――セットンさんが入室されました。
[ばんわー]
<こんばんわー>
[お、うまくやれてるね]
<セルティが教えてくれたからね>
<あ、セルティじゃなくてセットンさんだった>
[あぁ、ごめんごめん。ついいつもの癖でハンドルネーム入れちゃっただけだから]
[もう少し慣れたら私がいつもやってるチャットのURL教えるよ]
内緒モード [あと、こういうのとか]
<な、何それ!内緒モードって何?>
[今度会ったときに教えてあげるよ]
<本当?やった!>
画面越しでも伝わる喜びに、セルティは肩を小刻みに揺らした。――彼女は笑っているのだ。
今日パソコンを買った彼女の友人――にチャットを教えた。そのときは内緒モードの存在を忘れていたので、こういうものもあるんだよ、と言うことを今伝えたのだが、予想以上の反応が返って来たためだ。
――こういう反応は、いつものチャットでは無いから癒しだなぁ。
とチャットをしながら、別のウィンドウでいつものチャットを開いている。そちらのほうを見てみると、今は『甘楽』がテンションの高い文章を打ち込んでいた。それには同じくチャット仲間の『田中太郎』が適当に返してくれているため、セルティは何も打ち込んではいなかった。
が、突然『甘楽』がセルティに話を振ってきた。
≪ちょっとちょっとセットンさん!私、太郎さんにいじめられてるのにスルーしないでくださいよぅ!≫
【ち、違いますからね!いじめてないですからね!】
この二人のやりとりにもセルティは笑った。やはりこのチャットはこうでなくてはと。
最近は暗い話題がチャットで取り上げられることも多く、あまりこう言ったどうでもいい内容のチャットはしていなかった。
ようやくいつものチャットに戻ってきた。慣れた手つきで返事を打つ。
[すみません、ちょっと友達と話してました]
[まぁこのチャットルームではいじめなんて存在しないということでw]
≪えぇぇぇ!よくログ読んでくださいよっ!太郎さんにいじめられてる私がいるじゃないですかぁ!≫
【甘楽さん、そういうのは被害妄想って言うんですよ】
少し話してから、とのチャットの方を見る。今は必死に内緒モードを探しているようだ。だが、どこにあるのかがわからないのだろう。内緒モードにならないまま会話が打たれている。
<あ、これかな?>
<違った…。これ?>
<これも違う…。どれなんだろ、これ?>
[アハハハハハハハハ!!]
<あぁ!セルティ、笑ったね!?私真剣なのにー!>
[ごめんごめん、でも面白かった]
[まぁ今は二人だけだし、内緒モードはまた教えてあげるから]
<よし、そうだね。我慢我慢!>
<そうだ!あのね、セルth>
[?]
途中で途切れたの文章に、セルティはクエスチョンマークだけを打って返した。返事が返ってこないので、別のチャットの方を見ようとしたとき、から書き込みがあった。それを見た瞬間、セルティは画面に前のめりになった。
<申し訳ありません、邪魔をするつもりは無かったのですが>
――誰だ。
セルティの素直な感想だった。
今まではセルティとチャットをしていたはずなのだ。そして、このチャットはセルティがと話すために借りてきたもの。よって、これはとセルティしか知らないはずなのだが――。
そこでセルティはある人物を思い出した。セルティの数少ない友人で、よく話すことがある人物を。
[静雄か?]
相手からの返事を待つ。セルティの中で、静雄しか考えられなかったのだ。のパソコンからこのように文字を打てる人物は、この男ぐらいだろうと。
<はい、そうですが>
[私だ、セルティだ]
――この丁寧語の書き込みに耐えきれなくなったのが本音だった。
最初は自分がセルティであることを黙って続けようかと思ったが、今までにない静雄の丁寧語がセルティには耐えれなかった。
静雄は相手がセルティだと分かったからか、敬語では無くなった。ほっと胸を撫で下ろす。
<そうなのか。わからなかった>
[今はネット上で使用しているハンドルネームだからな]
[しかし驚いたぞ。はどうしたんだ?]
<風呂>
<続きやっといてって言われてパソコン開いたら誰かとやりとりしてるからさ>
――こうして静雄とチャットで話すのも新鮮だ。
そう思い、今日はこちらに集中しようといつものチャットのほうに『用事が出来たので落ちる』と書き込みをした。
【そうなんですか?お疲れさまでしたー!】
≪太郎さんと二人きりなんて…きゃっ!≫
つっこみたいとは思ったが、ここでつっこむと長くなると退室した。
ウィンドウを閉じ、静雄がいるチャットのほうを見る。まだは風呂から出てはいないようだ。
<ごめんな、セルティ。とのチャットに邪魔して>
[いや、寧ろこうしてお前とチャットで話すことが楽しい]
<そうか、ならいいんだけど>
<あぁ、そうだ。ちょっと話聞いてくれないか>
[何だ?]
<…今更だけどあいつのこと好きかもしれない>
――あいつ。
――か。
幼い頃に平和島家に引き取られ、共に過ごしてきた静雄と。
あのときは、静雄は妹が出来た感覚で、は兄が二人出来た感覚だったと前に言っていた。静雄は今のと同じくらいの年で、は小学生だった。
二人がお互いを異性として意識し始めたのはいつからだろうと考える。
<かもしれないじゃないな、好きだ。あぁ好きだ。認める>
<だけど、俺は怖いんだ。怖いんだよ>
――本当にいつからなんだろうな。気がつけば、二人はお互いを意識していた。
<ムカつくんだよ。あいつが他の男と話してるのみたりとかするとさ>
<俺だけを見ればいいのにとか思ったりした>
<でも、俺はに何も言ってないから、俺にそんなこと言う権利無いんだよな>
[…なら何で言わないんだ?]
<結局俺は臆病なんだよ。に拒まれるのが怖いんだ>
その気持ちは痛いほどわかる、とセルティは思った。
セルティ自身、新羅に拒絶されることを考えると胸が締め付けられる。人間では無い自分を愛してくれる新羅を、セルティも愛しているから。
[私は、静雄の気持ちが痛いほどわかる]
[だからこそ、自分を信用しろ。自信を持て]
――かつて、セルティも自分を信用していなかった。そして、自信が無かった。
今の静雄はかつての自分を見ている気がしたのだろう。だからこそのアドバイスだった。
[静雄は私以上にと同じ時間を過ごしてきただろう?]
[その時間の中で、はお前を見てきたはずだ。いろんなお前を]
[拒むのなら、とっくの昔に拒んでいるだろうな。だが、は今お前と一緒に暮らしている]
<そうだな、あぁそうだ…。今も一緒に居るってことは、拒まれてないってことだよな…>
<…ちょっと考えてみるよ。ありがとな、セルティ>
[どういたしまして]
<あぁ、ちょうども風呂から出てきた。これ消せるのか?>
[見られると困る?]
<怒るぞ>
静雄の文章に、セルティは小さく肩を上げた。
ログは消せるということを伝えると、静雄は安心していた。
<それじゃあな、に代わるわ>
[あぁ、おやすみ]
そこでセルティは過去ログを全て消した。
に見られると困る内容ではあるし、何よりも静雄が消してほしいと望んでいたからだ。それを知らないがチャットへ戻ってきた。今までのログが消えていることに驚いているようだ。
<あれ?ログが消えてる…!>
[これが管理人の力と言うものだ]
<なるほど…って違うよー!もう、お兄ちゃんと何話してたか知りたかったのに>
[しばらくしたらわかるんじゃないか?]
<ん?どういう意味?>
[さぁ、どういう意味だろうね。そろそろ寝たほうがいいんじゃない?もう夜遅いし]
<あー、話はぐらかした!でもそうだね、お兄ちゃんも早く寝ろって言ってるし、今日はもう寝るよ>
[じゃあ寝ないとね。おやすー]
<おやすみー!>
――しばらくしたらわかる、か。
今日話をして、静雄の中で何かが少しでも変わっていたらすぐにでもわかるだろうな。
どんな反応をするのだろうか。驚くのだろうか。それとも焦るのだろうか。どっちにしろ、が嬉しがるのは間違いないだろう。
あぁ、わくわくする!静雄のことだ、きっと私に報告してくれるだろう。も教えてくれるだろう。早く早く――。
――あの二人は、相思相愛なのだから。
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