え、18時を過ぎると暗くなってくる。街灯が道を照らすために光をともし始めた。
そして、今日は休日。この時間帯になると人通りがやはり多くなってくる。身長の低いにとっては歩きにくい。そんな彼女のために、臨也は敢えて人通りが少なそうな道を選んで歩いて行く。さり気ない気遣いが嬉しかった。
「あれかな、ほら、ちゃん。見えてきたよ」
臨也が差す方向に目を向けると、大きな桜の木があった。まだ完璧に開花しているわけではないが、それでもところどころ開花し始めていた。
近くまでいくと、その大きさに貫録を感じるほどの桜の木。
「すごい、ですね…」
「ここ、大分昔からあるみたいだよ。樹齢まではさすがにわからないけど」
「…このつぼみ全てが咲いたら、きっと綺麗なんでしょうね」
は素直に感動していた。冷たい空気がを突き刺しても、寒さを感じなかった。いや、寒さを忘れていたと言ったほうが正しい。それほどまでに、この桜の木はを魅了していた。
「桜ってさ、いろいろ言われてるよね。
桜の花びらがこのような色をしているのは、その木の下に死体が埋まっているからだとか」
「それって今する必要がある話ですか…」
「あぁ、なるほど。怖いんだ」
「ち、違いますよ!」
慌てるを見て臨也は笑みを浮かべた。ポケットの中にある手は未だ繋がれたまま。臨也はを連れて桜の木の下まで歩きだす。
根元付近まで来たところで止まり、臨也は空いている手で桜の木に触れた。
「桜、俺は散っているときのほうが好きかなぁ」
「どうしてですか?」
「咲いているときもとても美しいと思うよ。でもさ、よく考えてみなよ」
「?」
「散る瞬間は、一瞬。そう、一瞬なんだ。咲いているときと同じ期間中、見れるというわけじゃない。散っているときにしか味わえない美しさ、儚さ。それらを兼ね備えているのは桜だけだと思うからさ」
「…少し、分かる気がします」
冷たい春の風が二人を包む中、は黙って桜の木を見上げた。
咲き乱れているわけでもないこの桜の木の散るところはまだ見たくは無いが、それでも、散る瞬間が訪れた時は、今のように臨也とこの桜の木の下でその一瞬を見ていたいと思いながら。
八方様へ捧げます!
お相手は臨也さんにさせていただきました。
『桜』と言うわけで、普段は「人、ラブ!」な臨也さんですが、人間以外にも少しだけ感慨深いところがある臨也さんのつもりです(すみません、最後のほうだけですね…)
よろしければ、お持ち帰りください。
相互リンク、ありがとうございました!
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