「はぁ……」
ため息をつく。まるで、誰かに恋をしているような、そんなため息。
「このまま、誰かの手に渡って……私の一方的な片想いで終わっちゃうのかな……」
話しかけたい。抱き締めたい。しかし、その欲求を叶えるためにはまず相手に近づくところから始めなければいけない。それは自身もわかっているのだが、どれだけ努力しても近づく事は出来なかった。まして、相手からに近づいてくれる事は絶対に無い。これはから動かなければ駄目なのだ。
二人を遮るガラスに触れる。このガラスさえ無ければ、近づく事が出来るのに。抱き締める事が出来るのに。薄いガラスが、今はとても邪魔で仕方が無かった。
「私には、無理なのかな……」
「おい、。んなところで何してんだ?」
ぽん、と肩に手を置かれて初めて静雄が近くにいた事に気付いた。すぐ後ろにはトムもいる。今は二人とも昼休憩中のようで、静雄はシェイク、トムはコーヒーを手に持っていた。
「何見てたんだ?」
「え、えっと、それは……」
ちらりとガラスの向こうにいる相手を見る。あのつぶらな瞳が堪らない。その視線が気になったのか、静雄もが見ている方向を見る。
どこかで見た事があるウサギのぬいぐるみだった。静雄はこの手のものには疎いのだが、がとても気に入っているウサギだと言う事だけは覚えていた。
「……確か、ウサビッチ、だっけか」
その言葉に、小さく肩を揺らす。部屋には『プーチン』と言うキャラクターのぬいぐるみが置いてある。これは、が『ウサビッチが好き』と言う話をしたときに、その帰りに正臣がUFOキャッチャーで取ってくれたものだ。
――プーチン一人じゃ寂しいかなぁって思って、キレネンコも取ろうって思ったんだけどうまくいかないなんて言えないよね……。でも、欲しいなぁ。ぎゅってしたいし、プーチンと一緒に話しかけたいんだけどなぁ。
「これ持ってろ」
静雄からシェイクを渡される。それを受け取ると、静雄は財布を取り出してゲームセンターの中へと入って行った。
「どこに行くの?」
「両替に決まってんだろ」
「へ?」
「欲しいんだろ? だったら取ってやるよ、それ」
――そんなに顔に出てたのかな!?
両替はすぐに済んだようで、静雄が戻って来た。
「やるのはいいけどよ、それ、やったことあるのか?」
「高校のときに少しだけっすかね。最近はゲーセンにすら行ってねぇから、取れるか微妙ですけど」
100円玉を二枚入れて、クレーンを動かす。高校のときに少しだけ、と言っていたが、手際良く動かしているようにも思えた。そして、が苦労していたキレネンコの耳を掴む。そのままクレーンは移動し、見事キレネンコはダクトの中に入った。
「ほら、取れたぞ」
取り出し、キレネンコをに渡す。
「キレネンコだ……!」
手中に収めたいと思っていても、中々出来なかったキレネンコが、今はの腕の中にいる。これで自室にいるプーチンの横に並べて、好きな時に眺める事が出来るようになった。
力いっぱい抱き締めて、は静雄を見た。嬉しそうな笑みを浮かべるを見て、照れくさそうに少しだけ顔を背ける静雄。
「本当にありがとう! 私の片想いで終わるのかなって思ってたよ……」
「片想いって、大袈裟だな」
「でも、それだけそのウサギが好きだって事なんだべ? よかったな、ちゃん、手に入ってさ」
「はいっ」
「……静雄もやったじゃねぇか。休憩中にちゃんの嬉しそうな顔見れてよ」
「……そう、っすね」
ここに来る前、苛立つ客の相手をしていた。静雄を知っているか知らないのか、わざと怒らせるような事ばかりする客だった。その事もあり、せっかくの昼休憩だと言うのに、静雄の機嫌はかなり最悪だった。そんなときに現れたのが。UFOキャッチャーの前で肩を落とすの後姿を見て、静雄がすぐに駆け付けたのは言うまでもない。
――何かあったんじゃねぇかって思って駆け付けたら、ウサギが取れねぇって肩を落としてただけだったけど、静雄にとっては良い気分転換にはなったべ。
池袋で一番恐れられている男の心のオアシスって所か、と思っていると、が何やら静雄に頼み事をしていた。
「まだ時間ある……?」
「あ? まぁあるにはある……おい、もう取らねぇぞ。これはまぐれみてぇなもんだし」
「お願いっ! この大きなキレネンコも欲しい!」
「俺の話聞いてたか……?」
「このキレネンコ取ってくれたら……な、何でも、する……!」
――何でも……する……?
静雄は何かを考え込むかのように顎に手を当てた。
正直『何でもする』と言うのは、とても魅力的だ。魅力的なのだが、いざ本当に言われると何をしてもらおうかまったく思い浮かばない。
「……家に帰るまでには何か考えとく」
「じゃあ取ってくれるの!?」
「の頼みじゃ断れねぇしな。……まぁ、何でもするって言うのが一番効いたけど」
実に甘いと思う。だが、好きな相手に対して甘くなってしまうのは仕方の無い事だ。静雄は再び100円玉を二枚入れてクレーンを動かす。
「……これ、難しくねぇか」
「やっぱり……?」
「大き過ぎるし、引っ掛けても重みで落ちる」
が座ったときと同じくらいの大きさのぬいぐるみ。先程と同じように引っ掛けても、重さでダクトまで運ぶ事が出来ない。100円玉を二枚入れて再チャレンジするが、やはりダクトまで運べない。次第に静雄の中でUFOキャッチャーに対して怒りが湧いて来た。
「あー……イライラしてきた」
「が、頑張って」
「……静雄、ちょっと俺に貸してみろ」
このまま続けさせれば、この機械は壊れてしまうだろう。そうなる前に、何とかしなければ――。トムは小銭を取り出して入れる。この歳になってこんな事をするとは思っていなかったが、今はそんな事を言っている暇など無い。欲しがっているの為にも、苛立って機械を壊しかねない静雄の為にも、ここは頑張るしかない。
「お、うまいこといけたんじゃねぇかこれ」
まさか一発でいくとは。後ろで静雄が少し悔しそうにトムを見ている。その視線に冷や汗を流しつつ、喜んでいるの頭を撫でてやる。
「よかったなぁ、ちゃん」
「トムさん、ありがとうございます! ……でも、ダクトに落ちないですね」
「お前が大きいの頼むからだろ。あー、でもあれだ。店員呼べばいいんじゃねぇか? 一応取れた事になるだろ」
店員を呼ぶと、ガラスケースの中から大きなキレネンコが取り出された。
「お、大きい……」
「……どうやって持って帰んだよ、これ」
「静雄が持って帰ってやったらいいことだべ? 仕事なら後は俺が引き受けるからさ」
「すいません、トムさん」
大きなキレネンコを背中に背負い、静雄はと共にゲームセンターを出て行く。その後姿を見送ってから、トムはため息をついた。
「……これで良かったんだよな? うんうん」
――帰り道。は小さなキレネンコを嬉しそうに抱き締めていた。
「そんなに嬉しいのか? それ」
「嬉しいよ? トムさんが取ってくれた大きなキレネンコも嬉しいけど、静雄さんが取ってくれたのが一番嬉しい」
「……俺が取るつもりだったんだけどな」
「え?」
「何でもねぇ!」
――悔しいとか言えねぇだろ。
大きなキレネンコの重さは大した事ないはずなのに、何故かとても重たく感じる。それはきっと、静雄の気分が下がってしまっているからだろう。ずしりとのしかかっているように感じた。
「あ、それで考えてくれた? ほら、あの『何でもする』って約束……」
「……考えてなかったな。それどころじゃなかったし」
「そうだよね、静雄さん、いっぱい頑張ってくれてたもんね」
やはり、に褒められたりすると照れくさい。静雄は顔を背けた。
「……すきありっ」
頬に何かが触れる。視線を向けると、小さなキレネンコを静雄の頬に当てるの姿があった。頬を赤く染め、はにかみながら笑みを零している。
「奪っちゃった」
「……ぬいぐるみじゃなくて、お前がいいんだけどな」
言ってから恥ずかしさが込み上げてきたが、取り消す事は出来ない。自分らしくないと再び顔を背けると、また頬に何かが触れた。
「……う、奪っちゃった」
静雄に顔を見られないようにと小さなキレネンコを顔の前まで持ってきて隠す。ここまで積極的に動いたのは初めてかもしれない。頬にキスするだけで、こんなにも恥ずかしくなるのかと自身驚いていた。
中々静雄の顔も見れない。反応を窺いたいが、今この小さなキレネンコを下ろす勇気も無い。
「あれ、セルティ」
「え? どこ――」
小さなキレネンコを顔の前から胸元まで下ろしたときだった。頬ではなく、唇にキスをされた。
「え、え……え?」
「……奪っちゃった」
「ずるいよ静雄さん! 私、心の準備も何もしてなかったのに!」
「うるせぇよ。お前だってさっき同じような事したじゃねぇか」
「あ、あれは、その……」
再び小さなキレネンコを顔の前に持っていく。その様子に、静雄は肩を揺らして笑った。悔しさも、苛立ちも、何もかもが静雄の中から消え、あるのは幸せのみとなった。
おまけ
「何でもするってやつ……本当に何でもいいのか?」
「うん、いいよ」
「後悔しねぇ?」
「しないよ?」
「じゃあ……」
「……初めてするんだけど、それでもいい?」
「おう」
「じゃ、じゃあ、ここに寝転んで下さい」
静雄がに頼んだのは、耳かきだった。
「お前、ちょっと肉ついたんじゃねぇか?」
「えぇ!? 今そんなこと言わないでよ!」
「いや、だって、太股マジで柔らか」
「馬鹿! 静雄さんの馬鹿馬鹿馬鹿!」
ありあ様へ捧げます!
遅くなりましたが、静雄さんで『UFOキャッチャー』と言うわけで……ウサビッチのぬいぐるみを取ってもらう事にしました!
ちょっとかっこいいとこ見てみたい! 的なノリで最初はうまいことぬいぐるみが取れるのですが……と言う展開なのですが、いかがでしょうか。トムさんにちょっと悔しい思いをして、最後は『奪っちゃった』ネタ。謝ります、私、この『奪っちゃった』って言うシチュエーション大好きです……!
最後の耳かきは、ただ単に膝枕させたかっただけです。えぇ、私の趣味です……。
よろしければお持ち帰りくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!
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